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勇者と魔王は月光の下で踊り狂う  作者: みのまむし
第一章 片目の少年
13/59

其之十一 冒険者になった片目の少年


トルシアの街。



 アブトス王国首都から、南東に馬を走らせ五日の距離にあるトリフェ領。

 そのトリフェ領の南端に位置するこのトルシア街は冒険者の拠点として永く認知されてきた。

 理由は色々ある。

 はるか昔、まだアブトスという大国が今の形で存在しなかった時、初代アブトス王となる男の盟友にて、冒険者の創生期を導いた男、アルスバラン。


 彼がその生涯を捧げて開拓したと言われる地である。


 今でこそ人種の支配下にあるアブトス王国の平和な一都市だが、当時は魔物が大地から、沼から森から群れが溢れ、絶えず人々を脅かした。


 大地は肥沃に見えるが耕そうものなら、鍬の音を聞き咎めるかの様に魔物が集まり集落を襲い人種を喰らった。

 王と騎士達は国々の戦争に追われ、税の取れぬ未開の地の民など眼中に無かった。

 傭兵達は戦争中の国々に自分達を売り込みに成功し、食うに困っていなかった。

 人々は、辛うじて魔物が少ない平原の隅に細々と住むしか無かった。


 ……なぜ彼らはこの地にしがみ付くのだろうか?

 生きるには厳しい土地だ。

 この地を捨てて別の安全な地に逃げれば良いではないか。

 その言葉を吐けるのは周りの国を一度も見た事が無い人種の言葉だろう。


 どこに逃げれば良いのだ。


 人種の納める地は、人種同士の戦争は止む気配はない。

 村は焼かれ盗賊が溢れ、傭兵は他国の民を攫い売る。

 悔し涙に顔を歪め、祖父の代からの田畑を捨てて逃げ出せは、このザマだ。


 皆が今日の食事の心配をして飢えていた。

 皆が隣にいる最愛の人が明日はいないのではないかと恐怖していた。


 そんな地に、アルスバランが何を思い、初代アブトス王の右腕たる地位を捨て、ここに根を生やしたかは分からない。


 彼はここを拠点に人々の願いに応え、敵を駆逐した。

 彼は多くを望まなかった。

 彼は自分に腹一杯の食事を求め、その対価に命を掛けてその場にいた人種を護った。

 彼は自身を騎士ではなく、傭兵でもなく『冒険者』と呼んだ。


 人々は彼に尋ねた。

 冒険者とは何か?と。

 彼は、『未知を未知で無くす』事だと。

 彼は静かに答え一人、剣を振るった。

 その言葉は誰にも理解できなかった。


 彼は進んだ。


 人が森に薪を拾いたいと言うと、彼は共に進んだ。

 人が沼に水を汲みに行きたいと言うと、彼は共に進んだ。

 人が谷に鉱石を取りたいと言うと、彼は共に進んだ。


 魔物を斬った後には、彼はいつも手帳に何かを書き込んでいた。


 時が経ち、彼を慕う仲間たちが現れ、彼と共に剣を振るった。

 彼に憧れる若人たちが現れ、彼に続いた。


 彼が、彼らが通った後には魔物は無く、冒険者達に続く様に命知らずな商人が現れた。

 彼に守られた人は子が生まれ彼の背を見て成長した。

 彼に続いた者達も自身を冒険者と呼称した。

 彼に続く意思を込めて。


 老い始めた彼は肌身離さず持っていた手帳を後進達に見せた。


 闘いの血で汚れた手帳には、彼が訪れた場所の地図と闘った魔物達の名や生態、彼の気づいた弱点などが所狭しと書き込まれていた。


 魔物の絵は……お世辞にも上手いとは言えなかったが。


 皆が息をのみ……思ったのだ。

 これが『冒険者』なのだと。

 王都には魔術学院なるものがあるらしいが、知識とは与えられるものではない。

 探究とは、終わりなど無く探究し続ける物なのだと。

 

