物語が動く
ハーメイナの説明で自分がしたことが大変なことだというのは理解したが、理解するのと反省するのとは別の話だった。
黙ったマリエルを見て話は終わりだとハーメイナは教室を出た。
それに倣い、一人また一人と教室を出てマリエルだけが残された。
園遊会のあとの簡単な立食パーティーが始まってもマリエルは動かず、姿が見えないことを心配したグリファンに迎えに来られるまで立ち尽くしていた。
「マリエル」
「グリファン」
「どうした? 姿が見えないから心配した」
「わ、私、とんでもないこと、しちゃった」
イベントだとしても王妃の機嫌を損ねるようなことをしたということは理解した。
でもそれが悪いことだという認識はない。
「芝居の乱入か」
「どうしよ。でも、あれは」
「マリエルの気持ちも分からなくはないが、あまり褒められたことではないな」
「私、知らなくて、あんなお芝居を王族の人に見せるのは失礼だと思って、つい」
「悪気がないのなら王族の方々も厳しいことは仰らないだろう。その気持ちを手紙にでも書いてみたらどうだ?」
「うん、そうする」
「さぁ立食パーティーは初めてだろう。迎えに来たんだ。行こう、マリエル」
グリファンは王妃がアンネワークを気に入っているのは知っているが、それを面白くないと思っている一人だ。
今回のマリエルが乱入したこともわざわざ咎める必要を感じていなかった。
「立食パーティーは上級生下級生関係なく楽しむところだ。そのように塞いだ顔は似合わないぞ」
「うん、ありがとう」
「友人を紹介しよう。気の良いやつだからマリエルも畏まらなくても大丈夫だ」
立食パーティー会場は人で溢れており思い思いに食べたり談笑したりと楽しんでいた。
すでにグループができているところにマリエルが一人で行っても爪弾きになったからグリファンのエスコートは助かった。
「ロチャード」
「グリファン、急にいなくなるから驚いたよ」
「すまない、友人の姿が見えないから迎えに行っていた」
「グリファンにこんな美人な友人がいたとは知らなかったな。ぜひ紹介してくれ」
「あぁ、マリエル・ゴンゴニルドだ。最近伯爵家に入ったから貴族の仕来りなど慣れていないと思って迎えに行っていたんだ」
爵位が下の者は紹介をされるまで上の者に話しかけてはいけないというのは学校内でも不文律だった。
細かいことを気にせず学校内のことだからと不問にしてくれる者も多いが守るに越したことはない。
「君がマリエル・ゴンゴニルドか。芝居に乱入した不届き者だと噂になっているよ」
「そっそれは」
「その言い方は止してくれ。彼女は悪気があってのことじゃない」
「やけに肩を持つじゃないか。その彼女の悪気ない行動で我々の責任問題になりかねなかったことが分からないわけないよな」
園遊会は王族主催となっているが設営準備管理は生徒会に委ねられている。
そうなると今回の乱入騒ぎの責任を問われるのは生徒会であり生徒会長であるロチャードになり、会計でもあるグリファンも無関係ではいられない。
「分かっている。だが何度も言うように彼女に悪気はなかった。ただ王族の方に優れたものをお見せしたいという純粋な思いから乱入してしまっただけだ」
「王族の方へという崇高な理念があれば何でも許されるわけじゃない。今回は王妃様より咎めなしとのお言葉を賜っているから良かったものの」
「ご、ごめんなさい」
「本当にこれきりにしてくれ。ただでさえ頭の痛いことが多いのだから」
口調は幾分和らいだが眉間の皺はそのままにロチャードはマリエルに向き合った。
まだ小言を言われると身構えたマリエルだが、ロチャードからは自己紹介をされただけだった。
「ロチャード・ブルデングだ。貴族の養子となった以上は貴族の品格というものを身に着けてもらいたい。それができないなら早々に退学することをお勧めする」
「えっと」
「ロチャード、彼女が困っている」
「ふん、見回りがあるのでね。これで失礼する」
マリエルが望んだロチャードとの顔合わせはあまり好感触とは言えない結果に終わった。
ゲームの中でもロチャードはたびたび棘のある言い方をするが好感度が上がるにつれて鳴りを潜め優しい言い方に変わる。
それでも退学を勧めるようなことはなかった。
「すまないな。あそこまで突き放した言い方はしないんだが」
「私は気にしてないから大丈夫よ。グリファンにも迷惑かけてるって分かってるから。教室でも言われたし」
「教室で? 誰にだ。だから一人だったのか。マリエルがいる教室はお世辞にも教養が高いとは言えない人物が集まっている。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。力になる」
「大丈夫よ。グリファンにそこまでしてもらったら悪いわ。いつも色々教えてくれてるし」
マリエルにとって小言を言われる程度という認識で攻略対象者の好感度アップのために必要なことと割り切っている。
すでにマリエルへの好感度が上がりつつあるグリファンには健気に耐える姿にしか見えていなかった。
「本当に何かあったら絶対に教えてくれ。俺は君の力になりたいんだ」
「グリファン・・・ありがとう」
「さぁ気分を変えよう」
「うん」
グリファンのエスコートで立食パーティーを存分に楽しんだマリエルは手紙を書くということをすっかり忘れてしまった。
もともと王妃からは咎めなしという言葉があるから大事にはならないが王族からゴンゴニルド伯爵家への評価は下がる。
今までは可もなく不可もなくという評価だったがマリエルは一瞬にしてどん底にしてしまった。




