其之四 剣と・・・・・・
壁際まで吹っ飛ばされた俺が見たのは全身の痛みと対価に、俺が斬り落とした奴の左手を眺める姿だった。
全ての攻撃を魔力防壁で防いでいた奴にようやく傷を、まして五体の一部を奪ったのだ。
俺にしては上出来だ。
俺がぶち当たった石造りの壁には余程いい衝撃が走ったのだろう。
身を起こすと音を立てて崩れ始める。
同等の衝撃を背中に受けたはずだが痛みはあるが俺の身体はまだ動く……。
下手したら背骨がへし折れていたかも知れないな、とか考えて少しだけ笑えた。
命がある事を喜ぶべき時に、体の一部分の心配なんかしてる場合じゃないのになぁ。
体制を整え愛剣を構え直す俺の全身を、すぐさま温かい治癒の光が包む。
流石、システィ。
イシス神の神官魔術『神の癒手』。
システィの得意魔術だ。
旅に出て知り合ったばかりのシスティは言った。
『イシス神を信じられませ。神は死者の国へ旅立った者は呼び戻しませんがそれ以前の段階ならだ現世で生きる事を許可して下さいます。故にルトーシェ、あなたは致命傷を負わなければそれでいい。すべての怪我は私に任せて下さいまし』
旅に出て知り合ったばかりのシスティはそう言って、以後の戦闘で重症を負ったすべての傷を癒してきた。
どのパーティーにも回復役は必須だ。
名声や知名度、報酬を求め有名パーティーやイシス教会に収まる神官は多い。
経験を積むにつれ、オレ達が注目されるにつれ彼女にも、引き抜きやイシス教での昇格によるイシスには無知な俺たちですら知っている尊厳ある教会への召還もあった。
だけど、システィは俺が只の駆け出し冒険者のころから今に至るまで、俺を、みんなを癒し続けて来てくれた。
言葉通りに俺達を癒して来てくれた。
報奨金でそれなりの金も手に入れたのに、昔と変わらない神官服にボロボロのローブ、大衆向けに収納の魔術がかかっただけの安物だ。
『私には、このローブが値千金にも勝る大切なものなのです。代わりの装備など必要ありませんから』
ロリーナが『装備新しくしたら?』、と水を向ける度に愛おしそうにローブを抱きしめ、やんわりと断って来た。
自身の装備は最低限、嗜好品はそっちのけで、手に入れた報酬を片っ端から、故郷の修道院だか教会だかに仕送りし続けている。
……そんな彼女が背後に彼女がいる限り、俺は振り返る必要を感じない。
「ふむ……、久々の痛みだ。人種に我の創る障壁を抜かれるとな」
その視線は切り落とした俺でも、床に落ちた左手でもなく、この紅色の瞳を爛々と輝かせロリーナに笑みを向けた。
「人種で我が障壁を破るほどの武器への魔力付与。なるほど、『勇者』一党を語るには相応しいという事か」
「……んじゃ、魔王さまよ。出し惜しみは無しにしようぜ?あんたが変身するのか、合体するのか、分裂するのか、巨大化するのかは知らんがお互いにダラダラつまらん戦闘するのも嫌だろ?」
ようやく呼吸が整ってきた。
ならば俺の役目は魔王の注意を俺に向ける事。
「自身一人で生きる事も出来ぬ、神とやらに依存しなければ生きられぬ弱者だと思ってたが」
「神はいますとも!でなければなぜ私達神官は愛する隣人の傷を癒せるのですか!今この場で我々は神に見られています!試されています!神は仰っているのです、人種の領域を乱す悪しき魔王を打てと!その身を切り刻み一片の肉片も残さず焼き尽くせと!」
おいおい……駄目だろシスティ。
もしかして『スイッチ』が入ったか!?
