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勇者と魔王は月光の下で踊り狂う  作者: みのまむし
序章 勇者と魔王と紅月と
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其之六 仲間と友

 城が燃える。

 魔王軍の前線基地の焼失は魔王軍から戦う意思を奪った。

 同時に、紅玉の魔王消失は魔王軍から生きる意味を失わせた。


 統率を失い先程までの一つの巨大な生物を思わせた軍は、まるでアリの群れになったかの様に北の……痩せ細った元いた大地を目指し散っていった。


 追撃にて次々と名のある魔族が首を落とされて行く。

 打ち取られた魔族の名を聴きながら……俺たちは追撃戦には加わらず天幕で惰眠を貪っていた。

 ひたすらに食って飲んで寝る。


 戦況は確定した、これくらいのささやかな贅沢は許されるだろう。

 許されるよな……?

 それ位は勇者様特権とさせて貰おう。


 食って寝て起きるともう辺りは日が暮れて夜になっていた。

 男臭い天幕の中でケストとドルデドムのいびきを聞きながらのそのそと身を起こす。



「腹減ったなぁ……」



 寝る前にあれだけ食べたはずなのに腹は正直だ。

 なんか食いモン貰いに行くかぁ……。


 夜も士官向けに空いている食堂代わりの大天幕にお邪魔する。

 怠い身体を引きずる様にダラダラと。

 はっきり言ってみっともないが、叱るロリーナもシスティもいないし、からかうケストもドルデドムもみな熟睡中だ。


 粗末なズボンとシャツ、頭には左目を隠す包帯を巻きつけた俺を見て、親方に夜番を任されたであろう見習いコックはギョッと目開いて、更に俺の正体に気づき慌てて敬礼をする。


 跪きかねないぐらい目を輝かせて、軽食を手渡す手が興奮なのかプルプル震えてる。

 勇者とは言えここまで敬意を払われたのは初めてだ。

 魔王さまと斬り合いやって、噂話になってるんだろうか?


 正直ちやほやされんのも、それはそれで嬉しいがね。

 実際、他の奴らいなかったら勝てなかったからなぁ。……調子に乗るのは止めとこ、システィに叱られるのも御免だ。


 眠い目を細め笑顔で敬礼を返す。

 スープと固いパンを受け取り、空いてる席は無いかと周りを見渡す。

 真夜中とはいえ現在も追撃は行われており、帰ったばかりであろう部隊長などが、飢えた胃にかき込んでいる。

 オーガの如く貪るその姿を横目に俺は手近な席で、のそのそと咀嚼し始める。



「で……。その『財宝』とやらはあったのですか?」



 後ろの席で中年と若い騎士が酒を飲みながら食っちゃべっている。

 所々鎧が汚れているから帰還したばかりなのだろう。

 若い騎士は興奮気味に、中年の騎士はのんびりと口を開いていた。



「いや、各部隊が追撃ついでに探してはいるのだが未だに見つからんようだ。

アブトスという大国とて一時は国土の半分近くを侵略された。

しかしやっと国土、国を取り返してみれば人種、食料だけでなく、宝物庫の財宝まで収奪されている」


「魔物もカネを使うんですかねぇ?」


「いや、魔物に経済を理解する様な頭は無いはずだ」



 ……いやあの魔王さま、間違いなく俺より頭良さそうだったぞ。

 思わず心の中で突っ込む。


 つーかお前ら、『魔族』を『魔物』と見下して呼ぶのいいかげんやめろよなぁ。

 お前らが冒険者ギルドに『魔物』討伐の依頼出して、魔物用の装備で向かったら高位の『魔族』がいて返り討ちに会う冒険者少なく無いんだぞ……。


 無論、俺は声に出さずパンを齧る。



「じゃ、焼けたんじゃないですか?城は今も炎上中ですし」


「だがなぁ。奴らが占領した人種のみならず、他の種族からまで奪った財宝だぞ。一つの城の宝物庫に入りきる量じゃ無いだろう。

そんな大量の金銀が積み上げられていたら、あれば気づくだろう?」



 腕を組み考える二人。



「しかし、魔物達が世界の半分から集めた財宝ですか。

いくらになるんですかねぇ~」


「小国なら国が数国買える金額だという噂だ」



 確かにそんな大量の金貨が城のどっかに積み上げられてたら、進入した時気付いたはずだな……。



「しかも、宝石ならばともかく。金貨、銀貨、銅貨は焼けても変色するか溶けるかだろう?

