胃袋を掴む
リレーヌの手紙も効果がなく、マリエルとロチャードの仲は親密になっていく。
それに比例するようにマリエルへの嫌がらせも増える。
教科書を隠される、間違った教室番号を教えられると毎日のように何かがある。
怪我をするようなことにはなっていないが、細かいことが続いていた。
マリエルは嫌がらせが増えるたびに攻略が上手くいっている指標にしているため全く堪えていない。
「マリエル、大丈夫か?」
「大丈夫よ」
マリエルの教室は本来は下位クラスだが、生徒会所属の者が下位クラスだったことはないため急遽、ロチャードと同じクラスになった。
そこにはグリファンもいる。
そして、マリエルの目当てのフーリオン、オーリエンにウォルトルと揃い踏みだった。
「・・・そう、ようやくなのよ。ここで失敗するわけにはいかないのよ。このマナー研修で良い成績を出せば、隠れのフーリオンかオーリエンに気に入ってもらえるんだから」
「どうした?」
「上手くできるか心配で」
「大丈夫だ」
月に一回のマナー研修だと思っているマリエルは調理実習室に来たことで目を丸くした。
野菜や肉が置いてあり、今から料理をする以外に考えられない風景だ。
「では班ごとに分かれて料理を作ってください。作れた班から昼食になります。始め」
配布された調理手順と野菜を見比べながら令嬢たちは担当分けをしていく。
戸惑うこともなく、上機嫌に包丁を握るのはアンネワークだ。
「アンネ」
「なぁに? ふー」
「今日はマナー研修という名の食事会だったと思うが?」
「この間ね、王妃様とお芝居を見に行ったときに、マナーを気にし過ぎてご飯が美味しくないって言ったの。そしたら、美味しく食べられるようにしてあげるって言ってくれたの」
自分で料理したら美味しいかもしれないが、厨房に入ったこともない令嬢令息がすれば惨事になる。
いろいろなところで野菜が燃えるということが頻発していた。
「どうしてまた、料理に」
「婚活を成功させるためには胃袋を掴むことだって王妃様が言ってたよ」
「そうか」
数代前の王が取り入れたマナー研修という名の食事会は不評ではあったが、晩餐会などでは役に立つから受けていた。
だが、料理となると役に立つことは皆無だろう。
令息なら軍に入ったときに料理番という任があるから包丁が使えるのは有利だろうが、それ以外に役立つ可能性は少ない。
「アンネワーク嬢、包丁使うの上手いね」
「ウォルトル様も上手よ」
「俺らは軍で料理番もしたことあるからね。包丁は使えるよ。でもどこで習ったの?」
「習ってないわ。料理長にお願いして見せてもらったの」
天才的な記憶力で手捌きを覚えて、再現しているだけだ。
ウォルトルやフーリオンも最初は覚束ない包丁使いで指を切ったことも何度かある。
決して見ただけで専門の人間の技術が再現できるものではなかった。
「だけど見たのは入学する前だから自信がないわ」
「そう」
「あっ!」
「どうした?」
「先生! お肉は鶏肉と豚肉と牛肉のどれを使いますか?」
アンネワーク以外で包丁を使えるマリエルは、その台詞でイベントの一つだったことを思い出した。
地域によって使う肉が異なり、先生に質問すると攻略者の好感度が上がる。
そして返答によって誰の好感度が一番高いのかが分かるという重要なイベントだった。
「全部使います」
「はい! 先生」
鶏肉なら生徒会の誰か、豚肉なら王族の誰か、牛肉なら横ばいという指標になるが、全部という選択肢はない。
マリエルはシークレットルートに入っていると思っている。
「全部? そんなことしたら味がぐちゃぐちゃになるじゃない」
ひとつの鍋で用意していたが、急遽三つに分けて、それぞれの肉を入れた。
味付けも変えて楽しめるようにした。
アンネワークは先生の指示通りに全部をひとつの鍋に入れる。
「ふふん」
「味付けはどうするんだ?」
「これよ! このスパイスを入れるの」
独特な匂いのスパイスを迷うことなく入れていく。
徐々にとろみがついて茶色いスープが出来上がった。
「これは?」
「カレーという暑い国の郷土料理よ。本当はお米が良いのだけど、パンにつけると美味しいのよ、たぶん」
「へぇ」
「たぶんって」
手で食べる料理となると晩餐会では出てこない。
アンネワークの言い方だと、ナイフとフォークは使わなさそうだ。
「だって食べたことないもの。でも作り方は読んだことがあるから大丈夫よ。それに家の料理人たちが、まかないで食べていたのを見たことあるし」
「そのとき食べなかったのか?」
「さすがにダメって料理長に言われたの」
スパイスの匂いは食欲をそそる。
出来上がった班から食べても良いとはなっているが、他の班が食べられるものを作れるまでには時間がかかりそうだ。
仕方なく希望する者には分けるということにして遅めの昼食にした。
「美味いな」
「こういう味だったのね」
「これなら軍の食事にもできそうだな」
見た目から忌避されがちだったが、おおむね好評だった。
それに昼食にありつけた令嬢たちからは感謝された。
食材を鍋に入れて煮るだけというところに他の班も真似て食べ比べのようなことになった。
マリエルだけが、三種類の煮物を作り、これは美味しかったのだがカレーの衝撃には勝てず、ロチャードやグリファンも褒めはするがカレーを食べている。
「ごめんね、こんなのしか作れなくて」
「いや、美味しいよ」
「あぁ」
アンネワークに良いところを全部もっていかれたことにマリエルは闘志を燃やした。
来月は豊穣祭があり、普段は学院の中にいる生徒も体験のために城下町へ降りる。
少人数の班になり引率の先生がついているが、息抜きのひとつとして人気だ。




