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勇者と魔王は月光の下で踊り狂う  作者: みのまむし
序章 勇者と魔王と紅月と
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其之五 魔術と・・・・・

 ロリーナの周囲に三十センチ程の小型の杖が十本前後浮遊し、彼女を取り巻く様にクルクルと……交互に円を描く様に回転している。


「『虹の光麟』」


 力強い言葉が『一言』。

 同時に杖の一本が魔王を向き魔術と言う暴力を叩きつける。


 辺りを虹色の光が目を潰さんばかりに彩り形を変える。光が粒になり、固まったかと思うと、無数の輝く魚の群れとなったかと見えた次には、まるで一匹の巨大なふかの如く空中を泳ぎながら魔王に向かい突進する。

 片や魔王が目を剥き、片や俺は床を転がり緊急回避。


「『無詠唱』か……面白い!……『刺され』」


 だったその一言で目前に迫った自分を飲み込まんばかりだったふかの鋸のような歯を剥き出しにした顎が……止まった。

 室内の上空の空間が歪み蜃気楼の如くボヤけた。

 すぐ目の前のにある空間なのに、見ている筈なのに。

 魔力のせいか……。室内の空間自体が歪んでいた。

 その歪みの一角から一本の丸太の様な太い銛が、一直線にふかの胴体を貫いて地面に縫いつけ固定しいてる。


「まだまだ……!『死出の導き』!」


 ふかが一瞬痙攣すると元の小魚に戻ったかと思うと皮がそぎ落ち肉が溶け眼窩が窪み、禍々しい魚のスケルトンと評すべき小魚が形を変え一つの『巨大な右手』を創り出した。

 『骨の右手』をは銛をすり抜け、そのまま魔王を握り潰そうと……。


「まがい物の召還物が形作っただけで我に迫れるかな?『吹き荒れろ』!」


 たった一言。

 吹き荒れる暴風に右手は粉砕され細かな破片となり室内のチリとなり消えた。


「面白いな。

魔術を杖に封じ魔術師の意思で一瞬で発動する……か」


 魔王はさも当然の様に初めて見る魔術を見抜いた。少なくとも俺では……そこらの一般魔術師は初見で見抜くは不可能と思わせるロリーナの魔術を。

 ロリーナは魔術の天才に足を突っ込んでいる魔術師だ。

 そのロリーナでさえ無詠唱は使用できない。


 そんな彼女が魔術に優れた魔族相手に考え抜き出した結論が『前もって呪文を唱えておく』だった。


 ロリーナは最大十の魔術を『杖』に保管する事ができる。

 ロリーナの周りを漂う意思を持った様に動き回り、輝く杖にはロリーナがあらかじめ唱え、保管した魔術があたかも無詠唱の如く一瞬で発動する。


 だが、真に凄いのはそこではない。

 ロリーナが真に凄いのは……。


「下手したら杖が暴発……良くてもそれらの杖はもう使えないのではないか?人種は武具に愛着を持つと聞いたがな?

魔術を語る者が杖を乱暴に扱うとはな」


「……媒介の杖なしでも私と同等の魔術を連発する癖によく言うよ。

私には無詠唱の才能なんてないし、魔術に特化した魔族と戦うには頭を捻って漸く互角なんだし。

魔術戦に勝つための杖だよ?