普段は優しいお姉さんなのだが、俺とケストのセクハラ意外に信仰の事になると人格が変わる。
「神、神と言うがお主は神の声を聞けるのか?信奉するイシス神とやらはお主に何をしてくれる?」
「神の声は私如き些末な存在には拝聴する事は叶いません。しかし教会の聖女様、大司教様方はその声を聞き、我等にその教えを聞かせて下さいます!」
「ははは!人種は面白いな、ただただあるべき事象に神の名を用いなければ説明すら出来ぬとは。物事には原因と原理がありすべてはその結果である。すべては幾万、幾億の命あるもの達が己の意思のままに行動した結果であり、そこに『神』も『運命』もありはしない。ましてすべては神のなすがままか?お前達が呼ぶ『神の癒手』は神のなせる奇跡の御業だと?」
床に落ちておる左手を無造作に掴み傷口に押し当てる動作。
一連のその動作は俺達には十分に、いやすべての冒険者と神官達にはこれ以上ないくらいの日常の風景。
同時に俺達全員の目が見開かれた。
いや一際開いたのはシスティだ、その瞳が零れんばかりに。
傷口が淡い光を発し、驚く俺達が瞬きを繰り返す度に出血が収まり続け……止まった。
それは冒険者が見慣れている『癒しの奇跡』、いや恐らくそれ以上の……。
「馬鹿な……。イシス神は魔族など……魔物などに加護を与えない!決して慈悲などもたらさない!紅玉の魔王、あなたは如何なる邪神の恩恵を受けているのです?!これまでの旅で魔族に加護を授ける邪神などいなかった!回復薬を使う魔族はいても回復魔術を使う魔族など見なかった!」
皆の視線を集めるその手を、グーパーグーパーを繰り返し握りを確かめ嘲笑った。
「神も悪魔も無い。
汝ら神官が傷を癒すのは神の慈悲ではない。
あくまで魔力の流れで説明してできる事だ」
そう上から目線で告げながら……。
「言ったであろう?すべてに原理通りに動いているに過ぎない。貴様らが『イシス神』などと呼んでいる存在は居はしない。ただただ周囲の魔素を取り込み魔力に還元し治癒対象の肉体に活力を与え自己治癒能力を爆発的に高めているに過ぎない。
まぁ、五体を欠損した場合の失った組織再生の原理など、すべてを『神』の一言で思考停止しているお前らには永遠に分からぬであろうがな」
痛みはあるのだろう。
僅かに声がうわずっているがそれでも、余裕を感じさせる、聞くものによっては馬鹿にされてるみたいですげームカつく。
「魔力と魔素原理さえ解明すればこんな魔術も構築できる」
床に溢れる、俺が先程切り落とした左手の血溜まりが意思を持ったかの様に蠢動し、変形し、球形の塊になり変色を始めた。
嫌な音がして、奴の眼前に血が浮かび上がった。
……赤く、更に紅く。
奴の二つ名のそのままに。
その塊は意思があるかの様に今度はその手の杖に纏わりつき始め再び変色し始める。
『我が剣は在らず
血こそ我が剣なり
我が民よ
我が血を讃える民よ
我が血脈よ
零れる事許されず
故に我が滅ぶは我が民の最後の一人と共に』
魔王の呪文に反応するかの様に。
この言葉が紡がれる度に変形し、硬く、鋭く、光沢を帯びて……。
赤褐色になり、黒く染まる。
幾年も忘れ去られた血染め様に。
俺を含め前衛の傷は癒え始め、その回復具合から時間にして十数秒だったと思う。
その僅かの間に。
「ふむ。初めて唱える魔術だが成功したようだな。さぁ、勇者よ。我の傷は癒え武器も揃えた。汝らの傷は癒えたか?」
さも当然の様に、魔王の切り落としたはずの左手は当然の様に手にした武器を構えた。
赤みがかった『長剣』を。
そう、杖ではない。
杖に纏わりついた血溜まりは僅かの間にその杖を剣に変えていた。
杖に血がまとわりつき形を変え、赤い刃と化した。
反応したのはロリーナだ。
俺も初めてみた魔術だが、彼女は今の魔術に何かを感じたのだろう。
魔術に関してはうちで一番の彼女は普段の無表情を崩し目を光らせた。
「初めてって……まさか!?この一瞬で魔術を『創った』の?
