制服を縫う
夜の見回りの守衛が不審な音に気付き扉を開けると貴族令嬢とは思えないマリエルを見て守衛室に連れて行った。
入学証明書を持っているから仕方なく宿直の教師に連絡し確認する。
「どうして守衛室イベントが今の? これは最後の最後で婚約者の差し金で襲われたあとに来るところでしょ? どうして?」
「今確認しているが何だって遅い時間に校舎にいたんだ? 門番は昼前には通したと言っていたぞ」
「それは・・・その」
守衛は純粋に聞いただけだがマリエルはイベントの続きだと思い、わざと口ごもった。
門番イベントでは間違って平民用校舎に到着したマリエルにルシーダが尋ねるのだが、その時の好感度を上げる返答が口ごもるだった。
迷いなく選びマリエルは俯いた。
「はぁ、そうか」
「(これは守衛室イベントじゃなくて、門番イベントなんだわ。きっと最初からシークレットルートが確定しているから通常のイベントとは違う始まりをしているのよ。きっとそうよ。ならあとは誰のルートかってのが問題よね)」
「こんな面倒なことは長年守衛をしているが初めてだ。金輪際よしてくれよ」
「わっわたしだって好きで・・・」
「あぁこちらの令嬢ですよ。一応、入学証明書を持っていたので連絡しました」
マリエルに悪態をついていたときとは打って変わって宿直の教師に愛想笑いを浮かべた。
子どもだといっても貴族であるから学校内のことでも目に余るものがあれば社交界ですぐに噂になる。
今回のマリエルの行動もすぐに広まってしまう。
「事前に提出された容姿とも一致するようですね。それにしてもどうすれば制服が見るも無残なほどになるのです?」
「暗くて、歩いていたら枝とかに引っかけてしまって」
「とにかく寮に案内します」
「はい」
ランプのわずかな明かりを頼りに廊下を進み道など覚えられないまま女子寮に着いた。
寮母はマリエルの姿を見て眉を顰めたが何も言わずに部屋に案内をした。
「部屋の鍵はひとつだから無くさないようにしてください。朝食は朝の六時からです」
「あの、制服の替えが欲しいんですけど」
「ゴンゴニルド様は特待生でございますか?」
「いえ違いますけど、それが何か関係あるんですか?」
「特待生でいらっしゃらないのなら制服を用意することはできません。お家に連絡をして新しい物を手配してもらってください」
「そんなっ明日からボロボロの制服で通えって言うんですか?」
「・・・貴族令嬢としての嗜みに裁縫がございます。腕前をご披露なさるよい機会かと存じます。それでは夜も更けて参りましたので御前を失礼します」
イベントに無かったことに直面して何も言い返せずに黙ってしまったマリエルは部屋で憤慨していた。
ボロボロになった制服を脱いで言われた通りに繕い縫っていた。
その出来栄えはお世辞にも上手とは言えず習ったか怪しい腕前だった。
「だいたい裁縫なんて授業でしたくらいしかないし! いたっ」
編入当日に制服が欲しいなんてワンズワールには言えない。
マリエルの成績に条件を付けるくらいだから本当のことを言えば即座に家に連れ戻されてしまう。
不慣れでも縫って着られるようにするしかなかった。
「ちゃんと間違えて待っていたのにルシーダが迎えに来なかったのはどうしてだろう? 制服がダメになるのは何度もあるけど、いつも新しいのをプレゼントされるし」
引き攣った制服になってしまったが縫い終わると起きた出来事を細かく書き留める。
トランクには絶対に覚えるようにとウォンが用意した貴族名鑑もあるが目もくれない。
「そう言えばまだ攻略対象者の誰とも会ってないのよね」
最初に出会うはずだったルシーダとは会えないまま寮に来てしまったから次に会える場所が分からない。
迎えに来てくれたときに話をして次に約束をするということになるが、約束の場所も選択肢があるから決め手に欠けた。
「編入するクラスを聞くために確か職員室に行くのよね。で、そこでも迷って会長に連れて行ってもらうことになるけど正直、会長は論外よね。やっぱり王妃くらいにはなりたいし」
マリエルは最初からシークレットルートに登場するキャラクターたち目当てでゲームを購入し攻略した。
王妃エンドになるためにはシークレットルートに進むしか手立てがないことで賛否が分かれたゲームではあったが、普通のゲームに飽きて難易度の高いものを求めたユーザーには好評だった。
「このゲームってバッドエンドに進むのも難しいのよね」
最低でも高位貴族の誰かと婚約して結婚することはできるように設定されており、バッドエンドが無いゲームとして有名だった。
制作側はバッドエンドについてあるとも無いとも言っていないが、作り忘れたのではないかとネットでは話題になった。
「校舎の中のマップは頭に入ってるし何とかなるわよね」
イベントで校舎を動き回ることがあるからマップを覚えるのは重要だった。
マリエルは激ムズルートの攻略対象者に会うことを諦めていなかった。




