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勇者と魔王は月光の下で踊り狂う  作者: みのまむし
序章 勇者と魔王と紅月と
3/59

其之ニ 勇者は魔王に問いただす

 俺の手が扉に触れ力を込める。

 重い扉が軋みを上げて開く。

 ゆっくりと、しかし確実に。

 油も久しく差されていないような重い悲鳴をあげてゆっくりと。

 他に聞こえるのは自分の息遣いと鼓動、同じ音が仲間たちの分の聞こえる気がする。


 その扉が通じるのは、玉座の間。

 重苦しい空気が空間を支配していた。

 その原因は解りきっている。

 室内には火球の魔術で、辺りには十分な光量があり、存在を浮かび上がらせるように『それ』がいた。


 その空間の最奥、豪勢な玉座に腰かける一つの人影。

 羽織っている真紅のマントの下から、垣間見えるその戦いで鍛えられたであろう肉体。

 赤銅色の肌にその名の通り、光り出さんばかりの紅い瞳。

 髪はざっくばらんに、伸びた赤毛をうっとうしそうに後ろで纏め垂らしている。

 俺は震える声を隠しながらその人影に向かって声を掛ける。


 ……誰だよ、『魔王はもしかしたら、可愛い無垢な女児か妙齢の麗しい胸の大きな女性で、勇者なら口説き落とせるかもしれない』とか言っていたのは。


 ……あれだ。

 冒険者仲間の『詠唱トリオ』の三馬鹿の一人だ。

 あいつ昔、吟遊詩人に憧れてたとかで古今東西の昔話だか、絵本だかを読み漁っていたもんな。



『ルトーシェ!魔王の存在にはパターンがあるらしいんだ!魔王は当然のように男型の魔族と思われていたけど、僕の調べた書物では、魔王が女型で勇者と和解して恋仲になる可能性があるんだ。頑張って口説き落としてくれよ!』



 そりゃあ俺としても無駄な戦いなんてしたくないし、説得することで城の外にいる魔種達を纏めて撤退してくれるなら最高だな。


とか言ってたのに……。


 あの馬鹿!

 血走った目を輝かせながら、ドヤ顔で報告してくるあの顔を、なぜ俺はあの時殴り飛ばさなかったのか。

 その話を又聞きしたロリーナに浮気(予定未遂)を疑われて病んだ目で一日監視されたってのに!

 夜中にふと目を覚ましたら、枕元でジッと俺を見つめる彼女と目が合って絶叫したんだぞ。



「……お前が『紅玉の魔王』だな?」

「いかにも、我が『紅玉』である。名を聞こうか、勇気ある人種よ?」



 背後の仲間たちの誰かの息を呑む音が聞こえた。

 いや、案外俺の音だったのかもしれない。


 一瞬で先程までの思考は吹き飛んでいた。

 そんな事が理解できないくらいに思考が恐怖と緊張で硬直していた。


 そいつは淡々と。

 世間話でもするように。

 覇気も歓喜も怒気も、もちろん俺達への恐怖も無く。

 ただただ、言葉だけで俺達を威圧した。

 眼前にして初めて分かる。

 その強大な魔力量を。

 言葉を交わして初めて分かる。

 その桁違いの存在感に。

 