装備を惜しんで命を危険に晒す冒険者なんて下の下なんだよ?分かる、魔王さま?」


 魔王は何かを言おうとしたが、返答を待つまでも無くロリーナの杖が閃った。


 それから……室内に幻想が溢れた。

 ロリーナの杖の一本が光り力を失う度に、無数の刃が魔王を襲い、数多の樹々が魔王に絡みつき、紫電が四方から打ち付ける。


 その全てを魔王は当然の様に打ち消していく。


 無数の刃は錆びて溶け落ちた。

 数多の樹々は微塵に砕かれ。

 走る紫電は非ぬ方向に捻じ曲げられる。


 残る杖は三本……。

 しかし彼女は手を緩めない。

 当たり前だ、彼女はパーティーの中で一番に勝ちにこだわる。


「影虫ども、ご馳走だよ……。『影の舞踏』」


 杖が光り……彼女の、ロリーナの声のトーンが一段下がる。

 この声を聞くたびに、俺はもう浮気出来ないと悟らせる冷たい声。

 股ぐらが縮み上がりそうになるが幸い、その冷たい突き刺す声を向けられているのは俺じゃ無い。


 聞くと同時に彼女が勝負に出た事を理解する。

 ロリーナの影が意思を持ったように蠢きだした。

 篝火しか光源の無い室内で影があり得ない角度で伸び……増える。


 篝火の炎に揺らめく影を良く目を凝らせば、影の中に無数の地虫達が蠢き影を形作っていた。

 彼女と魔王のとの間にある床石は、貪欲な地虫に喰われ醜く形を変えながら魔王に迫る。


「『異界の虫』か。

書物で読んだ事があるが我も見るのは初めてだ。

しかし、虫は焼かれれば死ぬ。……『鬼火』よ、在れ」


 先に見た青い炎が複数現れロリーナの意思のある影を焼き尽くす。

 だが……。

 ロリーナの目が決意に満ちた声を張り上げる。


「やっぱりね。『水弾連』!!!」


 魔王の炎とロリーナの水が空気中でぶつかり合う。

 刹那、室内が白く染まった。

 魔王の炎にロリーナの作り出した大量の水が激突した。


 自然、室内に満たされる蒸気……。


 ロリーナが真に凄いのは、戦いに必要であろう魔術をあらかじめ予想して、唱えてある事だ。

 それは前もって戦いの手順を組み立て、何を使うか前もって予測しておくという事だ。


 未知の敵、まして格上の魔術を操る相手にそれは如何程に難しい事か。

 相手の思考を読み、押されながらもなんとか均衡に持ち込み耐える。


 その短い事実を今、実現させる為に。

 彼女がどれだけの血と汗を魔術につぎ込んだか。

 身重の体でどれだけの負担に耐えているのか。


 だからこそ、俺は即座に動いた。

 視界が乳白色に覆われる中で、魔術合戦の最中、『見』に徹していた俺には魔王の位置が……動きが読める。

 白い霧の世界で俺は目標に向かい走る。


 見えた。


 突如霧から現れた魔王を視界に捉え、魔王も俺を目視した。

 反射的に俺に向かい剣を振るう魔王。

 だが、勝機は俺にある。

 不意をつき、奴には隙がある。

 初動は俺の方が早い!


 その時……。


 『痛っ!!』


 動きが止まった。

 眼前の魔王が何かしたのでは無い。

 俺が火傷の痛みで、体が限界に来たのが原因……。

 人種は元来、魔種に比べ圧倒的に脆い。

 この土壇場で俺の体に限界が訪れただけだ。

 

 結果、隙をついて尚、魔王は痛みに喘ぐ俺の遅れに反応した。

 振り上げた剣が俺を縦に両断する為に振り下ろされる。


 ああ……。

 チクショウ。

 俺がドジを踏むなんて……。

 勇者である俺が……こんなミスをするなんてな。


 ははは……。

 そんな……。

 そんな事……。







「……いつもの事だしね!まったく私の旦那様はさぁ!」


 ロリーナの周囲に浮かんだ最後の一本、浮かんだ杖が輝く。

 さすが俺の嫁さん(予定)。

 結婚したら尻に引かれて、浮気やへそくりなんて出来ないんだろうな。

 だけど……。


「当たり前なの!その為に仲間が、その為の私がいるんだから!!これで最後……『氷の時宮』!!」


 力強い言葉と共に、同時に辺りの霧が、水蒸気が、魔王の腕に纏わりつき、瞬時に氷の結晶と化す。

 魔王の剣撃がその腕ごと、文字通り凍りつき……止まる。


「叶わねぇなぁ。ほんと。愛してるぜ、ロリーナ」


 呟くのは俺……。

 視界の端で体内の魔力を絞り尽くし膝を付く彼女を見ながら……。

 それでも魔王は凍りついた氷と化した腕が砕けるのも構わずに振り下ろす。


「遅いぜ」


 全身は火傷と疲労、骨折でボロボロ。

 痛みは全身を巡り、頭痛、吐き気、目眩で気を失う半歩手前。

 いつも通りだ!


 俺の握るドワーフ王の鍛えた愛剣は魔王をその鎧ごと、深々と斜めに切り裂いた。

 パッと鮮血が舞い致命傷だと分かる。

 噴き出た血が生暖かく俺の顔面を染め上げる。


「見事……だ」


 魔王のその手から剣が力なく離れた。


 勝った……よな。


 これで勇者の面目は果たしなよな、トリフェ?

 俺を見下してた大貴族ども、見てるか?お前らの悔しがる顔が目に浮かぶぜ。

 お前らの嘲笑した『農家の跡取りごとき』が魔王に勝ったってなぁ。


 これでやっと戦争が……。

 苦痛に喘ぎ倒れこむ魔王が凍った腕を……砕きながら強引に振り下ろした。


『へ?』


 その間抜けな声が自分のものだと、自身でも気付かなかった。

 砕け散る凍りついた魔王の肉片が舞いながら、剣を手放した無手に残る、魔物の如き鋭い爪が魔王の剛力と共に俺の顔面に迫り……視界が急速にボヤけた。


「……がぁあああ!!!?」


 暗幕を下されたかの様に黒く染まり次いでいまだ痛みが顔からジワりと湧いたかと思うと……いっきに噴きあがった。


 なんだ?なんだ?

 俺は遂に死んだのか?


