苦味を増やす
寮ではマリエルがケーキの試作品を作っていた。
甘さを控えたパウンドケーキを用意する。
綺麗に包んで持って行く準備をしていると消灯時間がきたことに気づき、部屋の電気を消した。
「明日、朝に持って行けばいいよね」
授業前に渡せば大丈夫だと判断して、忠告されたことを完全に忘れてロチャードがいる療養室に向かった。
ベッドでは何かの書類を捲りながらロチャードが難しい顔をしている。
声をかけることを一瞬、躊躇ったがマリエルは持っていたパウンドケーキを差し出した。
「なんだ?」
「えっと、お見舞い。馬から落ちたし、大丈夫かなって」
「そうか。ありがとう」
お見舞いとしてロチャードのもとに来た人物は一人もいない。
婚約者のリレーヌは顔を見せたが、あの程度で落馬したことへの小言と婚約者として恥ずかしいということを言っただけだった。
純粋にロチャードを気遣ったのはマリエルが初めてだ。
「あっ、あの何か手伝えることがあったら何も出来ないかもしれないけど、教えてね」
「何だ、それは。だが、そうだな。ベッドから降りられないから書類を運んでもらえると助かる」
「それなら出来そう。あっ、予鈴」
「昼にまた、来てくれるか?」
「うん」
「パウンドケーキありがとう」
棘が取れたロチャードは話しやすい。
マリエルは昼休みになると、すぐに向かった。
隠れて行動したわけではないからマリエルのことは噂になった。
「忠告したはずですわよ」
「何? 急いでるの」
昼休みだけでなく、放課後もロチャードのもとに行っていることに他の令嬢は面白くない。
廊下で待ち伏せていたコリーナが再度、忠告をしたがマリエルは聞く耳を持たない。
「お急ぎなのは見れば分かりますけど、婚約者のいる方に何度もお会いになるのは好ましくありませんわ」
「ロチャードが別に良いって言ってるし、それに生徒会の仕事を手伝ってるだけよ。何を考えてるの?」
「貴族令嬢としての在り方を話しているつもりですけど、マリエル嬢は学んでいないのかしら?」
「ちゃんとしたわよ。あれでしょ? 夜会とかで二人きりで会っちゃいけないってヤツ。ここは夜会じゃないし、二人きりで会ってもいない。とやかく言われる筋合いはないわ。話がそれだけなら時間ないから行くわ」
二度目の忠告はしたとコリーナは、何も言わずに引き下がった。
マリエルの頭の中には貴族令嬢の正しい行動はきちんと記憶されている。
だが、それにこだわっていれば、攻略できないということで完全に無視していた。
「ロチャード、遅くなってごめん」
「いや、何かあったのか?」
「聞いてよ。えっと、コリーナだっけ? がロチャードを手伝うなって言うの」
「コリーナ嬢はたしかルシーダの婚約者だったな。なぜ彼女が?」
「よく分からない。でも忠告だって言ってた」
お見舞いと称したパウンドケーキはロチャードの好みの味で、それを差し入れるマリエルに心を許していた。
甘い物も食べるが、苦味が強い方が好みなのだが、それを料理人に伝えても思う味にはならない。
「忠告とは穏やかじゃないな。僕からコリーナ嬢に言っておこう」
「ありがとう」
ロチャードの怪我が治ってからもマリエルの手伝いは続いた。
止めるタイミングを失ったということもあるが、期間限定の生徒会補佐という肩書が与えられたことが大きい。
今まで勝手にしていたマリエルに学校が正式に認めたということは令嬢たちにとって妬みの原因になる。
これが学年主席という成績なら納得できるもののマリエルは、まだ下から数えた方が早い。
このことはロチャードの婚約者であるリレーヌに周りの令嬢から嘆願があった。
生徒会の全員とも婚約者がいるが、卒業までの片思いする相手として生徒会は人気だった。
それを婚約者以外の令嬢が贔屓されているのは、やっぱり納得できない。
「リレーヌ様、よろしいのですか?」
「そうですわ」
「みなさんの思いは分かりますわ。わたくしも枕を涙で濡らす思いですもの。でも夜会で密会したわけでも、お忍びで遊びにいったわけでも、朝帰りしたわけでもないので、強くは言えないのですわ」
寮生活なので朝帰りは、ありえないのだが例えとしてリレーヌは引き合いに出した。
リレーヌの言う通りでもあった。
婚約者であるリレーヌよりも価値のある贈り物をしたというなら強くも出られるが、今は生徒会の手伝いの範疇に収まっている。
過去に生徒会に婚約者ではない令嬢が役をしていたこともあるため問題ではない。
「もう少し様子を見るしかありませんわね」
「リレーヌ様がおっしゃるなら引き下がりますけど」
「節度を持っていただくことはお伝えしておきますわ」
どれだけ効果があるかは不明だが、リレーヌはロチャードへ手紙を書いた。
直接、会って話もできるが、いつも避けられているため確実な方法を選んだ。
手紙も読んでもらえるかは分からないが、学校を通しているため受け取っていないという言い訳はできない。




