荷物を運ぶ
朝から重いものを運んでいるマリエルの腕は疲れてきているが誰かに助けを求められるほど親しい友人もいない。
勉強を無理やり教わっていたレピカとチュニカなら言うことを聞かせられるかもしれないがこちらも遠い。
仕方なく自分で運ぶしか無かった。
「よいっしょ」
第三歴史資料室に辿り着くと礼儀的に扉を叩いた。
明かりが点いている様子もなく人の気配もないから無人であることは窺い知れる。
それでも資料を廊下に置いたままにできないから取っ手を引いた。
大きな音を立てて鍵がかかっていることが分かった。
「ぇっうそ」
「・・・何をしている」
「えっ、ぁっロチャード」
「・・・私は呼び捨てを許可した覚えはないが」
眉間の皺をさらに深くしてロチャードはマリエルを見下ろした。
第三歴史資料室を誰が管理していて、そこに資料を抱えたマリエルが居れば何があったかは想像がついた。
「モノスクラ先生にも困ったものだな」
「えっ?」
「君は用事を言い付けた教師の名前も覚えていないのか?」
「誰も教えてくれなかったし」
「授業予定表には書いていたはずだがな」
ロチャードは見廻りのときに使う合鍵を出すと第三歴史資料室の扉を開けた。
「置いてくるといい」
「ありがとう」
「ふん、別に君のためじゃない」
マリエルが資料を置いたのを確認して扉に鍵をかけた。
「早く教室に戻れ」
「あの」
「何だ? まだ何かあるのか?」
「昨日はごめんなさい。私、何とかしないとって思って」
放課後にグリファンが仲介をしてくれる予定だったが、謝罪は早い方が良い。
マリエルにとって謝罪も好感度を上げるための手段でしか無いから心は込もっていない。
「グリファンからも聞いている。今回は不問になっただけということ肝に命じておいてくれ」
「はい、ごめんなさい」
「早く教室に戻れ。今ならまだ最後くらいは間に合う」
まだ初対面に近いからロチャードの態度は固くマリエルと親交を深める素振りは見えない。
今日の放課後にまた会えるから好感度を上げる機会はある。
今は好感度を下げないことを優先すべきだった。
大人しく教室に戻った。
顔を合わせて数回にも満たない状況にもかかわらず、庇ってくれるほど好感を持ってもらえると思えるマリエルは現実離れしていた。
遅れて教室に入っても誰も見向きもせず教師ですら何も言わない。
大人しく教師が読み上げる異国語を聞いている。
転生したマリエルにとっては馴染みのあるそれでいて聞き取ることはできても話すことはできない英語だった。
このあたりはゲームの設定が如実に表れていた。
「・・・・・・今日はここまで、ゴンゴニルド様は教科書の第二章を訳してくるように」
「・・・はい」
ここで騒いでも誰も庇ってはくれない。
勉強を無理やり教わっていたレピカもチュニカもいない。
黙って残りの授業を真面目に受けた。
「まぁ一人だけ課題を出されるなんて」
「問題ありませんでしょう」
「そうですわね。授業をお聞きにならなくても、お分かりになられるのですから」
「わたくしたちにはできませんわね。授業を聞いていないと試験で悪い点を取ってしまいますもの」
「きっと次の試験では彼女は主席になられるのではないかしら」
「楽しみね」
「えぇとても」
マリエルを見てわざとらしく声を上げるが反対に無視をした。
放課後になり待ち合わせがあるから無駄な時間を使いたくなかった。
急いで教科書を片付けると教室を出ようとしたが出された課題を思い出して異国語の教科書を抱えた。
廊下を走るというだけで周りからは白い目で見られたが気にすることなく目的の図書館まで急いだ。
まだ誰もいなくてマリエルは息を整えながら窓際に座った。
教科書を机に置いたが滑り落ちた。
「あっ」
「・・・これは」
「すみません」
落としたものを拾ったのは顔見知りになった図書館司書だった。
無駄にイケメンでマリエルは彼となら付き合っても良いと考えていた。
「演劇部だったんですね」
「いえ、これは友達の」
「そうなんですね。アンネワーク嬢とお知り合いだったとは初めて知りました。彼女も図書館はよく利用するんですよ」
アンネワークがこの間の園遊会で見事な大根っぷりを発揮していた令嬢だということは分かっている。
だが、友達と言えるほど親しくなければ、友達の見せ場を奪ったことで最悪な印象を与える。
言い訳としては最低だった。
「この台本を見て持ち主が分かるんですね」
「えぇ園遊会前に台本を無くしたと図書館に探しに来ていましたから」
「えっ?」
「貴女が持っていたのですね。まぁ必要無いでしょうが返してあげてくださいね」
笑顔で図書館司書は仕事に戻った。
これではマリエルが台本を盗んだように見えてしまう急いで返そうと図書館を出たところでグリファンとぶつかりそうになった。