初めて唱える呪文で魔術を成功させたっていうの?!」
「ふむ、意外かな?『我が防壁を破りし才を持つ娘』よ。魔術とは世界への自己による干渉。あと数度修練を積めば呪文が無くても無詠唱で発動させることも可能であろう」
……まじかい。
無詠唱なんて、ほんとの一握りの魔術師しかお目にかかった事がない。
冒険者の中でトップクラスのロリーナだって生涯の研究課題として日々眉間にシワをよせているってのに。
「……ちょっと自信なくしちゃうよ、私も魔術分野では誰にも負けない自信あったんだけどなぁ」
ロリーナの発言は色恋のえこひいき抜きで頷ける。
冒険者生活の中で彼女ほど、魔術に真摯に、そして才溢れる人種を見た事がない。
そんな彼女が少し落ち込んでいる。
慰める為に今すぐ駆けつけて抱き締めつつ、妊娠のおかげで膨らみだしてなお、小ぶりの胸に顔を埋めてイチャつきたいのだが、そうもいかない。
「ロリーナ!気にするな!お前の魔術は俺が見てきた中で一等賞だ!
ついでにシスティ!神様云々は知らないがお前の治癒魔術には感謝してる!あんまり考えると血圧上がるぞ!最近怒ってばかりだしな!」
「そんなぁ〜、改めて言われると照れるなぁ」
頬を赤らめてモジモジし始めるロリーナ。
「ついでにってなんですか!?ついでって!!」
頬を赤らめて怒り始めるシスティ。
うん、いつも通り。
二人には思い悩む表情も似合わない。
その顔に不安も絶望も憎しみも似合わない。
二人が、あと一応ケストとドルデドムも入れとくか……みんなが笑顔になれるなら。
俺は幾らでも道化になろう。
システィに後で説教されるぐらい幾らでも耐えてやる。
魔王と、ガチンコで戦うくらいお茶の子だぜ。
「貴様らは気持ちの良い者たちだな。
剣に憎しみが無い。
怒りが無い。
迷いが無い。
有るのは、敵に勝ちたいと言う意思だけ」
「ああ?
何、当然の事言ってやがる?
誰かが傷つき怒る度に、誰かが揺れ心が折れそうになる度に誰かが支える。
それが、パーティーってもんだ。
それが、仲間ってもんだ」
んで。
俺にできるのは挑む事しかできねぇからな。
後はみんなを笑わしてやる事だけさね。
……こっぱずかしくて声には出せんが。
「でもまぁ、そうだよな。
ごもっともだと思うぜ、魔王さまよ。
だけどよ、俺にも背負ってるもんがあるのさ」
「聞こう」
「ここに来るまでに託されたのさ。
お前のをぶっ飛ばす権利ってやつを」
トリフェ領の騎士団、冒険者の馬鹿ども、気の置けない傭兵達。
争いの時代に終焉を願って剣を取る。
中には金の為や本当に戦場こそわが故郷、とか言ってやがる馬鹿もいるがな。
櫛の歯が欠ける様に顔ぶれが変わって来た。
俺が負けりゃあ更に人種が魔王を倒すまでにまた多くの血が流れる。
「その首貰うぜ、魔王さまよ!」
ゆらりと魔王さまが赤い長剣を構え、一歩を踏み出した。
さっきまではオレ達の攻撃を受けつつ隙を見てカウンターで杖の一撃を見舞って来たが……。
何で来る。
未だ使わぬ魔術か?
先程の回復魔術頼りでごり押しの格闘戦か。
相手の五体、髪の毛先から手足の末端までの動きを見逃すまいと魔王を注視し、万全の警戒をしいて。
『強化』……。
魔王さまがそう呟いた気がした。
刹那、その姿が掻き消えた……様に見えた。
ゆらりと。
俺の右側から風を感じた。
ジャリと。
俺の右側がら床の砂を踏む音を聞いた。
ヤバい、ヤバい!ヤバい!!
なんだか知らんが死が目前に迫ってる!
冒険者の勘?勇者の実力?
とんでもない!
