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女優になる

 入室の許可が出てメイドが扉を開けるとマリエルは父親に向かって走り出した。

入ってすぐに叱りつけようとしていたゴンゴニルド伯爵は言葉に詰まった。


「マリエル!」


「お父様! ごめんなさい」


「マリエル?」


「私、私、平民のときには行けるなんて夢にも思っていない学校に行けるって舞い上がってしまって、それに一生会えることのない王子様にも会えるなんて我を忘れてしまって本当にごめんなさい」


 目にいっぱいの涙を溜めて最後のごめんなさいで一筋の涙を零すというタイミングとしてこれ以上ないくらい効果的な方法で泣いてみせた。

手のひらで顔を覆い、堪えきれない嗚咽も再現してみせる。

これには周りも反省しているならと貴族令嬢としてはあるまじき行為を許してしまった。


「マリエル、分かってくれたのなら良いんだよ」


「ごめんなさい、お父様」


「学校に行かせるのはまだ早かったようだ。休学届を出しておくから家で学んでから行くといい」


「私は学校に行って頑張ります。だから、学校に行かせてください」


「決めたのだよ。貴族には貴族としての振る舞いが求められるし分というものを弁えなければいけない。幼い子どもなら許されても大人になれば許されない。もうしばらく家で学びなさい。学校はそれからでも遅くはない」


 いくら我が儘を言っても伯爵家当主が言ったことを守らなければ家長権限で幽閉されることもある。

貴族についての知識がゲームでしかないとしても騒ぎ立てるのが得策ではないことは分かっている。

当初の編入日まで時間があるからその間に説得できれば良いと考えて今は引き下がった。

マリエルを引き取ったゴンゴニルド伯爵、ワンズワールは結婚をした者の子どもができず、嫁いで来た令嬢は多産の家系であったから問題はワンズワールにあるとして離縁となった。


 子どもができなければ女性の方に問題があるとされがちだったが、令嬢の家が多産の家系ということで多額の慰謝料を支払い、種無し伯爵という二つ名とともに名誉が地に伏した。

そのあとに令嬢は別の貴族に嫁いだが子どもができず、例外的に子どもができないのだということが分かったが一度広まった噂は消えず多少薄まった程度だった。

ゴンゴニルド伯爵家には縁談が持ち上がったが多額の慰謝料の支払いがあり、貴族令嬢が耐えられる生活ではないことで次第に無くなった。

子どもができないと分かった令嬢は今では色々な男の間で愛人をしているということだ。

子どもができないから跡継ぎ問題に悩まされることもないということで各家の正妻たちからは歓迎されている。


「旦那様、宜しかったのですか?」


「休学させたことで落ちる名誉も今は持っていない」


「それではお心のままに」


 慰謝料を請求した令嬢の生家は娘が子どもを産めないと分かった時点で慰謝料の返還を申し出たが当代貴族に多額の金は不要ということから支払いは今も続いている。

慰謝料は国によって支払い額を決められ支払う年数は命じられた当人が死ぬまでと定められていた。


「年甲斐もなく娘ができたと舞い上がっていたのは私もだな」


「旦那様」


「私は少し休む。何かあったら起こしてくれ」


「かしこまりました」


 ワンズワールの子だとされるマリエルは確かに髪と目の色が似ていた。

社交界からすっかり足が遠のいた頃に出会った女性にも面影があった。

目立った功績もなく地道に領地を運営してきたゴンゴニルド家の名声に泥を塗ったことで自暴自棄になり酒に溺れ娼館に入り浸った時期があった。

お気に入りの娼婦がいなくなってからは通うこともなくなったが、ワンズワールが心のままに愛したのはその女性だけだろう。


「旦那様がまた塞ぎ込んでしまわれた」


「お嬢様が引き取られたころは庭でお茶会をするくらいには穏やかだったのに」


「まるで人が変わってしまったようですね」


「今はまた家を出ないように監視しないといけないですね」


「執事見習いのウォンが目を光らせるでしょうね」


 当代貴族ではあったがせめてマリエルが不都合なく生活できるようにと執事見習いを雇った。

思っていた以上に優秀で屋敷の誰もが付いていけなかった奇行に根気よく付き合い宥めていた。

ウォンがいれば路頭に迷うことはないだろうと思うくらいには安心して任せられた。


 ワンズワールに仕えていた使用人は静かな余生というものを願うくらいには若い人の行動力についていけなかった。

それぞれの持ち場に戻って仕事を再開させた頃にマリエルの部屋から叫び声が聞こえた。

何を言っているか鮮明ではないが、いつものことかと思うくらいには慣れていた。

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