 視界も意識も痛みも、何もかもが混じり合って俺が何をしているのか……。

 立っているのか、転げ回っているのかわからない。


「ルトーシェ!動かないで!ひ、左目が……。左目が獲られてる!システィ!システィ!ルトーシェが死んじゃう!早く、早く来て!」


「これは……ルトーシェ!私の治癒ではその左目は戻りません。後で幾らでも私を罵りなさい、だけどまずはその痛みを退かなくては……!」


 激痛で、のたうつ俺にシスティは辛そうに告げる。

 やがて痛みが引き始めるが、ゆっくりと両目を見開いたはず……なのだが視界が酷く狭い。

 震える手でそっと顔の左半分を撫でてみるが、鋭い痛みがと共に……左手は有るべきモノに触れる事が出来なかった。


「左目、持って行かれちまったかぁ……」


「ルトーシェ、その……!

私は今のルトーシェもカッコいいと思うよ!

寧ろ威厳が増したって言うか。

だから……」


 背後で足音がする。

 ようやく起きたか、肉壁ども。

 ケストとドルデドムが顔の半分から流血する俺を見て一瞬驚くが直ぐにふてぶてしく笑った。


「ルトーシェ、随分男前になったじゃねーか」


 荷物の中から包帯を取り出しロリーナに放り投げる。

 いそいそと甲斐甲斐しく左目に巻いてくれるロリーナに礼を言いう俺を見ながら、ドルデドムは倒れた魔王をしゃくる。


「ルトーシェ、トドメは刺したかの?」


「いや、まだだ。そもそも起ち上がれねぇっての」


 ケストとドルデドムに肩を借りてノロノロと緩慢に魔王さまの元へ辿り着く。


 魔王さまから流れる血は赤かった。

 魔物によっては青だったり、緑だったりするが、他の魔族と同じ赤だった。


 倒れ見上げる魔王と見下ろす俺。

 奴が敗者で俺が勝者。

 それだけだ。


「なぁ、なんで治癒魔術にこだわったんだ?

お前なら魔術の手数で圧倒出来ただろうに」


 ふと溢れた疑問。

 それを問うくらいの時間はあるだろう。

 いや、そもそもこいつは初めに俺の剣の腕を試してた。実力差を前面に出してごり押しされてたら今頃は……。


「かつて、『水の一滴』が言ったのだ。

 王とは、生き延びねばならぬと。

 民の最後の一人が生命つき、自身が孤独に死すべきその時まで、民を導く責任があると。


 そう考えたら……命を惜しんでしまった。

 そして、楽しんでしまった。


勇者、貴様の剣は今まで戦ったどの人種より魅力的であった。

魔物の早さも、魔族の剛力でもない、何より人種才能だけではない、修練の上に積み上げた意志と強さがあった。

武の才は無いと臣達に言われていたが、貴様を剣によって倒す事を夢見てしまった。

難儀なものだな、王とは……。

自由に闘う事を許されんとは」


「なんだよ、手加減してたとでも言うつもりか?」


「いや、全力だったとも……あるのは只、強い生き物と弱い生き物があるのみ。汝らが強く我が弱かった、それ以上でも以下でもないだろう」


 まるで他人事の様に。


 自身の流れ出す血だまりを見ながら、魔王は笑った。

 笑う事に慣れていないであろう、不器用な笑みだった。

 こいつも普段、笑顔を投げかける相手がいたのだろうか……。


「だが……。この首はやれんな。

『鬼火よ。岩をも燃やす異界の炎』」


 現れた炎を見て、ロリーナ達が俺と魔王の間に入り壁を作るが炎は魔王自身を紅蓮に染め上げた。


「去れ、勇者よ。行くがいい、強き者達よ……我は此処で朽ちるとしよう」


 ああ、そうか。

 お言葉に甘えてそうさせてもらうぜ。

 だが……。


「悪ぃな。もう限界……」


 足から力が抜け、意識が遠のく。

 同時にロリーナの悲鳴が聞こえた。


『逃げますよ!

ケスト、貴方はさっさとルトーシェを背負いなさい!

ドルデドムはルトーシェの装備を持って!

ロリーナ!ルトーシェは大丈夫ですからしゃんとなさいな!なんで貴方はルトーシェの事になると途端にパニクるの?!

さぁ、丸焦げになりたくなかったら走りなさい!私の治癒魔術はもう品切れですよ!』


 システィに尻を蹴飛ばされ走り出す男ども。

 

 既に魔王の炎は辺りに引火し、火の手はいよいよ城全体を包もうと勢いを増す。

 魔性の炎は魔王の言葉通りに壁の大理石やしっくい、レンガにまで着火している。

 薄れる意識の中で魔王のいた玉座の間からみんなが、飛び出して行く。


『ケスト?何を立止っとる?ルトーシェが重いなら変わるぞ!』


 最後尾のケストが突如足を止めた。

 苛立たしげにドルデドムが怒鳴るが、ケストは気持ち悪そうに、納得のいかない様に辺りを見る。


『いや……。すまねぇ!ドルデドム、大丈夫だ!』


 振り切る様に、ドルデドムの背に向かい走り出す。


『あの魔王の前に戦った、あの小さな魔族の死体が……見当たらねぇ。なんでだ?』


 おれを背負うケストがそんな言葉を呟いた気がしたが、俺の意識はそこで途切れた。



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