それさえないと言うのだから、やはり見つかって無いのだろうさ」


「まぁ、焦げて黒ずんでもカネはカネですからねぇ」


「しかし……貨幣が無くてはなぁ。

金山、銀山なども魔物に荒らされ奥に住み着いた奴もいるらしいし、増産も直ぐにはできんだろう。

我々の給金をすべてパンで支払われてみろ。大量のパンを抱えて荷車で帰郷するのか?腐ったら給金がカビと共に崩れ落ちるんだぞ」


「悪夢ですね~、しかし追撃中の各部隊が探して見つからないとは。では……既に誰かが移動させた?」


「ありえるな。国を二、三個買える様な財宝だから……ネコババすれば末代まで遊んで暮らせるし、報告するにしても一握り分ぐらい金貨を懐に入れてもばれんだろう」


「隊長、悪い顔してますよ」


「おっと……、しかし現実的でないな。そんなもの運んだら間違いなく他者の目につく。最悪泥沼の奪い合いの可能性もある。

そんな噂話も無いし、やはり無いんだろうなぁ。

ま、下っ端の俺たちが見ることは一生叶わない金さ。

だが金貨で泳ぐ夢ぐらい見ても良いだろうよ」


「ネコババはともかく、見つけたら……褒賞は凄いんでしょうねぇ」


「そりぁお前、当然だろう。

魔王を打倒した勇者に匹敵する手柄だ。

平民でも貴族の末席には出世できるだろうな。

お前も独身だったよな?嫁さんもだぞ。

見つけた褒賞金も額次第だがこの戦争だ。

戦費で領地経営の苦しい貴族達から、綺麗な嫁さんの見合い話が向こうから舞い込んでくるさ」



『だからみんな血眼さ』、そう隊長は付け加えた。



「でも見つかんないんですねぇ……。まさか魔物が北の地まで運んだとか?」


「それこそ一大事だな。魔王がいなくなり、魔物達が組織的に動かなくなったとは言えあの数だぞ?

 折角戦争の終わりが見えたのに、魔物の本拠地に踏み込んで財宝取り返して来いなんて言われてもな……。追加の戦費も難しいだろう。

見つかればいいが、見つからなければ経営破綻する貴族も出てくるだろうな。

と言うか、資金を得るために資金を出せなんて矛盾してるだろ。

我々騎士団も、冒険者達も、戦好きの傭兵さえも最早限界だ。

人種は減りすぎた、特に戦に出た若い男達がな。

国力回復させ、各国の建て直しをせねばならんのに、いたずらに北への進行なんてやって被害を増やすなんて、愚かなことアブトス王はなさらぬさ」



 魔王が集めた財宝か。

 あの魔王さま、そんなに強欲そうじゃなかったけどなぁ。

 


