其之八 鈍く光る刃
暗いです。書いてて沈みました。
歓声が上がる、罵声が飛び交う、絶叫が木霊する、嘲笑が響く。
この街の広場は多くの民衆が押しかけていた。
普段なら市場が立ち、露店が並ぶそこには、大きな大きな見世物台が置かれ鎮座していた。
娯楽。
そう彼らにとって処刑は娯楽だ。
斬り口から噴き上がる血潮。
死の前に絶望に染まる人の最後の生にしがみつく絶叫。
集まる民衆は広場の端という安全な場所から、自分より運の悪かった人が裁きの名の下にショーが始まるのを表面上は被害者の振りをして見ていた。
そしてその視線の先。
見世物台に乗っているのは、鈍く、淡く、無慈悲で無骨な金属の光をはなっている処刑器具、『ギロチン』であった。
衆目はその余興に目を見開き、当惑し、興奮ているのだった。
民衆は驚きの表情でその見世物台に並ぶ人々を眺め、複雑な顔をしていた。
そう。
彼らが見るその罪人はいつも彼らが見る様な世界の多数を占める有象無象では無かったからだ。
其の名を聞いて……絶望する者、信じる者、嘲る者、祈る者、泣き叫ぶ者。
見世物台に立つ男の内、唯一囚人服を着ていない……一番身なりの良い男が何かの紙を恭しく広げそこに書かれている文字を声高々に読み上げ始めた。
「私は此処に宣言する!大アブトスの国政を預かる貴族の一人として、一人の人種として!」
ざわめく民衆に波紋の様に静寂が広がる。
男の声を一言たりとも聞き逃すまいと。
嵐の前に備える様に。
「私は此処に宣言する!アブトスの貴族の名において……私、シャルフ・シュービルは宣言する!」
男は一度息を吸い満足そうに告げた。
「只今より、告知の通り『勇者』を語り魔物と結託し、我らを裏切ってきた大罪人とその一党の処刑を始める。この決定はアブトス国王グルフィルド陛下、イシス教ボルゲス猊下、同聖女イセーリア様、そして連合に所属するすべての異種族王の認可のもとに行われるものである!」
その言葉に広場にいた民衆に動揺が走る。
先の魔王が魔物を率いて人種の生存圏に攻め込んで来て15年、滅んだ国も多々ある中で魔物から最後まで国土を守り抜いた国々とイシス教、そのすべてが彼の処刑を『認めた』と言うのだから。
「この『勇者』を語るこの者は長年、魔物と結託し世界中を転々とし人種の戦力を調べ、つぶさに『魔王』を僭称する魔物にそれらを教えていたのだ。
魔物が攻めてきて15年、本来であれば早期に撃退できたであろう、魔物ども相手にここまでの時を費やしたのは、この内通者の責である!」
その場にいた民衆は、その宣言を聞き、しばしの沈黙。
しかしその言葉を理解すると絶叫した。
殆どの民衆が『裏切り者』『内通者』『国賊め!』と叫びながら持っていたゴミを、落ちていた石をその見世物台に……いや、その意味合いは処刑台に変わり、囚人服に身を包んだ元勇者達に投げつける。
怒りが目に宿り、真っ赤に血走る民衆たちの中で、何人かは冷静に、思案するように考え首を捻っていたが、背後の絶叫する民衆を見て、そのあまりの数と、その狂乱振りに何も言わずに目を伏せた。
「私は宣言する!只今より、『勇者』を語った人種の裏切り者とその一党の処刑をこの場で開始する!」
声高々に告げる男の悪意は民衆の負の感情に火をつけた。
罵声が、憎悪が、感情が噴火する。
あらん限りの罵詈雑言が広場中に響き渡る。
民衆は信じていたのだ。
魔王から自分達を救ってくれた成り上がりの優しい青年を。
自分達に笑みを向け先頭を駆けるその背中を。
しかし、その想いは裏切られた。
尊敬が、敬愛が反転し……憎悪に変わる。まるでカードの裏表の様に。
民衆の誰かが叫ぶ。
『勇者を語る人種、いや世界の裏切り者に捌きを!』
つられて隣の男が叫ぶ。
『イシス神の裁きを!』
ついに自分が叫んだ。
『戦争で死んだすべての高貴なる魂へ鎮魂の捌きを!』
自分達には彼を裁く権利があるはずだ。
