作戦が決まらない
ルシーダへの接触の仕方を考えている内に、ウォンから大事な物ですからと言われて渡されたものの存在を思い出した。
「そう言えば、ウォンが寮に戻ったら読めって言って手紙を渡して来てたのよね。どこやったかな?」
家に連れ戻されるというだけでゲームオーバーになり、終了なのだが学院に戻って来られたことからゲームは続いているようだ。
鞄の奥から手紙を見つけて、几帳面な字で書かれた手紙を読む。
「えっと、はぁ? 何よ。学院を卒業したら結婚って、何考えてるのよ。ばかじゃないの」
マリエルが今回のことで消えない傷を負ったため、同年代での結婚は望めなくなった。
貴族社会で醜聞が広まるのは早い。
さらにアンネワークも一緒に襲われたため注目度が高かった。
話を聞きつけた伴侶に先立たれ、後妻を探していた高位貴族が申し込んできた。
「後妻とかありえないし」
手紙の続きには、後妻が嫌なら五歳から十歳上になるが、これも高位貴族の妻になることが決まっていると書かれていた。
ウォンは書いていないが、この相手は放蕩息子で結婚したあとは、勉学のためという名目で郊外の領地に住むことが決まっている。
マリエルが望むような社交界のような煌びやかな世界は望めない。
「これじゃニーザーエンドじゃない。設定であるのは知ってるけど、あり得ないわ」
ニーザーエンド、neither good nor badの略で、誰とも友人関係になれず卒業後は父親の決めたところに嫁いで終わる。
つまりは好感度が上がっていると思っている相手からは、好意も友情もなかった。
図書館で勉強するたびに、お菓子を持って行き、授業の合間には書類を届けていたことは何も意味がなかったということになる。
「どうしてよ。ちゃんとゲーム通りにしたのに」
編入のときには、編入日よりも早く学院に到着して積極性を見せた。
園遊会のときには、台詞を間違ってばかりの悪役令嬢の代わりに舞台を成功させた。
調理実習のときには、三種類の肉を全部使って、料理を作った。
豊穣祭のときには、暴漢に襲われた。
「どれもこれも成功しているのに、反応が薄いのよね。全部、悪役令嬢のせいだわ。きっとアイツも転生者で私の邪魔をしているんだ」
悪役令嬢の役どころであるアンネワークには、邪魔をしている意図は全くなく、もしマリエルがニーリアンを狙っていると言えば、側妃にくらいは推薦したかもしれない。
アンネワークにとって芝居の邪魔をされなければ、他のことは些末事として片付ける。
「次の交流会では絶対に邪魔させないんだから見てなさいよ。そうと決まれば、ルシーダの婚約者から手懐けた方が良いわよね? えっと確かコリーナよね。クラス替え前は一緒だった」
ルシーダの婚約者であるコリーナとは、忠告を受けたことがある間柄なのだが、マリエルは思い出すのに時間がかかった。
残念なことにノートには、どんな令嬢か書かれておらず、手懐けるためのきっかけは分からなかった。
「ウォンに手紙を書かないと、私の結婚相手は自分で決めるって」
恋愛結婚が少ない貴族では難しいことだが、ゼロではない。
だが、マリエルの出自と言動からは不可能に近かった。
手紙を書き終えると、マリエルはベッドに入って眠った。
教室に行くとグリファンがすでにいて、マリエルは丁度いいとばかりに質問した。
「コリーナ嬢がどんな令嬢か? 難しい質問だな」
「そこを何とか」
「そうだな。人当たりが良くて、貴族令嬢の鏡のような人だな。面倒見が良いというのもある」
「ふーん。でも私には嫌味を言って来てたわ」
「嫌味? あまり考えられないが、気に入らないことでもあったのかもしれないな。いずれにしても気にすること無い」
特に弱点と呼べるものも得られず、授業が始まってしまった。
フーリオンとアンネワークも席について授業を受けている。
休み時間に話しかけようと決めて、マリエルは黒板を写した。
「本日は、ここまで。来週には確認テストをするから良く復習しておくように」
教師が教室を出たと同時にマリエルはアンネワークに話しかけた。
話しかけられると思っていないアンネワークは驚いて持っていた本を落とす。
「ねぇ」
「っはぃ」
「貴女、転生者でしょ? そして私の邪魔をしているの」
「転生者? 邪魔? 何のことでしょう?」
「とぼけないでしよ!? 貴女が邪魔してなかったら何だって言うのよ」
とくに思い当たることがないアンネワークは首を傾げて、マリエルの言うことを考える。
マリエルとは今、初めて会話したのだ。
「とにかく、私の邪魔だけはしないで!」
「邪魔? いったい何をしなければ良いのでしょう?」
「邪魔は邪魔でしょ」
「では、関わらなければいいのではありませんか? そうすれば邪魔のしようもありませんし」
「ふん。分かれば良いのよ。邪魔しないでよ」
マリエルの剣幕に頷いたアンネワークだが、フーリオンの婚約者になってから話の通じない令嬢からの言いがかりは増えている。
マリエルもその大勢の令嬢のひとりだと考えて特に気にしなかった。
だが、マリエルはここが教室であるということを気にしなければいけなかった。
ゲームの中の画面と違い、攻略対象者もマリエルとアンネワークのやり取りを見ている。