「魔物から逃げてきた難民もようやく減るだろうし、これで……」



 後ろに座る騎士達の噂話を一区切りし俺は天幕を出た。





 夜風を感じながら膨れた腹を撫でながら夜空を見上げる。

 5月とは言え夜はまだ肌寒い。

 しかしそんな寒さを感じる前に眼前の真紅の月は俺を、生命を魅了する。



「これで終わりなんだなぁ」



 赤い月が空に浮かび夜の闇夜を照らし、辛うじて世界が真の暗闇になるのを防いでくれている。


 イシス教によると月が闇夜を照らすのは、『神が休む夜に各種の生命が夜に活動する魔物に襲われるのを防ぐ慈悲のためにお造りになった』らしい。


 システィがしたり顔で、ありがたいイシス教の教えを聞かせるから頭に入っちまった。

 ま、確かに月明かりが有るのと無いのとじゃ、魔物相手の勝率は全然違うしな。


『なぁ、お月様よ。村のみんなは元気かい?遥か天空にいるあんたには見えてるんだろ?』


 ボソリと呟くが月は答えてくれない。……自分で確かめろってか。

 当然だな。悪かったな変なこと聞いて。



「ああ、親父の作った小麦パンが食いてぇなぁ」



 『魔王を倒す!』なんて意気込んで村を飛び出して数年。

 気づけば本当に叶ってしまった。

 村を飛び出したガキには想像出来ないぐらい、険しい道のりだったがな。


 寒くなり鼻を啜りながら、ぶらぶらと。

 行く当てもなく、お月様みながら鼻歌まじりに徘徊してたらおっさんに捕まった。


 見た目は40代手前だろうか。

 ホリの深い渋味のある顔立ちに戦場で焼けたであろう日焼けした肌。

 くすんだブラウンの髪が乱暴に纏められ、青い瞳は温和そうに、しかし油断なく辺りに気を配っていた。

 無精髭を伸ばし、騎士らしい小綺麗な甲冑に身を包み、腰に吊るした剣は細かな装飾がなされ年代物だ。



「勇者ルトーシェ。

アブトス王より伝令が届いている。

明日の早朝、仲間と共にアブトス王都へ帰還せよとの事だ」


「随分と急だな。残りの魔物がもうひと段落したらと思ってたがなぁ。……っと、了解しました。ルトーシェは明日アブトス王都へ帰還します」



 気づくと頷いたおっさんは、俺の顔に巻かれた包帯を凝視していた。……男に見つめられても嬉しくは無いんだがなぁ。



「左目は……残念だったな」


「気になるかい?でも別にいいさね。

この戦争で命拾っただけでも上出来だし、俺以外に五体失った奴も山盛りだ」



 んで、これからやる事は山積みだ。

 だけどそこに勇者の役割は無いはずだ。

 いや、あってはならない。

 平和な時代に剣は必要であってはならない。



「それに昔、言ったろ?魔族残党相手に、しばらく冒険者としてやるけどさ。

そこで勇者としてのルトーシェは今日で店じまい。

只の百姓、ルトーシェとして畑を耕す。それなら片目でも困らないさ」


「確かに畑を耕し、数多の麦を生み出すその手は偉大であろう。

だがなルトーシェ。お前の手は敵を滅ぼす事もできる手だ。

無理に合わぬ手になる事もなかろう?

未だに平穏の足音は遠い、宮中の雀達も蠢きだす……俺には味方が必要なのだ」



 ま、その言葉だけ頂いときます。

 単なる冒険者だった田舎者に、あんたは名誉をくれた。

 その名誉は俺にとって大き過ぎるモンだったけど……。



「望みは村一つだったな?本当にそれだけで良いのか?」


「ああ。トリフェ領近くの王家直轄地に俺の育った村があってさ。

ちっちゃな村だから代官も居ないし秋に徴税官がようやく顔見せに来るぐらいの村なんだ」



 お駄賃ねだる子供みたいでかなり恥ずかしい。



「まぁ、勇者の功績で村長にでもしてくれれば、嬉しいかな。村長のじいさんも歳のはずだし村側の問題はないはずだ。

だから……口添えしてくれると嬉しい」


「……ウチに来ればもっとでかい領地をやれるんだがな」



 勇者なんて呼ばれたが、結局俺は一人の冒険者で一人の剣士だ。

 持ってる権力なんで皆無だし率いる部下もいない。

 でかい領地なんて重苦しいだけだ。



「はは……。農家の跡取りには大き過ぎる荷物だぜ。俺みたいな腹芸の出来ない奴には、地位なんて重荷になるだけさ」


「分かった。王にはそう口添えしよう」


「頼むよ。あの王様、おっかねーんだもんよ」


「ははは、確かにな。あの方は血統や権威を意識なさる方だからな。だが功に対しては素直に報いて下さる方だ。

願いはお聞き入れ下さるだろう」



 ……こいつにも本当に世話になった。

 パトロンとして。

 軍団の長として。

 友として。

 陰に日向に。


 自然とおっさんに向かい膝をつき、頭を垂れる。

 俺は騎士じゃない、膝をつく必要はない。

 だがね。……尊敬する相手に感謝するその心は、冒険者で有ろうとも持ち続けている。


 そう、眼前の彼こそ。


 人種最大国アブトスにて王に続く力を持つ、五大貴族の五人の一人。

 その一翼を担うトリフェ領領主にして、俺を『勇者』に指名した張本人。

 ガルティール・トリフェ、その人だ。



「トリフェ卿、改めて感謝を。

あなた様が勇者に認めてくださり、勇者の称号を下さりました。

『勇者』

只の称号とあなた様は仰いましだが、そのおかげで私は最高の仲間達に出会い、愛すべき郷里を守る事が叶いました。

我が身は剣を置き、最早力無き身なれども。このご恩は末代まで忘れず、我が子々孫々にいたるまでトリフェ領の一助になる事を此処に」



 アブトスの大貴族の一柱。

 この国でアブトス王の次に精強な騎馬隊を率いこの戦争で最も魔族と魔物を狩った部隊の指揮官。

 肩書きに相応しい威厳のある声が返って来た。



「うむ。

勇者ルトーシェよ。

長き大役大儀であった。

まして魔王を討伐せし功績、何者も認める偉業である。

しかし、汝らや子々孫々の忠義はいらん。

汝らの生は汝らのものである。

まして、父になろうとする者が子に入らぬ重荷を背負わせて如何する?

