家に連れ戻される
駐在所に来たのは御者と執事見習いだった。
この二人はマリエルにとっては予想外でイベントなら迎えに来るのはロチャードかオーリエンのどちらかのはずだった。
まだ顔も合わせていない二人が迎えに来ることなどないと思い至らないのがマリエルだった。
「これがロチャードだと大変よね。オーリエンなら王子様だからお近づきになっても得だけど」
「・・・お嬢様、お迎えに上がりました」
「どうしてあんたたちが迎えなのよ!? ロチャードは? オーリエンは? いいから二人を出しなさいよ」
「何を仰っているのですか? 高貴な身分の方がお嬢様とお会いになるわけないでしょう。いい加減に妄想はおやめください」
「妄想なんかじゃないわよ。二人は絶対に私のことを好きなんだから会えば分かるわよ」
この調子でマリエルはずっとゲームの中のことを話していた。
それは最近まで平民であったマリエルが語るには恐れ多いことであり、妄想だとしてしまうのが一番だ。
ゴンゴニルド伯爵も跡取りがいないため昔に関係を持った女性が産んだ子だということと自分と同じ目の色だということで引き取った。
引き取った当初は大人しく真面目に教師の言うことも聞いていたから学校に入れて学ばせようと考えた。
手続きが完了した頃からマリエルは部屋に籠り何かを一心不乱に書くようになる。
同時に優秀な成績を修めていた勉強の内容を全部忘れていた。
「お手数をおかけいたしました。お嬢様は最愛の母上を亡くし平民から貴族になった環境に馴染めず心を病んでございます。何卒ご寛大な処置をお願いいたします」
「いやいや、こちらとしては何も言うことはありませんよ。お家のことは口出しできませんから」
「旦那様にも優秀な憲兵殿がいたと報告させていただきます。それでは先を急ぎますので失礼」
まだ納得していないマリエルは馬車に乗せようとする御者の手を振り払おうとするが力の差は歴然としている。
迎えに来るにしても早かったのは家から抜け出したことに気付いて学校まで行っていたからだ。
今まで学んでいたことを忘れて言動も貴族令嬢に相応しくないとして編入を先延ばしにしようとしていた矢先のことだった。
何が何でも学校に行くと執着していたことから監視をしていたが目を離した隙の出来事だった。
「帰ったら旦那様に叱っていただきますからね」
「どうしてよ! 叱られるようなことは何もしてないわ。通うことになる学校に行って何が悪いのよ」
「学校に行ったんですね。どうせ入学証明書が無いから入れなかったんでしょ」
「そうよ! 入学証明書あるんでしょ。出しなさいよ」
学校に行かないと全てのルートが始まらない。
このまま入れないとマリエルの計画が狂ってしまう。
「憲兵に連れて行かれるというような騒ぎを起こしたんですから学校に入学できるわけ普通はないでしょう」
「そんなぁ」
「これに懲りたら大人しくしておくことですね。ゴンゴニルド伯爵家の名誉を貶めるようなことは謹んでください」
執事見習いとして仕えるようになり次期伯爵家女当主候補となるマリエルの世話を命じられたときは大人しい令嬢で胸を撫で下ろした。
それがある日突然人が変わったようになり礼儀正しい言葉使いもしていられなくなった。
今では折を見て修道院へ預けようという話さえある。
「私はお父様のために少しでも学校で頑張ろうと思ったのに」
「頑張るって何をです? ここ最近のお嬢様は恐れ多くも王子殿下や高位貴族の方々とお近づきになりたいという願望ばかり口にされていましたからね」
「それは! 伯爵家よりも上の人に目をかけてもらえば爵位も上がるから」
「それで学校に行って恐れ多くも高位の方々と親しくなろうと? 動機が不純も甚だしいですね。そんな輩は掃いて捨てるほどいます。だいたい伯爵家の地位で王子殿下に目をかけていただこうなど図々しいにもほどがあります」
執事見習いが言うことが正しく伯爵家の身分で公爵家、侯爵家に声をかけて許されるのは親戚の場合のみだ。
いくら学校では分け隔てなく話ができても礼儀というものと節度というものは弁えなければいけない。
今のマリエルにはどちらも欠けていた。
「・・・やっぱり最初からシークレットルートに入るのはタイミングが難しいわね」
「何か仰いましたか?」
「そうね。貴方の言う通りだわ。平民だったから学校に行ったら雲の上の人と会えると舞い上がっていたわ」
「そうですね。取り返しのつかないくらい遅いですが、分かっていただけて良かったです」
順調に馬車はゴンゴニルド邸に帰り、家出同然に出たマリエルを万全の態勢で待ち構えていた。
笑ってはいるが怒っているメイドに両脇を固められて父親の待つ書斎へと連れて行かれた。
マリエルは俯いて歩いているから反省しているようにも見えた。
本当はこのまま家に閉じ込められないようにするためのことを考えているのだが真剣な表情に引き取られたばかりの頃のマリエルを知っているから気を緩めそうになっていた。
書斎の扉を叩いてマリエルが戻ったことを告げた。




