奴は私を好きすぎる!?
暖房器具が欲しい………が、買えない。
なので閃いた!寝るときにダウンを着て寝ればいいのでは?
奴との待ち合わせの駅前にたどり着くと、私は柱の影からキョロキョロと周囲を見回した。
奴との待ち合わせは、何故か人通りの多い場所を指定されるのが多く、毎回1度は断るのだが「頼む!」と言われると中々断りづらいから困っている。
そう、私はノーと言えない日本人の典型的なタイプなのだ。
「きゃあっ!あそこの彼、凄いイケメンじゃない!?」
「ええっ?どれどれ?」
「ふわぁっ!本当だ!超絶イケメンだよ~。はぁ………誰待ってんだろ?」
「いや、普通に考えて彼女とかでしょ?」
「じゃあじゃあ友達待ちだったら、逆ナンしてみる?」
「いやーん!みっちゃん強気ねっ」
うぐぐ………聴きたくもない女性達の会話が私の耳に入って来る。
みっちゃんとやら、アレは止めときなさい。最終的に後悔するから。トラウマになるから。
「あと15分待って誰も来なかったら、彼に声をかけてみるわ」
「みっちゃんは可愛いから、声を掛ければ大体落とせるよね~あははっ」
「まあね。私結構見た目に自信あるから~」
「あっは!超自信家!」
おいぃぃぃ。余計な計画を立てるのは止めてくれっ!
こんな肉食系女子……いや、ここまで来たら狩猟民俗系女子やな、そういう人種がギラギラ目を光らせてるのに、私が気軽に「やあ!待った~?」何て声は掛けられん。そんな事を私の容姿でやったら確実に消される。
太古の狩猟民俗は生きるため、食べるために狩っていたのだろうが、この時代の狩猟民俗系女子達はちょっとした事で、数に物を言わせて同性すら狩るのだから恐ろしい。
※(異性を狩る場合と同性を狩る場合では含みが違いますのであしからず)
ゴ………ゴクリ。こ、ここは勇気ある撤退をすべきでは?
私が逃げ腰でこの場を他の人達に紛れてフェードアウトしようとすると、運の悪い事にあっちが私に気付いてしまった。
「凌?」
奴の何気無くポツリとこぼれた名前に、私の身体は瞬時にビックーンと背筋を凍り付かせた。
「いま、彼が凌って言ったわ!」
「誰かしら?」
「名前からして男じゃない?」
「じゃあ友人と待ち合わせだったんじゃない?逆ナン、行く?」
耳ざとい彼女達がキャーキャー騒いでいらっしゃるが、残念な事にその名前は私の名前だよ。
諦めの境地で遠方の方に視線を向けていると、物凄くナチュラルに背後から抱きしめられる。
「凌………。来てたんだ?だったら声を掛けてくれれば良かったのに………」
「うひゃあっ!」
少し拗ねた感じのテノールの美声は、耳に直で聴くものじゃないね。
余りにも美声過ぎて、奴が産まれてからの20年間ずっと側で聴いているけど、腰が砕けてしまいそうだよ。
「ちょ、ちょっと………マジでぇ?」
「えっ?あれ、女だよね?まさかアレが彼女?」
「嘘っ!?あり得なくない?あんな地味な女が、あんなイケメンの彼女って無いわ~」
「何か彼の弱味とか握ってんじゃね?」
「ぷっ!だよね~?弱味でも握られてなけりゃ、あんなのと一緒には歩けないもん」
「あの地味ブス、彼の何の弱味を握って脅してんだろ?まぁ何にせよ最低な行為よね?」
ぎゃふっ。ぐはっ。ぶげぇっ。
くっ苦しい……。貴女達の言う通りに、地味ブスの私はメンタル面が惰弱なので、それ以上の罵詈雑言は耐えられそうにも御座いません。
なので逃げます!この場から今度こそ逃げ去ってやりますよ。
私は背後から抱きしめて来る奴の腕を、思いっきり上に叩き上げた。
パアンッ…………。
休日の駅前に乾いた高い音が響き渡った。
「きゃあっ!な、何今の?」
「乱暴過ぎない~?」
「流石に彼の方も驚いてるみたいね」
「そりゃそうよ。弱味を握られているから仕方無く抱きしめてやったのに、乱暴に振りほどかれたら……ねぇ?」
彼女達が好き勝手言っている。ああ、私が弱味を握っているっていうのは、もう決定事項ですかぁ。
それにこれくらいで奴が諦めてくれるとは、思ってませんよ。何分産まれたときからの付き合い。腐れ縁ですからね。
「凌は昔から恥ずかしがりやだったね。久し振りに会えたのが嬉しくて、ついやり過ぎてしまったんだよ。許して?」
チイッ!この計算高い上目使い………自分が周りからどう見られているか、計算し尽くされた感じが無性に腹立つ。こんな風に顔の良い奴に殊勝に謝られたら、私の立つ瀬が無い。
こっちが下手に出て、許して上げなければ周りが許さないのだろうし、かといって許したら許したで「あの地味ブス何様!?」みたいな感じになるんですよ。
過去の経験上わかってますから。ええ。きっと。
って、どおすりゃあええっちゅーねんっ!!