故にルトーシェよ。最後に伝える。


『なすがまま、自由に生きよ』


それが汝には一番に似合っている。

重ねて言う。大儀であった……」


「そのお言葉、死すべきその時まで我が譽れとして深く胸に刻みます」



 ゆっくりと立ち上がる俺。

 やや俺より背の高いガルティールと目を合わせ……どちらともなく大笑いした。



『なんだよ?騎馬隊の先頭で怒鳴るだけじゃねーのか?ちゃんと、お貴族様できるじゃねーか』


『お前こそ王宮で姫さま怒らせた頃に比べて大分様になったじゃないか?』



 歳は一回り以上離れているし、地位も、権力も何もかも違うが、大口開けてからかい合う。

パーティーの奴らが『仲間』ならこいつはきっと『友』なのだろう。

 ……こっぱずかしくて声には出せないがな!



「さて、堅苦しい話は終わりだ。ルトーシェよ。

我が勇者でなくなったとは言え、『友人』としては話しても良いだろうよ。

当然ながら、ロリーナとの式には呼んでくれるのだろうな?」



 ……んで俺の思考を見たようにアッサリこいつはさ。

 大貴族の癖にサッパリし過ぎだろ。

 チクショウ、分かったよ!呼んでやるさ、友達だしな!


 先程の大天幕に戻り安酒を浴びるほど飲み始める男二人。

 美女の酌も無く、美声の吟遊詩人の唄もない。

 だが、友との酒はそれ以上の美酒となる。


 ああ、美味いなぁ……。

 てな感じにしみじみしてたらついつい飲み過ぎた。


 二日酔いでゲロまみれの男二人を、起きてきたロリーナ達が発見し呆れ顔で薬をくれる。

 そんなロリーナが可愛くて朝っぱらから抱きしめた。

 アブトス首都行きの転移陣に乗ろうとして……もう一度戦場を、振り返る。



「これで終わりなんだなぁ」



 ロリーナが笑みを浮かべ膨らみ始めた腹を撫でる。



「ルトーシェ何言ってるの、これは始まりでしょ?私達の新しい生活のさ」



 ああ、その通りだ。

 ロリーナとは直ぐに結婚式だ。

 親父に麦の育て方を習い直してロリーナに手伝ってもらって。

 ああ、俺とロリーナ手の空いてる時に村のガキどもに文字を教えてやらねーと。


 システィは故郷の教会に帰っちまうんだよな、ウチの村に教会建てたら来てくれないかな……。

 ケストも故郷の盗賊ギルドから無理に付いて来てもらったからな。肩身狭い思いさせるぐらいならいっそ、本当に引退しないかな?

 老後は酒場開きたいとか言ってたし……ああ、だけどウチ見たいな小さな村じゃ赤字だなぁ。

 ドルデドムは……一番無理だな。

 ドワーフ国の王弟だし、故郷に嫁さん一杯待たしてるしなぁ。ま、酒さえ置いとけば、匂いに惹かれて勝手に来るだろ。


 ロリーナ、システィ、ケスト、ドルデドム。

 そしてトリフェ卿、その護衛数人と共に転移陣へ乗る。


 空には月は既になく、眩い朝日が大地を照らす。まるで人種の、世界の未来を祝福するように。



「始まりだな」



応える俺の声に反応するように……勇者一党はアブトス王都へ帰還した。













 ~???~


 リリル。

 汝はまだ我に滅ぶなと言うのか。


 ……そうか。

 お前がそう望むのならば。


 焼け落ちる自らの肉体の胸に手を突き刺し心の臓を取り出した。


 赤く脈打つ心の臓が、やがて鼓動停める。

 だが……。


 光った。

 心の臓がパリパリと。

 皮を剥がすかの様に、パイ生地を剥くように表れたのは拳小ほどの真紅の宝石だった。


 リリルよ。

 我が魔力で汝の傷を癒やそう。


 我が身体を見つけよ。それまでは……しば……し……ねむ……りに。





フラグはちゃんとたっているかな

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