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台本が飛ぶ

 食後のデザートにシャーベットを食べているアンネワークを微笑ましく見ているフーリオンに話しかける。

食事は毎日決まっていて選ぶことはできない。

そして追加で頼むこともできないから食後のデザートも一人ひとつだ。


「アンネワーク嬢はシャーベットを四つも食べて大丈夫なのか?」


「大丈夫だな」


「ついつい甘やかしたくなりますからね」


 甘いのはフーリオンだけではなかった。


「それにしても今回の俺の科白ものすごく多いんだけど」


「王様だからな」


「次の発表はいつ何ですか?」


「来月の園遊会よ」


 月に一回、王族主催の学芸会だ。

ここで部活動の成果を発表し、就職に繋げるための場だ。

貴族も参列するから優秀だと認められれば待遇の良いところで働くことができる。


「頑張らないといけないね」


「そうなの。なのに練習相手が足りなくて困っていたの」


「僕で良かったらいつでも相手になるよ」


「ありがとう、オーリエン様」


 相手が王族だということで会うたびの挨拶は堅苦しいが同い年ということと本人が堅苦しいことはなしでと言っているから会話は砕けている。

どうしてそうなるのかは誰にも分からないがアンネワークの中で整合性が取れているからそのままにしている。

毎日、顔を合わせているのに初めて会ったような疎外感をオーリエンが味わうだけだ。


「それとね。来月に編入生が来るみたいだよ」


「珍しいな」


「ゴンゴニルド伯爵家の庶子らしい。母親が不治の病で亡くなり修道院に引き取られる前に身元が分かったから養子になったということみたいだね」


「そのまま平民として編入してくれる方がありがたいな」


 学校では平等だと言っても格差はどうしてもある。

専門教科は貴族も平民も一緒に習うが、一般教養だけは別々に習う。

貴族は幼い頃に家庭教師を付けて学んでいることが多いことから進み具合に問題があるからだ。

卒業するときには足並みが揃うことから別々に習うことに支障はなかった。


「アンネに危害がなければ別に良いが」


「そう言うと思った」


「溺愛していますね」


「婚約者を溺愛して何が悪い」


 四つのシャーベットを完食したアンネワークはすぐに練習しようと椅子を降りた。

それを合図に席を立ち、第三応接室へ向かった。

台本を掲げてアンネワークは冒頭の科白から始めた。


「婚約破棄を申し付ける!」


「まぁ理由を伺ってもよろしくて?」


「それは私の愛するマルグレッドを不当に虐めたからだ」


「何かの間違いでございます。もう一度、よくお調べになってくださいませ」


「次期王である私が間違うはずなかろう! 不敬だぞ!」


「申し訳ございません。ですが身に覚えのないことでございます」


「白を切る気か!? この不届き者めが! マルグレッドが証言している! お前に虐められ辛い思いをしたと! 衛兵、衛兵!」


 前はここで止まったが衛兵役のオーリエンがすかさずフーリオンの腕を掴む。

これくらいなら想像でできそうだがアンネワークは形にこだわりを見せていた。


「その手をお放しになってくださいな。わたくしは公爵令嬢ですわ。容疑も固まっていない者を不当に拘束など名折れですわよ」


「容疑なら固まっている! それは私が保証しよう」


「わたくしを断罪なさいますか?」


「無論だ。貴族の風上にも置けない者には相応しい罰を用意しよう」


 ここで王様の登場になる。


「何をしている?」


「ひっ・・・うぅ」


 威厳ある低い声で言った科白は思いのほか効果があり、アンネワークは怯えて涙を浮かべ命とも言える台本を取り落とした。


「あーあ、泣かせた」


「えっちょっ」


「アンネ、おいで」


「うぅわぁぁぁぁぁ」


 叱られるという経験のないアンネワークにとって低い男性の声で叱られることは恐怖でしかなかった。

演技だと分かっていても怖いから泣いてしまう。


「前の勇者ものの魔王様役でも泣かせていましたよね?」


「威厳ある雰囲気出したんだけど、やり過ぎた?」


「大丈夫だからな」


 アンネワークを抱きしめて頭を撫でて泣き止ませる。

一時休憩としてオーリエンはお茶を入れる。


「怖かったのか?」


「怖かった」


「今は?」


「怖くない」


「はい、お茶が入りましたよ」


「ありがとう」


 息を吹きかけて冷ましながら飲んでいく。

泣いて目が少し赤くなっているが気分は持ち直してきた。


「続きはするか?」


「する!」


「今度は優しく言うよ」


 練習はするが学芸会までに演技が完成されたことは一度もない。

まずは台本がなければ科白が分からないというのと演技の相手が部員に代わるとできなくなるからだ。

完全に趣味の範囲だが、それを許しているから成り立っていた。


「アンネワーク嬢は、この科白からね」


「うん! えっと、用意しよう!」


 最後の文句だけを選んでアンネワークは感情たっぷりに言う。

泣いていたことは、すっかり忘れている。


「何をしている?」


「父上! たった今、身分が下だからと虐めていたヒンリエッタに婚約破棄を申し伝えたところです!」


「そうか」


「はい! 今まで権力を振りかざしていた報いを受けるが良い!」


 決め科白を言うときに、ト書には腕を大きく振ると書いてあった。

アンネワークは文字通りその通りにした。

そのために手に持っていた台本が飛んでウォルトルの顔に命中したのは仕返しであるとは思いたくなかった。

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