とりあえず黙る!
とりあえず生!みたいな感じで言うけど、これが私の何時もの作戦だ。
ん?情けないって?しょうがないですよ。逃げるタイミングを失うと、こんな窮地に立たされるだよ?ほんと頭が痛くなるよね。
「あの地味ブス、何黙ってんの?」
「彼の優しさに胡座かいてんじゃない?」
「ええっ?だったら最低じゃない?」
「そんな女なら別れちゃえば良いのに」
「だね、私だったら凄く優しく接してあげるんだけどね~」
「まぁ、あれだけのイケメンだもんね~」
「あんな彼氏だったらマジで友達にも自慢できるし?」
はぁ…。結局は喋っても喋らんでも、文句は言われるんだなぁ。
それに流石は狩猟民俗系女子!優しく接してあげるとか、友達に自慢できるときましたよ。
すげぇっす。随分と上から目線っすね?貴女方のメンタルは激強っす。
人を物としか見ていないなんて、ヒュ~♪パネェっす。
はぁ~あ。それにしても速くこんな場所から退散したいな。そして静かな図書館とかでのんびり好きな本を読んで過ごし、好物のベーグルサンドをミルクティーで流し込みないなぁ……はぁ。
「凌……やっぱり許してはくれないのか?」
奴が先ほどよりも耳の近くで囁いて来る。
「ふぎゃっ…………」
ちくしょー。バカヤロー。私の弱点が耳だと知っているくせに、よくもやってくれやがったなぁ………。
私は怒りで頭に血がのぼってしまい、さっきまで黙ってようと思っていたのに、つい大声で叫んでしまって居たのであった。
「っ………こ、この、変態がぁ!耳は止めろって何べん言えば理解すんだよ、このボケェェェェェェ!!!」
「ははっ!だって毎回この怒鳴り声が聴こえないと、何か帰ってきたって気がしないんだよ」
「っだとぉっ?テメーは、んな事考えてたんかいっ!!」
「ほら怒るな怒るな。凌の欲しがっていたお土産を買ってきてやったから、な?」
現金なもので奴の【欲しがっていたお土産】の言葉に私の荒ぶる心は、瞬時に凪いでしまう。
はぁ、ヤダヤダ。何もかもお見通しって事だな?
だが、こいつのお土産はメッチャ欲しい。ワクワクが止まらない。うぇっへっへっ。
「ほら、これ…………」
うっひょうっ!これこれ!このヌメヌメ感!たまりませんなぁ………………。
「って!こりゃあイカだっ!し、しかも生!………ぐぅ…ぐはっ!な、生臭いっ!おえっ!」
「あっはっはっはっ!あっはっはっはっはつはっはっはっ!」
奴が私の両手にソッと乗せやがったのは、なんと生のイカであった。
しかも私のリアクションを見て、こちらを指さしながら爆笑してやがるっ!
死なすっ!貴様のそのお綺麗な面をボッコボコにしてやるっ!
普段はけっして解き放たれる事は無い、私のどす黒い凶悪な部分が顔をもたげてくる。
怒り心頭中の私が生臭い手を握り、奴の面を殴ろうとした正にその瞬間、私の眼前に私が愛してやまない外国人作家さんの、日本未発売の洋書が奴から差し出された。
うっ……うわあっ!!うわあぁぁぁ。
これだよっ!これが前々から読みたかったジョン・ホセーの【クズと縁が切れる10の方法】だぁっ!
こんな素晴らしい物を目の前に差し出されたら、そりゃあ殴る気も失せるよね?
