時間がない
デザートまで減点十点にならずに終えられたのは三十名ほどだった。
フーリオンとオーリエンはもちろんのことアンネワークとジャクリーヌも残った。
ウォルトルは減点九点と滑り込みだったが合格したことには変わりなかった。
「これにてマナー講習を修了します。減点者にはおって補習を申し付けます。以上」
終了宣言をされて気を張っていた生徒たちは一斉に息をついた。
すぐに席を立って部屋に戻る者や食後のお茶を楽しむ者と様々だが誰もが安堵の表情を浮かべていた。
「そろそろ戻るか」
「うん」
「すぐに戻れそうにないけどな」
入口付近にはアンネワークに何か言おうと待ち構えている令嬢たちがいた。
かろうじて合格はしたが、たかが伯爵令嬢に負けたということで一言言いたいだけの者が集まっていた。
「マナー講習お疲れさまでございました。両殿下、アンネワーク様、ウォルトル様、ジャクリーヌ様」
「お疲れさまですわ。ロジャンナ様」
「お疲れのところ申し訳ありませんが、お耳に入れたいことがございますの。お付き合いいただけますか?」
「分かりましたわ」
この場にはフーリオンもいるから断ることは出来るがアンネワークが伯爵家という立場から公爵家であるロジャンヌの誘いを断るのは体裁が悪かった。
仕方なくジャクリーヌを供にロジャンヌの誘いを受ける。
女同士の争いに権力を持ち込むのは無粋であるから黙っているがアンネワークに難癖をつけている令嬢たちを把握はしている。
「フーリオン様、行って参ります」
「あぁ」
「どうぞ、こちらに」
こうやって呼び出されることも多く遠回しに何を言われているのか予想もつく。
第二王子の婚約者に伯爵家でもなれたのなら公爵家、侯爵家である自分たちもなれると勘違いをしている。
そしてもっと勘違いをしているのが、第二王子が次期王だと思い婚約すれば次期王妃になれると思っている点だ。
「アンネワーク嬢が兄上の婚約者であることに反対だという意見を持つなとは言いませんが公言している時点で底が知れますね」
「あの程度の女にどうにかされるほどアンネは甘くないぞ」
「あの芝居命という言動で惑わされていますが並みの女性では無理でしょうね」
難関と言われている婚約者の試験を満点で合格しているアンネワークに知識で勝負を挑むことほど愚かなことはない。
あとは伯爵家という身分から自発的に身を引かせようとするが、王家が認めた婚約者であるから大々的には言えない。
その矛盾に気づかないから無駄な忠告というのを繰り返していた。
「話は変わるけど、来月の編入生のことだけどな。ちょっと困ったことになりそうだぞ」
「何があった?」
「引き取られてから毎日何か書き綴っているらしい。それも鬼気迫る様子で」
「勉強をしているのではないのか?」
「どうも違うらしい。誰も内容を見たことがないから何とも言えないが」
何を書いているのか分からないが不穏な行動をしているのなら編入を先延ばしにしておいて欲しいものだった。
いきなり学校に入れたところで馴染むこともできずに問題を起こした末に退学というのが目に見えていた。
「アンネに危害がなければ良いが」
「本当にアンネワーク嬢命だな」
「あぁ、アンネがいるから俺は生きていられる」
「大げさだな」
「大げさだと思うか?」
学友として選ばれて当たり障りなく学校生活を終えて王太子になったフーリオンの近衛兵になって適当に過ごすはずだった。
侯爵家の嫡男なのに年齢が近いというだけで第二王子付きになった。
最初は不満もあったが、婚約者が決まったから入学を五年遅らせると言い出したときには何を血迷ったのだろうかと本気で思った。
「思わないな」
「俺にはアンネでなければいけなかった。他の女では表面上は取り繕えても最終的には破綻していた」
「突拍子もない言動から仕方なく付き合っているように見えて実は依存しているのがフーリオンの方だったとは誰も知らないだろうな」
「だからアンネを傷つける奴がいれば徹底的に潰す」
一歩線を引いた態度でフーリオンに接していたがアンネワークの行動に巻き込まれて、いつの間にか右腕と呼ばれるまでになった。
このことにウォルトルの父は喜び初めて手放しで褒めた。
「今のところアンネワーク嬢は文句を受けてるだけみたいだからな。様子見だな」
「アンネの頭の中には次の芝居のことしかないから相手にもならないだろうな」
園遊会まで時間が無かった。
早く科白を覚えて演劇部員の前で演じてジョコルウィッチに合格をもらわないといけない。
今まで一度も合格をもらったことがないが諦めずに挑戦し続けていた。
「ふー!」
「アンネ」
「練習する時間が無くなっちゃうよ」
「どんな話をしたんだ?」
「そんなことよりも練習だよ。ジョロルビッチ先生が『ケケケ、こんなところで油を売っているなら合格は軽いな。フゲゲ、期待してるぜ』って言うんだよ!」
人の真似も上手く、声まで完全再現できるほどなのに科白となると壊滅的だった。
頬を真っ赤にして膨らませている姿は可愛く、フーリオンは軽く笑って台本を開いた。
「第三幕からだよ」
「その前に、ジョコルウィッチ先生な」
「ジョロルビッチ先生」