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帽子が飛ぶ

「何とかして帽子は手に入ったけど不安よね」


 持ってきた日傘を壊して、当日に日除けがないと困ると男爵令嬢のレピカとチュニカに泣きついた。

クラスには行けないから食堂で待ち伏せをして壊した日傘を見せて帽子を代わりに貸して欲しいと言った。

これが子爵家の令嬢なら仕方ないと貸せるがマリエルはつい最近まで庶民であっても伯爵令嬢だ。

おいそれと帽子を貸すことはできない。


「帽子くらいすぐに貸してくれてもいいじゃない。ちょうだいとは言っていないんだから」


 相手が伯爵家でも親族や幼馴染なら貸すことはある。

急遽、必要になるということもある。

マリエルにとってはゲームの通りに進めることが重要で周りはそのためのサポート役としか思っていない。


「さぁ帽子が風で飛ぶのよね。前の方にいないと」


 まだ観覧には早く最前列を陣取るには最高の時間ではあった。

早いが他の令嬢も出場者の雄姿を見ようと、いつもより早く集まるからマリエルの判断は正しかった。


「誰のときに飛ばそうかな?」


 風が吹いて飛ぶという自然現象であることは抜けている。

馬は左から右に駆け抜ける。

マリエルの左の方にはアンネワークたちが座っていた。

姿は見えないが声だけは聞こえてくる。


「ふふふ」


「ご機嫌だな、アンネ」


「この間ね、王妃様がお芝居に連れて行ってくれたの。王国初上演の『王女の休日』っていうお芝居でね。その王女様が身分を隠すために使っていた帽子がとってもきれいだったのよ。王妃様にきれいねって言ったら王妃様とお揃いで帽子を作ってくれたの」


 アンネワークは伯爵令嬢だから日傘なのだが、王妃とお揃いで作った帽子を今日は被っていた。

白い帽子に繊細な刺繍が施されており飾りのリボンには王妃とお揃いを示す王家の紋章が白い糸で縫われている。

さすがに分かるようにはできないが、このあたりが王妃がアンネワークを認めているという証拠だった。


「王妃様も今日は帽子を被るとおっしゃってたのよ。お忍び気分を味わうのですって」


「そうか」


「今度の週末にお芝居に連れて行って、もう一度観るの」


「分かった。チケットを用意しておこう」


 王妃と観たときは王族専用の席からで少し遠かった。

フーリオンと観るのも本当は王族専用の席なのだが、あえて一般席で観ている。

その方が臨場感があるというのがアンネワークの言だ。


「あっ! モルショーン」


 騎手はロチャードだった。

あの授業からアンネワークはモルショーンを選び、モルショーンもアンネワークを待つようになった。

授業以外にも会いに行くことがあり単純に仲良くなったというだけだ。

合図があり軽快に走り出す。


「あっ・・・・・・帽子が」


 目を開けていられないほどの風が吹き、被っていた帽子が飛ばされた。

帽子が邪魔になると思いアンネワークは何も考えずに飛び出す。

それに気づいたフーリオンが引き戻そうとするが一瞬、手が届かない。


「良かった」


「アンネ!」


「えっ?」


 帽子をしゃがんで拾い、フーリオンの声に反応して振り返ると目の前まで迫っていた。

引き戻すのも間に合わずアンネワークは轢かれると誰もが思った。


「うわっ」


「っ」


 目の前にアンネワークが飛び出したのはロチャードも分かったが何もできなかった。

走っているモルショーンもアンネワークだと気付いた。

このままだと轢くと分かり、モルショーンはアンネワークを飛び越えた。

乗っていたロチャードを振り落とすことになるが、モルショーンにとってはアンネワークの方が大切だ。


「アンネ! 大丈夫か!」


「ふー」


「どうどう、アンネワーク嬢に怪我はないぞ。お手柄だな、モルショーン」


 フーリオンはすぐにアンネワークを抱き上げて怪我を確認する。

轢かれるかもしれないと恐怖で顔を青褪めさせているが怪我はなかった。

興奮しているモルショーンを宥めながらウォルトルは手柄を褒める。


「モルショーン、ありがと」


「ぶるるるるる」


 首筋を撫でられながらお礼を言われて嬉しさを滲ませながらも飛び出したことへの不満を足で表現する。

そのあたりは表情豊かな部分だった。

落馬したロチャードは医療班が担架で運び、アンネワークたちも観客席に戻り、再開された。


「・・・なんで、あの子の帽子が飛ぶのよ」


 マリエルの独り言は誰にも聞かれることなく消えた。

好感度が上がっていないロチャードを選んでいたマリエルは自分の帽子ではなくアンネワークの帽子が飛んだことで不満を持っていた。


「私だってロチャードを狙っていたのに」


 アンネワークがわざとロチャードのときに帽子を飛ばしたと思っているマリエルは対抗心を燃やす。

完全に偶然なのだが、マリエルには必然だと捉えられていた。

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