私は殴り掛かろうとしていた手を開いて、奴から差し出された本をしっかりと掴む。
……………………そしてむせび泣いた。
何故かって?
それは私の手が生のイカでヌメヌメしていたからだ。
高級感溢れる革の装丁は、生臭い液体のせいで手形のシミになってしまっていた。
「ノォーーーーーーーーーー!!!」
私は勢いよくしゃがむと、バッグに入れていたハンドタオルで本に付いた手形を拭った。
だが結果は惨憺たるものであった。
ハンドタオルではシミは落ちきらず、むしろよりヌメリを本の表面に広げただけ………という最悪な結果になった。
「あれれ?せっかく買ってきてあげたのに、凌は酷いことをするね?もうそのシミ………落ちないんじゃない?」
落ち込む私の耳に、大して悪びれもしない奴の………我が弟の声が聞こえてくる。
「殺す……………殺すぅぅぅぅぅぅ!!!」
「あはははははは。無理~!凌は俺よりも小さいから絶対に無理~!ははははは」
「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ちくしょうっ!ちくしょうっ!
神は何故こんなにも理不尽なのだっ!
そう!奴こと貢は私の実の弟であり、現在は世界で活躍する人気モデルであり、私との身長差は約40センチ以上もあるのだ。
おまけに顔の造りも全く違う。貢はキリリとしたつり目で鼻筋もシュッとしているのに対して、私はたれ目だし鼻筋もモッサリしている。そんな私達に共通する身体的な部分なぞ皆無だ。
日本人って事くらいじゃない?共通するのなんて。でもそれって他人だって共通する事だよねぇ?
それにしても貢は突然変異過ぎる。両親や親戚の人だって皆背は低いのに、何でこいつだけ身長が190センチ超えなんだよ?
解せぬ解せぬぅぅぅぅぅ。150センチしかない姉に多少なりとも恵めば良かろう、この巨人めっ!
うちひしがれる私の耳に、狩猟民俗系の女子達の驚愕した声が聴こえて来る。
「ねぇ……全く似合って無いけど、物凄く親しげじゃない?」
「う~ん。でも…………何だろう……あんまり羨ましくは無いかな?」
「そうだね。地味な方が完璧に遊ばれてるよね?」
「だね。体の良いオモチャ感は感じられる」
「私達……オモチャにするのは好きだけど~逆にオモチャされるのは好きじゃ無いのよね~」
「うんうん。だよね?」
「顔が良くてもあれじゃあねぇ………」
「そうだね。無理め~?」
「じゃあ~昨日引っかけたリーマン達に連絡する~?」
「あっ!賛成!何か美味しいものを奢らせよっか?」
狩猟民俗系女子達にすら無理って言われる弟に、心底ヘコムが彼女達は見事その生存本能を使い自らの意思で危険を回避できた。
羨ましい。実に羨ましい。
私は奴から回避したいが、血が繋がっているから回避できない。
もうこれは縁を切るしかないのでは!?そう考えて読みたかったジョン・ホセーの【クズと縁が切れる10の方法】であったが、その相手に買ってきてくれと頼んだのは間違いであったかかもしれない。
きゃぴきゃぴと楽しそうに言い合いながら去っていく狩猟民俗系女子達に、私も一緒にこの場を去りたいと思ったが、そんなこと貢が許してくれる筈も無く、私は貢に襟首を掴まれながら引きずられて行くのであった。
そんな私の脳内でずっと流れている曲は【ドナドナドーナードォーナァー♪子牛をのーせーてー♪可哀想な目でみーてーいーるーよぉー♪】であった。
今後凌の姿をみた者は誰も居なかった………。
とかだと、ホラーなんすけどねぇ。
凌はこの後、モデルの貢が休暇が終わるまではからかわれたり、つねられたりしながら家で過ごす。
そして貢が海外に戻ると同時に例のお土産の本をゆっくりと読む。洋書だからね。んで熟読。
クズ=貢
縁は切れるのか!?待て!次号!
って続きを書く気はまったく無いですけどね。
でもここまでベタベタしてくる弟って怖いな。
小生弟は居ないので分からんが、普通こんな距離感じゃないよね?からかうのが目的であっても無いよね?じゃあ何だろうか?
それと、もし凌に彼氏とか出来たら………と、考えると背筋が震えるんだが。
貢視点の話を気が向いたら更新するかも。