許可がでる
習熟度を確認するための問題の正誤判定を待つマリエルは祈るように手を合わせた。
逃亡防止という名目で後ろに控えていたウォンは無駄なことをしていると冷めた目で見ていた。
「全問正解です」
「ほんと!?」
「はい、ただし基礎部分だけですので学校では最下位クラスでしょう」
「最下位クラスでも何でも良いわよ。とにかく学校に行けるだけの勉強は終わったんでしょ?」
この二週間の頑張りは学校に行っても問題ないという学力を得るためだ。
寝る間も惜しんで勉強した結果ではあるが、まだ信用ができなかった。
「編入日まであと三日あるもの続きを勉強するわ。お父様に学校に行く許可をもらわないと」
「えっ? ちょっとお嬢様」
風のように飛び出してワンズワールの書斎へ向かった。
学校でも授業についていけるだけの学力は手にしたが、それは入学のために必要な学力というだけで、編入となった今、授業は進んでいる。
教えていた家庭教師も二週間で学校に行くつもりだとは夢にも思っていなかった。
書斎に飛び込んだマリエルは全問正解したことを意気揚々と報告した。
「お父様! 私全問正解したのよ。これで学校に行っても良いわよね?」
「・・・確かに全問正解したら学校に行っても良いとは言ったが、これはまだ基礎だろう。これでは学校では最下位クラスも良いところだ。すぐに授業についていけなくなるぞ」
「えぇぇ!? すごく頑張ったのに」
「頑張っていたのは知っているからな。まぁ通ってみなさい。だが定期試験で学年十位以内に入ることが条件だ。いいね?」
「ありがとう! お父様!私頑張って十位以内になるからね」
一度休学させると宣言はしていたが学校には連絡をしないままにしていた。
すぐにでも申告しようとしたが、必死で勉強を頑張っている姿に休学させることに躊躇いを覚えてしまった。
今の学力なら最下位クラスに残れる瀬戸際のところだから学年十位というのは達成できる見込みのないものだった。
学校に通わせて現実を見せれば納得するだろうと考えてのことだった。
「・・・旦那様は何と?」
「通って良いですって。定期試験で十位以内に入れば良いのだもの楽勝よ」
「・・・・・・そうですか」
「あら、何だか浮かない顔ね? 私が学校に行くのが不満なの?」
「いえ、快適な執事見習い生活が送れると思えば涙が出るほど嬉しいです」
「一言多いわね」
「心配しているのはお嬢様の妄想でフーリオン殿下やロチャード様がご不快な思いをされないかということです」
高位貴族なら身の回りの世話役として侍従を学校に通わせることもあるが、伯爵家ではまずあり得ない。
学力はついても妄想癖が治っていないマリエルを一人にするのに不安しか感じないウォンは溜め息を吐いた。
「失礼ね。私だって礼儀くらい弁えてるわよ」
「・・・その言葉を信じますが、くれぐれも立場を弁えてくださいね。家格の上の方々には声をかけても良いかどうかお伺いを立ててからですよ」
「それくらい分かってるわよ。お時間ございますか? って聞けば良いんでしょ?」
「それだけではございません。談笑中にお声がけをするときは一言詫びてからです。まかり間違っても本題から入っては失礼になります」
「ちゃんと順番を守るわよ」
「お嬢様は各家の繋がりというものに大変疎いようですので相手の方がどのようなお立場の方か分からないうちは謹んでくださいね」
ゴンゴニルド伯爵家もそれなりに歴史ある家であり、親戚となっている家も多い。
中には希薄な付き合いというのもあるが、波風を立てないのが一番だ。
貴族の柵というのを理解していないマリエルは派閥というのも理解していなかった。
「とにかく編入日までの三日間はしっかりと貴族名鑑に目を通してくださいね。ただでさえ庶子上がりということで注目されているのですから」
「庶子くらい珍しいことでもないでしょう?」
「それは生まれたときから貴族としての教育を受けた者のことです。平民から引き取られた庶子というのは数えるくらいです。ですのでお嬢様は貴族として相応しいか見定められる立場だということをゆめゆめお忘れなきよう」
知っていなければ貴族社会から爪弾きに合うくらい有名なところを重点的に覚えることになった。
学校に行けるということで集中力が途切れてしまいウォンが覚えておいて欲しい家名の半分ほどに留まってしまった。
家名に合わせて領地と特産品も入れたが、それはほとんど覚えられず十数件に終わった。
この奇跡的に覚えたのはゲームの攻略対象者の家ばかりで、いずれも高位貴族だったことからウォンに再び疑念を持たせてしまった。
ゴンゴニルド家に繋がりの深い家も辛うじて覚えたが向こうからすれば当たり前のことをさも訳知り顔で言うマリエルにいい顔はしないだろう。
各家の当主からやんわりとした苦情が来ることが簡単に予想できた。
学校へ編入させるのは時期尚早だと言うのは誰の目にも明らかだが、また家出まがいに学校に行かれても困るから行かせるしかなかった。




