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科白を噛む

 全ての授業が終わり生徒たちが思い思いに過ごしていた食堂でその声は聞こえた。

顔立ちは幼く、プラチナの長い髪を緩やかに束ねて、男性の制服を着た()()が窓際に座っている男性に向かって指を差した。


「こっ婚約破棄よ!」


 指を差された生徒は溜め息を吐いて仕方なく口を開いた。


「理由を聞いても?」


 不機嫌だということを隠さずに、肘を付いて令嬢の続きを待った。


「そっそれは、私のあいする、マルギュレッジョをいぢめたからだ!」


 何度もつっかえて噛んで言った科白は何ともお粗末なものだが令嬢にとって精一杯の発言だった。


「はぁ何かの間違いではありませんか?」


 再度、溜め息を吐いて令嬢から視線を外して珈琲を啜った。


「しっしらを切るのもいい加減にしろ!えっと、えっと、次の科白何だっけ?」


 明らかに身長に合っていない制服の胸ポケットから台本を取り出して科白を確認する。


「あった!えっと、調べはついているんだ!神妙にお縄につけ!」


 最後まで言い切った達成感から令嬢は笑みを浮かべるが言われた方は溜め息を三度吐いて令嬢を手招きした。

素直に従って隣に座る。

椅子が高いため深く腰掛けられないから男性が手伝って座らせた。


「それで?今度は何の芝居を見たんだ?」


「これ!」


 科白を確認していた台本で、それは巷の令嬢や婦人たちに人気の婚約破棄物語だった。


「また妙なものに感化されたな」


「感化?」


「前はハーレムチートで、その前は勇者モノだったな」


「上手くできたらお芝居に出してくれるってジョロルビッチ先生が言ってたよ」


「ジョコルウィッチ先生な。担任の名前くらい言えるようになろうな」


 先ほどの婚約破棄宣言などなかったようにお茶会が始まった。

普通ならそんな宣言をすれば廃嫡ものだが、この令嬢に限って言えば問題にならなかった。

令嬢の名前は、アンネワーク・ワフダスマといい、歴とした伯爵家の令嬢だった。

男性の方は、フーリオン・スカラッタといい、スカラッタ王国の第二王子だった。


「噛むのは良いが科白を飛ばすのは駄目だな」


「だって長いのは難しいんだもん」


「長科白くらい言えないと主役はできないな」


「それは嫌!」


 アンネワークは伯爵令嬢でありながら演劇部に所属する変わり者だ。

そしてフーリオンもそれに付き合って演劇部に所属している。

部活動は学校に所属している平民が手に職を付けるための職業訓練所の役割を持っているから貴族が所属する必要はない。

花嫁修業の一環として手芸部には所属することもあるが幽霊部員であることも多い。


「よし! 帰って練習してくるね」


「プリンがあるぞ」


「プリン食べてから練習する」


 第二王子に伯爵令嬢が親しげにしていれば反感を買うが二人は婚約者だから表立って言われることはない。

それでも公爵家や侯爵家から圧力がありそうだが、それもない。

それはフーリオンが十五歳から入学する学校に婚約者と同じ学年になるためだけに五年も入学を遅らせたことで本気度が窺えた。


「夕飯の時間になったら迎えに行く」


「それまで特訓してるよ」


「走って転ぶなよ」


「ダイジョブ」


 淑女教育を終えているはずだがアンネワークはお転婆なままだった。

それが可愛いとフーリオンが溺愛しているから誰も指摘しない。


「・・・フーリオン」


「何だ?」


「アンネワーク嬢は台本を忘れて行って、どうやって練習するんだ?」


「そこが可愛いんだろうが」


 この国の王子や王女の結婚相手の決め方は筆記試験に合格した者たちの中から選ぶことになっていた。

恋愛になることもあれば家格で決めることもあり、それぞれだが王妃や皇太子妃になる素質があるということを王家が認めているから大きな問題も起きなかった。

科白を噛み覚えていないという失態を見せたアンネワークは最年少で試験に合格し満点を出したという才女だった。


「未だに信じられないわ。分厚い法律辞典を暗唱できるくらいの記憶力を持つのに芝居の科白が覚えられないって」


「そこが可愛いとこだ」


「俺には可愛いとは思えない」


 フーリオンが入学を遅らせた弊害として、フーリオンのご学友として選ばれていた子息たちも必然的に入学が遅れた。

アンネワークのためにならどんな手間も厭わない溺愛っぷりにフーリオンの妻の座を諦めた令嬢は、数知れない。


「アンネワーク嬢が来ることを見越して甘いもの用意しとくとか。自分は甘いもの嫌いなくせに」


「アンネが甘いものを食べている姿は癒されるだろうが」


「溺愛してるな」


「婚約者を溺愛して何が悪い」


 部屋に戻って特訓すると言っていたアンネワークが涙を浮かべながら食堂に戻って来た。


「ふー」


「どうした?」


「台本がどっか行っちゃった」


「これか?」


「ふーが持っててくれたの?」


「あぁ」


「ありがとう!」


「一緒に練習するか?」


「うん」


 芝居にしか興味がないように見えてアンネワークもフーリオンを好きでいる。

その割合が芝居への愛が多くてもだ。

フーリオンはアンネワークのためなら不機嫌な演技をすることも道化を演じることも厭わない。

アンネワークが勝手に部屋に入ってクローゼットから五年前に、着る予定だった制服を持ち出されても怒らない。

その優しさはアンネワークにしか発揮されないのが少しだけ残念なところではあった。

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