標的になる
「そこは、わたくしの席ですわ。他に移動してくださる? 編入生の方」
「はぁ? あっ、貴女、食堂の」
「コリーナ様に向かってなんという口の利き方を」
食堂でのやりとりを思い出させる状況だが今回はコリーナも引かなかった。
「食堂でお会いしたことを覚えていてくださって光栄だわ」
「別に普通でしょ」
「それで編入されてから初めてのクラス替えだと思いますのでお教えしますけれどもクラスの席は早いもの順ですの」
「それなら私の方が先に座ってるわよ」
「・・・どのクラスでも同じですけれど黒板に貼られている座席表に名前を書く決まりになっていますの。それで貴女がお座りになっている席はわたくしが朝一番に書いていますから、そこはわたくしの席ですわ」
朝一番と言えば掲示板を見に行っていた時間帯だ。
その頃から書いているというのはマリエルにとってはありえないことだった。
「朝一番に書けるはずないじゃない。掲示板に名前を見に行ったんでしょ」
「見に行く必要はございませんわ。わたくしがこのクラスであることは試験を受ける前から決まっていますもの」
「受ける前から? 権力でも使ったというの?」
「権力? まぁあながち間違ってもおりませんが、わざわざ最下位クラスになるために権力を使うのは不思議な話ですわね」
コリーナの言い方は疑問を増やすだけで何も解決していない。
持って回った言い方をするのはコリーナの悪い癖ではあるが侯爵令嬢であるから咎める人がいなかった。
「それよりも席の決め方について説明いたしましたわ。わたくしの方が早いということもお分かりいただけたと思いますの。別の空いている席に移動してくださらないかしら? それとも伯爵令嬢は学校の決まりを捻じ曲げるのかしら?」
「分かったわよ。移れば良いんでしょ。これで文句ないでしょ」
「文句はございませんけど、ひとつ老婆心ながら忠告をいたしますわ。貴族令嬢としての挨拶を忘れると社交界に出たときに爪弾きに会いますわよ」
「その嫌味な言い方を辞めないと、そっちこそ爪弾きに会うんじゃないの?」
「その御心配には及びませんわ」
コリーナの取り巻きはマリエルに文句を言おうと構えていたがコリーナ自身に再度止められてしまった。
だがコリーナが止めたのは別に親切からでも何でもない。
コリーナ自身の目的からだ。
不敵な笑みを浮かべるコリーナに真意を問おうとしたが教師が来たため大人しく席に座った。
「では、教科書の三十八ページから始める」
いつの時間でも眠気を誘う歴史学の授業だがマリエルにとっては好感度を上げるための手段に過ぎない。
熱心に板書を写していた。
特別クラスでは自習ばかりで授業態度も何も無かったが、このクラスではきちんと教科書を使って授業が行われる。
「この遺跡から発見された祭壇の役割について分かる者はいるか?」
「はい!」
「あぁ君は、この教室では見ない顔だな。名を」
「マリエルです」
「家名は?」
「ゴンゴニルドですけど」
「ではゴンゴニルド様」
たまたま目に入った一文に教師が問題に出した答えが載っていた。
ここで答えて頭の良いところを印象付けて攻略対象者たちに知ってもらおうと考えた。
ゲームでも攻略対象者のいないところで正解を出すと噂を聞いて会いに来てくれたりする。
「豊穣を祈るための祭壇とされています」
「うむ、間違いだ。現在では花びらの化石が多数見つかったことから葬送に使われていた可能性が高くなっている。出典は六十二世クラムスダ司教が見つけられた手記に記載があった。座りなさい」
「まっ待って。教科書には豊穣を祈るための祭壇となってるわ」
「教科書が常に正しいとは限らない。君も貴族令嬢ならば常に勉強するように、では続きを」
この歴史学の教師は一か月前に同じ授業をしてアンネワークに指摘を受けた。
あれから自分で調べ、それからはわざと授業で当てて間違いを訂正するということを繰り返している。
悔しそうに席に座ったマリエルの耳にひそひそとした笑い声が聞こえてきた。
「この話は有名ですのに知らないとは驚きですわね」
「仕方ありませんわ」
「そうそう最近まで学のない庶民でいらしたそうだから」
「そうですわね。学のない庶民ですものね」
「学のある庶民の方々は司教の演説をお聞きになっていたはずですもの」
どれもマリエルを嘲り見下す言葉だった。
声のする方を睨んで見るもどこ吹く風とばかりに無視される。
「・・・では、授業はここまで。資料を運ぶのに誰か手伝いを」
「ゴンゴニルド様がぜひお手伝いをと申しておりますわ」
「さすがですわぇ」
「ではゴンゴニルド様、この資料を第三歴史資料室へ運びなさい」
「へっ?」
いつの間にか手伝うことになっており断ることもできずに運ぶことになった。
頭の中には学校の見取り図は入っているが教室から第三歴史資料室となると棟を二つ越えた先にある。
授業と授業の間の休憩に行って帰って来れる距離ではない。
それでも生来の負けず嫌いな性格も災いして運ぶことになった。