只の一人の人種として脳内で警報が鳴り響く。
目玉をギョロリと視線を右に。
真紅の巨体が操る剣が今まさに俺の首目掛けて突き出されようてしていた。
「うおおおお……⁈」
考える前に体が動く。
薙ぎはらう様に無意識に払った剣が運よく魔王さまの剣の突き出した剣に当たり火花を散らす。
……が、無理な体勢からの斬撃に俺は体勢を無様に崩し二手目が遅れる。
そんな隙を見逃す優しい相手なワケはない。
追撃の魔王が振り下ろす俺の脳天目掛けて容赦にない一撃。
下がっても間に合わない。
構えても打ち下ろしの一撃には防げずそのまま頭を割られるだろう。
ならば……。
剣を捨てて踏み込む。
魔王が目を剥くが斬撃は止まらない。
直ぐに肩に衝撃、痛みが走るが更に踏み込む。
踏みこんだおかげで、肩を斬ったのは刃との柄に近い部分だ。
そんな部分で人は斬れねぇよ!
「らああぁ!!!」
掛け声一つ、気合いを乗せて!
両手は剣を握ったままの魔王さまの無防備な顎目掛けて、拳を振り上げ撃ち抜く。
堪らずたたらを踏む魔王さまを視界の端に、低空で背後に転がりながら愛剣をキャッチする。
転がってる最中の頭を剣筋と共に俺の髪を掠めるが、それどころじゃねぇ!
「肉体強化したぞ!! 早い! 目にリキ入れろ!
ケストとドルデドムは後衛二人を守りつつ援護たのむ!」
要点だけそ簡潔に。
ロリーナ、システィまで接近されたら、そこで詰む。
彼女達とて一流の冒険者だが、相手が悪すぎる。
メンバーで一番身体能力が高い俺が、あやうく真っ二つになる所だった。
後衛二人に接近された時点で、最早防ぎようがない。
そして二人が亡き者となった場合、後衛のサポートが無い前衛の未来は言うまでも無い。
持久戦ですり潰されておしまいだ。
俺の発言を嘲笑うかの様に再度魔王が呪文を紡ぐ。
ただ一言。
たった一言。
「『鬼火』よ、あれ……」
魔王を中心に、ロウソクの灯りの様な小さな青い篝火が十数個一瞬にして灯った。
なんだよ!さっきから!
その、短縮呪文はよ!
世界中の魔術師からクレームが来るぞ!
妨害する為に魔王に近くが、『鬼火』が邪魔で、先程までの様に接近戦に持ち込めない。
近づいてなお分かる。
この灯火一つ一つがそこらの魔術師が青筋浮かべ数分後唱え続けただけの炎より凶悪である事が。
こんなものをそこらの人種に当たれば骨すら焼き落とす威力。
「往け……」
力強い言葉にした灯火が、意思を持ったかの様にロリーナ、システィ、そして二人を守るケスト、ドルデドムに直進する。
させるか!覚悟を決めろルトーシェ!
手近な灯火を一つ、剣で斬り落とす。
斬り落とした灯火がパッと空中に溶けたかと思うぐらいに小さくなる。
『不発か?』
甘い妄想を、そんな訳は無いと直ぐに打ち消す。
斬り落とした部分を中心に青い炎が爆発した。
俺と、近くにいた魔王、そして出遅れた後発の灯火の幾つかを巻き込んで……誘爆し辺り数メートル一帯が青い鬼火の炎に包まれた。
熱い!熱い!!
防御魔術掛かってるのにお構いなしで鎧と中の肉を焦がす。
まさか自分自身の肉が、焼ける匂いを嗅ぐ日が来るとは。
痛みで半泣きだが、しかし……成果はあった。
鬼火は魔王さままで巻き込み、見れば奴も所々、鎧と服が焦げお世辞にも無傷には見えない。
まさか至近距離で自ら魔術を喰らい、魔王と共に自爆する馬鹿勇者にお目に掛ったのは奴とて初めてだろうからな。
背後にはケストとドルデドムが倒れた気配。
俺が落とし損ねた残りの鬼火は、二人が撃ち墜とし肉壁となったのだろう。
いい仕事したぜ。
再び魔王が呪文を紡ぐのが見える、聞こえる。
それを聞いて……。
「は、ははは!!」
俺は笑ってしまった。
「馬鹿が!」
吐き捨てた嘲笑と侮蔑の言葉。
この呪文は……聞き覚えがある。
さきほど奴が唱えていたものだ。
この後に及んでこの魔王は……『治癒魔術』を唱えていた。
この魔王は……優れた魔族達の王なのかも知れないが、優れた戦士ではなかった。
もう一度、攻撃魔術を先程の青い灯火を俺に、そしてケスト、ドルデドムに叩き込めば前衛は再起不能。
勝負はついていたのに。
前衛を失った後衛二人に、強化された魔王の身体能力に立ち向かう術などありはしないのに。
……この魔王はこの後に及んで、この闘争の最中に敵を倒す事より……自分が生き延びる事を優先した。
目の前の死にかけの自爆勇者相手なら治癒魔術を唱える時間があるだろうと。
警戒の必要もないだろうと。
ふざけんな……。
勇者様を舐めんじゃねぇ!!
