教室に行く
起床を促すための鐘が鳴り着替えて食堂に向かい始める時刻にマリエルも同じように着替えていた。
朝食が終われば授業を受けるために教室に移動するから制服を着ている者が多い。
中には私服を着ている者もいるが極僅かだ。
「何とかして新しい制服を貰わないと」
食堂はちょうどピークを迎えていて席はほとんど埋まってしまっている。
メニューは決まっているから席に座れば料理が出てくる仕組みになっていた。
「どこで料理をもらうの?」
ゲームには料理の受け取り方までは書いていないから途方に暮れていた。
座れば出てくるのは分かるが座っても良いものか判断ができないでいた。
「ちょっと、そこの方」
「へっ?」
「早く座ってくださらないかしら? 後ろが閊えていましてよ」
取り巻きを従えた令嬢がマリエルに話しかけた。
通るのにただ邪魔だからというだけの理由だがマリエルにとっては渡りに船だった。
「座れば良いの?」
「貴女! 何という口の利き方をっ」
「お待ちなさい」
取り巻きを連れていることで身分が高いことが分かる令嬢はマリエルの言葉遣いを咎めた取り巻きを制止した。
しぶしぶという体で引き下がるのを見届けるとマリエルに向き合った。
「いくら不慣れな貴族でも、ひと月もあれば食堂の使い方くらいは慣れるはず、それをご存知ないということは、もしや編入生でいらっしゃるのかしら?」
「そうよ。今日から編入して来たのよ。誰も教えてくれないから来たの」
「食堂では決まったものが出てきます。席に座ると運ばれて来ます。カウンターに取りに行っても構いません」
「そう。親切にどうも」
昨日から何も食べていないマリエルとしては早く食事にありつくことが重要で目の前にいた令嬢が誰と関わっているか気付かなかった。
編入生であると分かればマリエルが庶民として生活していたことを知っているから礼儀や言葉遣いが出来ていなくても大目に見たが積極的に関わりたくはない。
マリエルたちのやり取りを見た生徒たちは眉を寄せて不快感を表しているものが大半を占めた。
「よろしいのですか? コリーナ様」
「そうですわ。あのように軽んじた態度を黙認してはコリーナ様の威厳に関わります」
「皆さま、編入生でまだ学校の仕来りなどが分かっていないのですよ」
「ですが」
「お気持ちが分からないでもないですが、今はまだ見守りましょう」
マリエルの態度がいくら不敬であっても、あからさまに目くじらを立てるのは好ましくなかった。
ましてや格下の者に大人げない態度は正しいことをしていても社交界では噂される。
コリーナの判断は正しかったが、釈然としない結果となった。
「さぁ時間が無くなってしまいますわ。朝食にしましょう」
「はい」
「コリーナ様のおっしゃる通りですわね」
何も気にすることなく食事を終えたマリエルはわざと遠回りの道を選んで職員室に向かった。
ここで会長であるロチャードに会うつもりでいた。
遠回りをしたり廊下の陰に隠れてロチャードとの鉢合わせを狙ったりして授業がすっかり始まってしまったがマリエルはまだ職員室にたどり着いていなかった。
「どうしてよ。ロチャードがここで現れて迷った私を職員室まで連れて行くんでしょ? 授業始まっちゃったし」
このまま廊下にいても仕方ないと諦めてマリエルは大人しく職員室の扉を叩いた。
中から合図があり扉を開けると不機嫌な教師が仁王立ちしていた。
「えっと、編入生のマリエルです」
「遅い! 授業が始まってどれだけ経ってると思ってる! だいたい悠長に飯食ってるからだろうが」
「いえ、その迷ってしまって」
「迷う? 案内図は送ってるだろうが見てないのか? ここは何でもしてくれるメイドも執事もいない。行くぞ、付いて来い」
マリエルの担任らしき男性は後ろを確認することなく廊下を進む。
何も説明されないままで疑問はたくさんあったが一人でいてもイベントが起こらないと考えて大人しく付いて行く。
「(とにかくクラスに行けばロチャードやグリファンがいるから仲良くなっていけば良いわよね)」
楽観的に考えたマリエルだが学校は学力別にクラス分けされていることを忘れていた。
目当ての人物がいるクラスを素通りして廊下をどんどん進んで行く。
「(こんなに歩いてどこに行くの? あっきっと特別教室なのね)」
「ついたぞ。名前を呼んだら入って来い」
「分かったわ」
「おい、俺は教師だ。敬語を使え」
「・・・分かりました」
先生が中に入るとしばらく話し声が聞こえてからマリエルを呼ぶ声が聞こえた。
重い扉を開けて入ると視線を向けてくるもののすぐに興味を無くしたように逸らされる。
「紹介する。今日からこのクラスになったマリエル・ゴンゴニルドだ。みな仲良くするように、以上」
「よろしくお願いします」
「席は教科書が置いている机だ。一週間後にクラス替え試験がある。それまで自習」
「ちょっと待って、クラス替え試験って何よ」
「年間予定表も一緒に置いてあるから読んどけ、あと教師には敬語」
誰も疑問を持つことなく、自習と言われたからと言って教科書を開くでもなくマリエルがいてもいなくても変わらない姿がそこにはあった。




