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勇者と魔王は月光の下で踊り狂う  作者: みのまむし
序章 勇者と魔王と紅月と
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其之七 地下

 カビ臭い。

 湿気と、飢えの中で俺は目が覚めた。

 最後にまともな飯を食べたのはどれだけ前だろう。


 飢えは容赦なく体力を削り思考を鈍らす。

 飢えと渇きは休みなく俺を締め上げる。

 ぼんやりとした頭で分かるのは、酷く身体が怠いし、四肢に力が入らない事だけだ。

 もっとも四肢に力が入っても、鎖に手足を繋がれたこの姿では身動きできないだろうが。

 光の届かない薄暗い地下牢では既に日数の判断すら出来なくなっていた。


 寒い。

 簡素な下着とシャツだけの薄着では、石造りで冷え切った壁から身を守れず容赦なく体温を奪い取る。


 人影はない。

 俺の横にいるのは俺と同じように痩せ衰え、俺の死を持つネズミたちだけだった。


 俺の周りには誰もいない。

 旅した仲間がいない。


 誰もいない。


 夢を語る友もいない。


 誰もいない。


 ……寂しさでネズミに話し掛けたが当然のように返事はなくて、ネズミの鳴き声が寂しく地下にこだました。


 俺の装備は取り上げられ、俺の愛剣は腰に無く、俺の身を守る鎧も見当たらない。

 愛剣があれば眼前の鉄格子など切り裂いて見せるのに。


 飢えで歪む視界の中、ふと気がつくと目の前に一人の人影があった。


 よく知った顔。

 人種最大の国家の王であるその男。

 俺をここに『招いた』男。


「酷い姿だな、勇者よ」


 残った右目だけでも見間違えようのないその男。

 人種最大の権勢を、領土を持つアブトス国の王。

 グルフィルド・アブトス


 それがその男の名前であり、地位であり、行使できる権力だった。

 無感情な顔とその青い瞳。

 玉座になくとも、王冠を乗せなくとも、他者を威圧し従えるには充分な威圧があった。


「……ああ本当にな。王さまよ、あんたには言いたいことが山ほどある。これは一体何の真似だ?

俺たちは魔王に勝った。その褒美がこれか?」


 無論、俺はそんな威厳なんぞに構いはしない。

 極めて冷静に話してはいるが、既に怒りが全身を駆け巡っている。

 その喉元に食いつかんばかりに。


 アブトス王都へ帰還し、城へ案内されて受けたのは豪勢な食事。


 あまりの美味さに次から次へと口に運んだ。

 一口食べる毎に思考が麻痺する程に……毒か麻薬の一種だろう。

 ケストがいち早く気付いた時には既に遅く、俺たちは武器を手にする間もなく捕らえられた。


「イシス教よりルトーシェ、お前に告発状が出ている。

罪状は全ての人種に対する反逆罪だ」


 は?ちょっと待て。

 イシス教?反逆?


「イシスは今回の戦争で力を示した。奴らの顔を立てねばアブトスが傾く程に」


 そりゃあ、そうだろうよ。

 人種最大大国アブトスでさえ一時は国土の半分を落とされ王城近くの草原まで進出された。

 絶望広がる人種を支えたのは魔族を異端と排他するイシス教だった。


 多数の回復魔術の使い手が、そしてイシスのシンボル。

 『聖女』までが増援に現れ傷ついた騎士達を次々に癒し背後から支えた。

 後に騎士達をは聖女にイシス神の後光を見たと陶酔しイシス教に入信していったらしい。


 『騎士達の忠義は王にあるが、騎士達の信念はイシスに移ってしまった』

 そんな噂が冒険者達に流行る程に。


 ほんと笑えねぇぜ。

 まるで癌のようにアブトス騎士団にイシスは根を張った。

 無論、俺にそこまで考える頭は無い。

 ケストが気味悪そうに幾人かの首に掛けられたイシスのシンボルを見てボヤいていたからだ。

 システィはそれを聞いて、大層眉をしかめていたが。


「強固であったはずの土台に歪みが生じた。……決して少なくない歪が、だがアブトスは滅びぬ」


「イシスの顔を立てて俺を除くってか……」


 出方を伺う様に会話を合わせる。

 だが内心は『冗談じゃない』と張り上げたかった。


「紅玉の魔王は滅んだ。魔物たちの脅威はひとまず去った。

しかし既に新たな脅威が生まれている、それはお前だ。勇者よ」


 愛剣が腰に無いのが酷く心細い。

 剣の一振りでこの鉄格子を両断して見せるのに、別の牢獄にいるであろう仲間の元へ行けるのに。


「人種はもはや青色吐息だ。

働き盛りの若者は皆が戦場に血を捧げ、未婚の女や未亡人が何処にでも目に付く。

此度の戦争で、数多の小国の宝物庫は空になり、我が大国アブトスも少なく無いカネを使った。

しかも今回の戦争は防衛戦であり得るべき領土も褒賞もなければな。

魔王に支配されていた荒れた地の再建にどれだけの年月と労力とカネがかかる事か」


「……続けなよ」


「故に民は求めるだろう。戦争が終わって尚、自分達を救った勇者によるさらなる救いを。

過去にお前は言っていたな。


『黙って俺について来い、俺が魔王を倒してやる』


多くの騎士が、傭兵が、そして冒険者がその言葉を小馬鹿にしながらも……お前の背中を追いかけた。

そしてその度にお前は勝ち続けて来た。

最後に魔王を倒した。だからこそ、儂はお前を排除する」


「は?」


 ちょっと待て、なんでそうなる?


