4.再読
身体が自然と膝を折り、手は床に散らばった書類に伸びる。
「ありがとう」
初瀬が小さく言う。
「もしかして、わざと?」
少し意地悪な、的外れな質問をする。
初瀬は絶対そんなことはしないと、自分には分かるはずなのに。
「‥‥そうかも。これを拾って貰えなかったらもう終わりにしてた。」
返答が、少し予想と異なっていたものであったとしても書類を拾う手に迷いはなかった。
窓ガラスから奔るオレンジが2人の背中を染めている。
ここが暗闇ではないと呟くように。
「あのさ‥‥。」
床にはあと2枚の紙が。
1枚を拾い後は初瀬に託す。
無意識にそんな思いから彼女の行動を待っていた。
「うん。」
呟くだけ。
「わたしの事、嫌い?」
「好きではないけど、今はなんとも。」
嘘ではない。本心から、流れるままに垂れ流す。
「あはは‥‥、やっぱりしつこかった?」
微笑む初瀬。
俺の知らない彼女だ。
「考えてた。いつもと違う事が起きると人はやっぱり悩みこむんだって。」
初瀬と話した日常は、自分には日常ではなくて。
あの机と本をめくる時のページが掠れる音だけが、自分の知ってる日常だったから。
「わたしも、伏見君と話したのはあの日が初めてだったし。」
思い出せるあの日が、初瀬と自分を繋いでいる。
「これ、最後の1枚だ」
待ちきれなくて、床に落ちていた1枚を拾って初瀬に手渡した。
「うん、手伝ってくれてありがとう」
手で軽くスカートを叩いた後、初瀬は教室に向かっていった。
まだ自分の書類を渡していない。
初瀬を追いかけ教室に向かう。
開きっぱなしのドア。
教室には担任に書類を渡す彼女がいた。
「伏見君」
こちらに手招きする彼女。
それに従い教壇に立つ担任に書類を渡す。
「2人ともご苦労、戸締まりよろしくな」
教室の鍵を彼女に手渡し教室の外へと出て行った。
束の間の静寂、でも息苦しくはなかった。
身体を伸ばす初瀬の仕草が、窓を叩く風の声が、教室に刺す橙の光が、それら全てが心地よくて。
初めてだった。
「いつも何の本読んでたの?」
「マイナーだよ、多分わからない」
一歩。
「お昼何処で食べてたの?」
「秘密の場所、多分自分しか知らない」
風がふわりと頬を撫でる。
「お家、学校から近いの?」
「そんなには、でも歩こうと思えば」
冷たくない手が。
手に触れる。
「明日もまた、おしゃべりしてくれる?」
「僕が死ぬまでは」