叫ぼうとしたが全身か火傷で口も満足に動かない。
勇者様か。俺自身がなんの有り難さも感じていない称号だが、詠唱と後衛達へ向かう魔王の注意を俺に向けるには充分だ。
剣筋一線。
まだ俺に剣を振る力があると思っていなかったであろう、目を剥く魔王を尻目にお互い全身が火傷まみれな二人が再び剣を絡ませあう。
互いの剣が火花を散らし斬り合い、鍔迫り合いを始める。
自惚れ半分で、剣の腕は俺の方が上だ。
こいつより剣の道を極めたネジの外れた化物みたいな冒険者、騎士達、魔物と渡り合って来た。
本来なら俺が既にねじ伏せている程度の腕。
しかし……眼前の剣筋は速く、そして重い。
視覚の反応速度、いや五感の全てを使い対応出来るギリギリの攻撃。
オーガや鬼族、アイアンゴレームの如き重い剣撃。
正面から受けたら真っ二つだろうし、
受け流しの角度を間違う度に、俺の腕が悲鳴を挙げる、肉が避け、筋肉がブチブチ千切れ、骨にヒビが入り感覚が無くなる。
痛い!痛い……!!
本当なら今すぐ床を転げ回って泣き叫びたいぐらい痛い。
だがそれでいい!
……今の時点で俺の役割は時間稼ぎだ。
魔王の剣撃を避け、受け流す。
時折、焦れた様に奴が呪文を唱えようと、口を開きかけたら俺が攻めに転じて呪文を唱えるのを妨害する。
剣に宿るロリーナの魔力も残り時間も短くなってきた、薄っすらと帯びた魔力の光りが弱々しくなって来たのが……見える。
まるで今から死にゆく蛍の輝のように。
時間であと三分ぐらいか?
飯屋で酒と飯を注文して、ロリーナと笑いあって、システィの食事前のお祈り聞いて、ケストが飯屋の看板娘を口説き始め、ドルデドムが今ある財布の中身全てで何樽の酒が飲み干せるか、考え始める如き、僅かな時間。
その僅かな、砂時計が落ちる時間で全てが決まる。
生きるのが、俺たちか、眼前の魔王さまか。
しかし、その砂時計の砂粒が溢れるその時間を惜しみなながら、ひたすらに耐える。
……その時が来るまで。
痛みで意識が途切れかけ、涙は抑えきれず、視界が曇り剣を握る手が緩む。
最早目視で確認してから剣を振るっては間に合わない。
只、今までの直感に、従い剣を振るう、振るう、振るう。
……なんでおれ、こんな、頑張ってんだろう。
疲労と共に脳裏に掠める思考。
『もう諦めちまえよ。
逃げようぜ?お前がやらなくても誰かがやるさ。
勇者なんてガラじゃないだろ?ほら剣を捨てろよ』
……黙れ。
歯を噛み締めて一括し、黙らせる。
昔から弱気になった時、迷った時、挫けそうなった時、頭の片隅から、心の内から声が聞こえた。
俺を惑わし誘惑する、俺の内の声……。
そろそろ来ると思ったぜ。
だけどな……!
「お待たせ!ルトーシェ!8セット、決着をつけよう!」
頼もしい、愛しい声が背後から聴こえた。
仲間達がいる限り、俺がお前に惑わされる事はねぇ!!