騙された自分達になら……。
彼を一方的に信じ、一方的に騙された可哀想な自分達なら……。
男は数台が並んだ隅のギロチンに繋がれる。
彼は最後だ。
彼だけが口に猿ぐつわをさせられ語る事を許されない。
いや、彼以外の死すべき罪人という『仲間』の死の悲鳴を、慟哭を聞かせる為だろう。
眼前で仲間に死を無力に見せつけられ、絶望と失望の中、仲間であった者達の末期の断末魔を耳に響かせ……無残に首が飛ぶ。裏切り者にはそれこそ相応しい。
「一人目の首を!」
ギロチンに繋がれる蠢く勇者と呼ばれた男。
処刑人は彼を無視し、なんの躊躇も無く……ギロチンに結ばれた縄をその手に持った斧で……切った。
同時に無力にも仲間達の首に鈍い鉄色の刃が落ちるのを唇を噛み締め猿轡をされた口の端から血を吐きながら一人目の『罪人』の首が胴から別れるのを見せつけられる。
処刑人がギロチンに結ばれた縄を切る。
歓声が上がり怒号が飛ぶ。
悪い冗談の様に……顔を隠した処刑人が縄を切る度にパッと見世物台に赤い花が咲き、絶叫が轟く。
縄が切られる度に勇者と呼ばれた男が拘束されながらも身を捩る。
残った右目から両目分以上の涙を流し、枷から血を滲ませながら。
しかし固く結ばれた縄はその男の自由を許さない。
猿ぐつわをされた口からはどんな訴えもくぐもった呻きに変わるだけ。
既に男の仲間は、その一人を除いて他にはいない、断頭台の『ギロチン』によってこの世にいない。
男の一人前に繋がれた罪人は女の様だった。
合図と共に処刑人が持っていた斧を捨てた。
「せめてもの情けだ、お前をの愛する女を死に追いやる剣は、お前の愛剣にしてやる」
ニヤニヤと慈悲のかけらも無い悪意の投げかけ。
ふと見ると処刑人は縄を切る斧を手放し、男にとって見覚えのありすぎる、身体の一部、魂とも言える剣が握られていた。
声にすら為らぬ咆哮を叫ぼうとした時、魔王を斬った男の……『勇者』と呼ばれた男の愛剣が、三流の処刑人の剣の腕を助ける様に軽々とギロチンに結ばれた切りとばした。
重力に、従い……落ちた。
肌を裂き骨を断ち、『彼女』の首が空に刎ねた。
『ソレ』が処刑台の下へ落ちながら転がり、『ソレ』の目が男の目と合った。
最後に断頭台に括られる一人の男。
血走り怒り狂った目で辺りを凝視し、口には何も言えぬよう猿ぐつわがされていた。
その憤怒の中のその顔には左眼にはぼろ布が巻かれ、その隙間からは血が未だに流れていた。
「勇者を語った裏切り者の一党は処刑された。後は本人のみである!残虐なる血を啜る魔族の王、紅玉の魔王を僭称した魔物に手を貸した大罪人!この者の首を刎ねよ!!」
男は思う。
『だまれ!城で隠れていたお前達が!自分の領地を護りもせず、真っ先に王城に逃げたお前が!
戦場を語るな!俺の仲間たちを語るな!魔王を語るな!
魔王は強かった。
本当に強かったのだ。
人種の天敵。
……『紅玉の魔王』。
数多の魔物を従え、その膨大な魔力は人では決してたどり着けない高みにあった。
少なくとも最後の戦いは奴は俺たちを敵として、『勇者』として敬意を持って戦ってくれた。
あいつは敵ではあったが、貴様らなどよりも余程気高い心を持っていた!』
民衆は叫ぶ。
『裁きを!裁きを!裁きを!!!!』
民衆の怒号の叫びが重なる。
まるでこの国のすべての生き物に届けと言わんばかりに。
まるでこの世界のすべてに届けと言わんばかりに。
男は思う。悲しみと憎しみで歪む中で男は思う……。
『終わってなんかいなかった……。
敵は眼前にいる。
何も終わってなんていない。
戦争前と何も変わらずに……。
世界は敵に満ちている!』
縄が断たれた。
ギロチンが落ちるその時。
辺りに轟音が鳴り響き……。
『勇者』の物語はここで終わった。
自分は暗い話は読むのは好きなんですが、書くと精神的にヨロシクないです。
一応、この話はハッピーエンドを目指してます。