 まいったね、こりゃあ。

 今まで俺達が戦ってきた魔力量の多い魔族を十人足してもまだ目の前の魔王さまの方が強そうだよ。



「アブトス国トリフェ領が領主、ガルティール・トリフェに選ばれし『勇者』。名をルトーシェという」



 気圧される訳にはいかない。

 俺は『勇者』なのだから。

 仲間たちが魔王軍の大軍を引き受けてくれているおかげで……。

 その屍の上で、俺達はこの場にいるのだから。



「ふむ、『勇者』か……。確か人種が勇敢な者に与える称号の一つだったか」



 玉座に座り、淡々とそいつは答えた。

 魔王さんも人種の制度に多少は知識があるらしい。

 まぁ十年以上もガチンコで戦争してりゃ、そりゃあ少しは耳に挟むよな……。


 そう、この世界には最大で六人の勇者が存在する。


 人種最大国であるアブトス国の国王、並びに五大貴族はそれぞれ己が認めた者を『勇者』の称号を授ける事が出来る。

 元々、この戦争が起こる前には『勇者』とは、貴族の七光りのボンボンや引退直前の騎士の名誉称号だったらしい。 


 それが、目の前の魔王さまが攻めてきたおかげで、『ぜひ勇者様のご出馬を!』と、半ば強制的に前線へ。

 結果、哀れ勇者様達はなすすべなく魔王軍の前に無残な屍を晒して、任命した貴族達は大層な批判を受けたらしい。


 結果、『実力のある強者を勇者に!』となったわけだ。


 冒険者の隅っこで冷や飯食ってた俺を、ガルティールっていう五大貴族が一つ、トリフェ領の領主に目を付けられて気づけば勇者なんてやらされてる。


 でも振り返ってみると、この魔王さんの直属の部下、幹部達、あらかた倒したの俺達だし。

 あぁ、でも考え方によっては凄いかもな。

 俺が逆の立場だったら怒り狂って、今座ってる玉座をぶん投げて相手のドタマかち割るぐらいしてるかもしれん。



「勇者よ?貴様は何を望む?魔種を殺すのが好きなのか?血を見ると歓喜するのか?戦いの中にこそ生を見出すのか?」



 おおう、いきなり初対面捕まえて戦闘狂扱いかい……。

 いや、確かに冒険者仲間に数人ヒットする人いるけどな、魔物と命賭けて闘うのが大好きで大好きで仕方ない可哀想な人。

 しかし、そーですか……。

魔王さまは人種を戦争大好きだとおっしゃりますか。



「ふざけんなよ、俺は殺し合いも嫌いだし、血を見たら俺まで貧血起こしそうになるし、戦いどころか喧嘩もできればしたくない。

俺はさっさと戦い終わらせて結婚式を挙げて、田舎で親父から麦の世話の仕方を習わんといかんのさ」



 勇者なんて呼ばれてるが所詮、俺は農家のせがれ。

 さっさと冒険者引退して、ロリーナとイチャイチャして大家族を作り上げるのだ。



「なれば何故に我に挑む?」



 魔王さまと戦う理由かぁ。

 考えた事なかったなぁ。

 だって俺、敵に向かって突っ込むしかできねーし。

 いつもそれで勝って来たし。

 あれ、それってさっきの戦闘狂説否定できなくないか?


 政治知識はゼロに近いからな、俺。

 ……まぁいいや。

 とりあえずこの場で一番政治センスがあるであろう魔王さんが眼前にいるのだ。

 彼にお聞きするとしよう。



「戦争を止めたい。魔王、お前は何かいい案はあるか?お前を倒す以外に?」


「無いな。人種が人種以外の、他種族を『区別』という名の差別化政策を取った時点で、我ら魔種には戦うか、何もせずに飢えて死ぬしか道が無かった。

故に、この戦争の切っ掛けは確かに我だが、我が起こさずとも、いずれ誰かが起こしただろう。それが魔族か亜人種かは分らぬがな。そして、規模もここまでのものにはならなかっただろうがな」


