攻略が始まる
借りた帽子を返してマリエルは次のイベントを考えていた。
帽子が飛んであわや轢かれるというイベントは完全にアンネワークに奪われた。
いきなり飛び出したことでアンネワークが悪く言われるかと思えば華麗に避けた馬の方に話題は偏っている。
「素晴らしかったですわね」
「えぇアンネワーク様に怪我をさせないように飛び越える様はまさに白馬の王子様でした」
「まぁそれでは落馬したロチャード様を褒めているわ」
「それは困りましたわ」
「えぇでも言いたいことは分かりますわ」
飛び越えたあとにアンネワークを気遣うように寄り添うモルショーンに令嬢たちは惹かれていた。
「あのように主人を守る名馬が欲しいですわね」
「えぇとても賢くありますもの」
「お父様に言ってあの馬を引き取ろうかしら?」
「あら、それはだめよ。アンネワーク様が寄り添うから美しいのですもの」
アンネワークとモルショーンの話題になっているが、ロチャードのことは誰も心配していなかった。
そのことに気づいたマリエルはお見舞いとして近づくことができると思い至る。
「お見舞いなら行っても邪険にされないよね」
「止めた方がよろしいわよ」
「えっ?」
「失礼、つい聞こえましたので」
コリーナがマリエルの独り言に返した。
周りがアンネワークの話で盛り上がる中、コリーナは一人静かにいた。
だからマリエルの独り言が聞こえてしまった。
「どういうこと? お見舞いくらい行くでしょ? 普通」
「親しい間柄ならお見舞いにも行くでしょうけど、ロチャード様とお知り合いなの?」
「何度か顔を合わせたことはあるわ」
「顔を合わせたというなら、わたくしもあるわ。でも伯爵家の貴女が侯爵家のロチャード様を見舞うというのも不敬にあたるわ」
コリーナは子どもに言い聞かせるように身分の違いを教えた。
学校は平等ではあるが、それでも身分というものを意識して、その範囲でなら許されているだけだ。
何か学校の用事があれば下の身分の者が上の身分の者に仲介なしで声をかけることが許されている。
だが、今回のことは完全に私事であるから、そこには身分というものが立ちはだかる。
「でも同級生を見舞うくらいいいじゃない」
「確かに同級生ですけれども、貴女ロチャード様のご学友なの?」
「はぁ? 同じ学校に通ってるじゃない」
「そうではないのよ。言い方が悪かったようね。貴女、同じクラスなの?」
「違うけど」
クラスだけで言えば大きく離れている。
グリファンを通じて何度か謝罪しただけだ。
それを親しい間柄と言うには無理があった。
「貴女は噂になっているのよ?」
「噂?」
「編入早々に婚約者のいる男性に言い寄る娘だと、それに時間にもだらしがない方だと、お心当たりはあるのではないかしら?」
「別に言い寄ってなんかないわよ。ちょっと話をしただけでしょ」
グリファンと図書館で毎日のように勉強していることは知られている。
そのときにお菓子を作っていることも。
婚約者でもない男性にお礼ではないお菓子を送るのは言い寄っていると思われる。
「そのちょっとが度が過ぎると思われているのですよ。ロチャード様を見舞うというのも親しくもない貴女が行くのは言い寄っていると思われるだけのこと」
「馬から落ちて心配だから行くのよ。それを言い寄っているなんて変な見方しないでしょ」
「ロチャード様にはご婚約者様がいらっしゃるわ。その方を差し置いて行くのはロチャード様の愛妾になりたいと宣言するようなものだけど、そちらがご希望でしたの?」
「だから変な見方しないで! 心配だから行くの。それ以外にないわよ」
「何を言っても無駄のようですから忠告もここまでにしておきますけど、ここは貴族の学校ですのよ。庶民の感覚でいらっしゃると困ったことになりますわ。ご機嫌よう」
コリーナが言葉を尽くしてもマリエルには通じなかった。
マリエルは気づいていなかったが、コリーナは何とかして会いたいと思っているルシーダの婚約者だ。
「これだから貴族令嬢ってやつは嫌なのよ」
コリーナはマリエルが学校に馴染めるように親切心から忠告した。
それを大人しく聞けばルシーダと顔見知りくらいにはなれたかもしれない。
コリーナと仲良くなれなかったことでルシーダと知り合う機会を失った。
「お見舞いくらい行ったっていいじゃない」
反発心からロチャードのお見舞いに行くことにさらに固執してしまった。
偶然にもこれがロチャードと距離を縮めることになるが、ゲームの本筋とは関係がなかった。
「ロチャードの攻略ポイントって何だっけ? 確か傲慢な婚約者に悩まされてるのよね」