「人種国家が纏まるには我が国が常に最大の国家であり、兵力と、権威を保たなくてはなくてはならない。それにはお前が邪魔なのだ、平時に英雄は必要ない」


「暴論だな。俺は『勇者』であって英雄ではないぜ」


 嫌な予感が酷くなる。

 背筋に冷たいものが押し付けられた様に全身に冷や汗が吹き出る。


「お前にが自身をどう思うかは関係無い、他者が魔王を倒した勇者をどう思うかが重要なのだ

一人が飛び抜けた英雄がカリスマ性を発揮し、民を扇動する事などあってはならない。

それが許されのは我がアブトス王家のみだ……例えアブトスが誇る五大貴族と言えども」


 『そう……トリフェ卿でさえな』、そう眼前の男は言葉を結ぶ。


 嫌な予感が止まらない。

 この一言を問うのに……喉に力を込めているはずなのに。

 怖くて。知りたくないと心が怯える。


「……ガルティールをどうした?」


「どうもしない。トリフェ卿は、お前が城に着いた次の日に『病死』した。遺体は既にトリフェ領に送っている。後釜は彼の弟になるであろうな、凡庸な奴ならば飼い慣らせる」


 続けられる言葉に呆気にとられ、声も出なくなる。

 あのおっさんが?病死?


 最後にアブトス王城に来た時、ピンピンしてたぞ。

 長年戦場を往復して粗末なやそう混じりの飯食って腹痛ひとつ起こさない、綺麗好きで冬でも水浴びして風邪一つひかないおっさんだぞ。


「王さま……あんた何処まで本気なんだ?」


「儂は冗談は好かん」


「いい加減にしろ、グルフィルド!勇者として挨拶した時、俺たちは立場をわきまえ、臣下として接した。俺に反逆の意思なんてないと分かっているだろう?!あんたの家族、王子、王女達とも仲良くしていたつもりだ!」


 最早絶叫に近い声で俺は叫んだ。

 だがその声も目の前の男の心を変えるのになんの役にもたたない。


「勇者よ……。お前の意思はこの際関係ない。

我らに……アブトス王家以外に人種を纏める旗頭になり得る者が居てはならないのだ」


 出る杭は打つ……までもなく根から引っこ抜くってか。

 引っこ抜かれそうな身としては全然笑えねぇ。


「明日、儂の名でトリフェ領の『勇者』ルトーシェの称号を剥奪する。また人種の裏切り魔王に組した元勇者ルトーシェとその一党を処刑する。

処刑はギロチンにより首を断たれ遺体は罪人用の共同墓地に埋められる」


 最後通告が無感情に告げられた。


「勇者よ。もしもイシス教の言う『大いなる原初』『終焉の野』という場があるならば、そこで好きなだけ儂を罵倒するがいい」


 俺が聞きたいのはそんなあるかも分からない未来への懺悔じゃねぇ!


「褒賞はいらない!あんたが望むならもう二度とこの国には近づかない!」


 俺はあらん限りの声を張り上げた。

 今この男を止めなければ。

 魔物と戦っているわけでは無いのに脳内で最大に警戒音が鳴り響く。

 矢継ぎ早に溢れる言葉を無視して王は何も言わず踵を返した。


「待て!ガルティールに会わせてくれ!実は生きているんだろ?!望みを言え、言ってくれ!!その通りに俺は動く、あんたに忠誠を誓おう!」


 魔族や魔物に追い詰められても俺は命乞いの懇願などしたことが無かった。


「俺はどうなっても構わない、ロリーナ達だけは助けてくれ!彼女、ロリーナの中には……俺の子がいるんだ!!

あんたにも王女と王子……娘と息子がいるだろう、愛する王妃もいた筈だ!」


 俺の懇願は、少しだけ……。

 少しだけ王の歩みを遅めただけだった。

 その足は変わらずに出口に向かい進み続けた。


「待て!待ってくれ!アブトス王!グルフィルド、行くな!俺が戦ったのは……戦ったのは、お前の家族を含む人種の為に戦ったんだ!俺の左目はこんな結末の為に魔王にくれてやったわけじゃねぇ!!」


 俺の声は王の立ち去った無人の牢獄に虚しくこだました。

 絶叫は……しばらくこだまし続けた。







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