「なら、なんで『切っ掛け』になったんだ?15年だろう、魔物……いや、魔種だって大分減っただろう。何のために?」


「馬鹿な事を聞くのだな。戦の理由なぞ他国の土地を、財を奪う為に決まっているだろうに」


「そう……なのか?魔物は意味なく人種を襲い、魔族は意味なく人種を魔術で殺す。イシス教では魔物は存在自体が神に祝福されない『呪いの化身』とまで言っていたが」



 ここに来て、少し。

 少しだけ魔王に変化が現れた。

 石の様な、興味の無さそうな仏頂面に僅かながらに笑みが見てとれた。



「魔物は食う為に他種を襲う。魔族は生きる糧を奪う為に人種を襲う。

イシス教がなんと言おうと我等の戦いの理由はそれだけだ」



 まぁそうだよなぁ。

 魔王様がわざわざ、そこいらの小さな村を荒らして小麦粉盗んだり、豚や牛さん連れ出したりしないもんな。



「セイレーンの姫  リューン

 メデューサの姫  ラムリエ

 吸血鬼の姫    ドルシュリナ

 竜人族の姫    ゼシュテト

 スケルトンの姫  ガスティエタ


いずれも我が愛し、我を愛した寵姫達である。

彼女たちは我の為に戦い、我の為に生き、そして死んだ。

我も死んだのち、また愛を誓おう。

そして従順なる我が従者、リリルよ。お前の忠義は生涯忘れぬ」



 おぉう……。

 お姫様五人ですか。

 きっとこの玉座に来る途中で戦った女型の魔族達だろう。

 この城の中で目の前の魔王を除いて一番強かった集団だったからな。


 ……しかし流石は魔王様。

 夜のお相手が五人もいるなんて……。

 って、お一方スケルトン様がいらっしゃるのですが、それは……。

 スケルトンって骨ですよ、骨。

 スケルトンさんをベットで何するの?っつーかどうするの?


 ……なんてな。

 魔王さまが何人愛人を囲おうと知ったこっちゃない。

 寧ろ、うらやま……ではない。

 魔種には魔種の。

 魔族には魔族の流儀が在るのだろう。

 そこに俺の意思が介入する余地はない。

 ……でも、納得できない事が一つある。

 許せない事が一つある。

 目の前の魔王さまに言ってやりたい事が一つある。



「お前……。部下が前線で死んでいくのに、お前は玉座でのんびりか? 魔王ってのは随分と薄情な生きもんなんだな」


「愛した女が我を守ると言ったのだ。信じた部下が自身に任せろと言ったのだ。信じて待つのも王の仕事であろう……。最前線で敵を屠るだけが魔王の務めではあるまい。

旗色が悪くなったからと言って魔王が慌ただしく逃げるわけにはいくまい。

魔王は玉座にあり敵を出迎えるもの……。

そうではないかな、『勇者』よ?」



 はっ!俺は鼻で笑った。



「女に守られて、城の奥底に引きこもる魔王様ってか! あんた男だろ?惚れた女を守らずに惚れた女と共に生きずに何偉そうにほざいてんだ!」



 背後のロリーナの存在を強く想い腹の底から張り上げる。

 挑発の言葉、しかし俺の心からの言葉。


 闘う時、俺の身体は常に最前線にある。

 闘う時、俺は敵の正面に立つ。


 俺が只の冒険者あった頃からの決まり。

 俺が『魔断』の呼び名を付けられた以前から。

 俺がルトーシェである限り、自分に架した約束。


 一人の人間としてこうありたい、一人の英雄を目指して歩き始めた頃からのたった一つの決まりごと。


 魔王は貴様の信念だど知らんと怒るだろうか。

 それとも矮小な決まりだと笑うだろうか。


 背後の仲間たちは当然とばかりに小さく笑い声を上げた。

 対する眼前の魔王さまは……。



「……そうか……そういうものなのか。勇気とは、勇者とは……くあるか。よいなぁ……世界はまだ、我が知らぬことに満ち満ちている」



 噛みしめるような言葉と共に。

 瞳を閉じ、何かを思案するように魔王は只、頷いた。

 満足げに表情の乏しい口元を精一杯の笑みを作ろうと吊り上げて。



「感謝しよう、勇者よ。我はまた一つ賢くなった。また少し『器』を広げた」



 なんだか意味不明な事をおっしゃる。

 でも様になってるのが少し悔しい。

 俺が言ってもケストに鼻で笑われて終わりだろう。



「さぁ、勇者よ。戦いを始めよう、既に言葉は尽くされただろう?

我が勝てば再び兵力を整え再度人種の国を奪おう。

勇者よ、お前が勝てば我が精鋭は統制を失い野盗に成り果てるだろう。

勝つのは貴様の力と我の力の強い方だ、もはやここまで来て、我は謀略も計略も使わぬ。我が使うは我が肉体に宿る魔力のみ」



 厳かに、しかし自然に魔王が玉座から立ち上がる。

 2mを超えようかと言う巨体が俺達を見下ろす。

 何処からか取り出した杖を片手に


 そこにいたのは一人の魔族であり、一人の王であり、一人の男であった。


 俺は背後の四人を振り返ると、頷いた。

 皆も覚悟を決め、頷き返してくれた。



「んじゃあ……その余裕まみれの横面蹴り飛ばしてやんぜ!魔王さまよぉ!」



 ……死闘が始まった。



みんなが幸せになる作品が書きたいです

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