 この日。

 世界の片隅で、冒険者という在り方が産まれ世界に刻まれた。

 劇的に何かが変わった訳ではない。

 だが、確かに変わったのだ。


 冒険者達の情報が集まり、森には道ができ、地図が描かれ村ができた。

 村を拠点に沼は埋められ整地され、森は切り開かれ、谷には橋が架けられた。

 何より反比例する様に魔物が減り更に人は加速するように集まった。

 村が集まり町になり、老境に差し掛かった彼は町の皆に請われ彼は、町の長となった。

 既に彼の手帳はもう三十冊を越えていた。


 周りの制止など聞かず必要があれば彼は変わらずに魔物の矢面にたった。

 彼は、町長である前にやはり冒険者だったらしい。


 そんなある日、町に異変が起こる。

 急成長を遂げる町を、領土を拡張中のアブトス王国が見逃すはずは無く、傘下に入れと声高々に威圧したのだ。

 彼の親友だった初代アブトス王は既に亡く、今王は親友の孫の時代だった。


 アブトスの二万に及ぶ大軍は町を包囲し降伏を促した。

 彼は懐から一枚の書状を取り出した。

 町を包囲する軍への降伏の書状かと、町の皆が見守る中、町の使者たる名誉を名もなき少年に託した。



『この者が手にした物が未開の地だった場合、それは誰の物でもない。

未知を切り開いた者こそが所持者である。

何人もこれを侵すべからず。

アブトス王

ドラグニル・アブトス』



 軍団の長は鼻白んだ。

 この町の長が国祖たる王の部下であった事は知っていた。

 彼にとっては国祖は神にも等しい存在。

 その彼に書状が出された。

 高々、辺境の町一つ。

 栄光あるアブトス軍の威光にひれ伏すと思っていた、この書状を開く瞬間までこれは降伏を願い出る物だと夢想していた。


 軍団の長は決めなくてはならない。

 国祖の書状に従い兵を引くか。

 王の命に従い町を攻めるか。

 ……数日の沈黙の後、軍は動いた。

 町の城壁を越えるために。


『この地は未開の地などではなく、元々アブトスの領土である。よって、書状の条件を満たしていない』


 矢文によって知らされた内容を読んで、アルスバランは酷く傷ついた表情をしたと伝えられる。

 怒りでも、驚きでもなく。

 ただ、寂しそうに。

 彼は剣を取り、町の冒険者のすべてが彼に従った。

 軍との間に激戦が起こった。


 古来より援軍無き籠城戦に勝ち目はないとされる。

 そう確かに、魔物と憎み合うこの町に援軍に来てくれるような国も領主も存在しない。


 ……だが、代わりに。

 もっともっと恐ろしい敵ならば存在したのだが。


 アルスバランが生涯の最後の攻略として長年挑み続けた魔物の巣窟『大空洞だいくうどう 』。

 後に『ダンジョン』と呼称されるそこに、数人の冒険者がアタックをかけ挑戦した。

 大空洞の中程で、名も無き小さな竜の子供を攫い、攫った子竜を町を囲む軍の近くに放置した。

 アルスバランを含むベテランの冒険者達だけが何が起こるかを知っていた。

 その知識は彼等が命懸けで手に入れてきた魔物の生態という、この町の先人達の屍を糧に得た故に。


 軍はさも当然とばかりに竜を殺し、鱗を剥ぎ牙を戦利品とした。

 その行為の意味する事を知らずに……。


 その夜、大地が震えた。

 大空洞から各種の魔物が雲霞の如く溢れ大地を埋め、森を抜け谷を越え、町とそれを取り囲むアブトス軍に襲いかかった。


 月明かりに照らされる大地は夜目の効かない人種には地面が蠢くようにビッシリと隙間なく埋まり、十数万という魔物の目だけが闇夜に輝いていた。

 アルスバランも冒険者達も狼狽えなかった。

 冒険者達はは対人戦争には経験が足りなかったが魔物には歴戦の強者達だった。

 ましてアルスバラン達には彼が生涯研究し続けそれを元に築いた強固な城壁が町を覆っている。


 対する軍は対人戦争には慣れていたが魔物には無知だった。

 魔物達は怒り狂い手近な人種に捌け口を向け吠えた。

 アブトス軍も死なぬ為に町への攻撃を放り出し魔物相手に切り替えた。


 そう、彼は。


『人種 対 人種』


 だった、戦争を。


『人種 対 魔物 対 人種』


 に切り替えたのだ。

 大地が血に染まるのを覚悟で。

 嘗ての友が築いた国の兵の血を大地に吸わす決意で。

 若い兵士が魔物に食われる事を見据えて。


 アブトス軍は勇敢だった。

 引くことをせず、末端の兵に至るまで逃げず魔物と戦った。

 しかし、雲海の如く大地を埋める魔物には多勢に無勢、魔物戦の経験もない兵は、次々に死んでいった。

 後衛部隊まで駆り出し必死に粗末な柵で出来た陣地を守る軍団。

 食事を取る暇もなく、水を汲む時もなく。

 彼等は戦の前は高々町一つと侮っていたはずだ。

 町は直ぐに降伏し、手柄を立てるいい機会と。

 必ず生きて帰ると、家族に、友に、笑顔で見送られ……そして。



 容赦なく魔物に食われた。



 連日による戦争で疲労の為か、遂に歴戦の隊長クラスの兵までがゴブリン、オークなど冒険者には手頃な相手に討ち死にしていく。

 二日目、軍の長がトロールに踏み潰され士気は崩壊した。

 彼等の故郷、アブトス王都は遥か彼方、馬は既に食われ、足で逃げるには魔物から逃げ切れない。

 彼等が生きるのは先日まで戦っていたトルシアの壁の中しか無かった。

 町の門に縋り付き開門を願い出る敵国の兵士をアルスバランは……無視した。

 アブトス兵の開門の命令は、やがて町が開門せぬと分かると罵詈雑言になり、絶叫になり、悲鳴になり、懇願になり、最後には泣き叫び命乞いの降伏になった。


 ようやく門が開かれアルスバランは残存の兵士を招き入れた。

 ……アブトスの生存した兵士は百を切っていたという。

 恐怖に震えた彼らはもはや戦う意思の折れた哀れな羊にすら見える。


 残る魔物の標的はトルシアの人種のみ。

 未だ数衰えない、城壁にしがみつく魔物の猛攻をアルスバランは荒ぶる三日三晩耐えた。

 魔物に兵糧や補給という概念はない。

 アブトスの兵達の遺体が魔物に食われ、魔物は飢え、動けない者が大多数となってようやく大空洞に帰還を始めた。

 まるで夢か幻の如く魔物が大空洞へと消えた。

トルシアの壁の外におびただしい数の同胞だった魔物の死骸だけを残して。


 アルスバランは生き残った兵に、初代王の書状を持たせ王の元へと帰した。

 恐怖に怯え事実を話す戻った兵。

 ……若いはずだった兵士の髪は、恐怖に白く染まり、眼は充血し、舌の呂律は鈍かった。

 アルスバランは言葉なく言っていた。



『まだやるか?』



 報告を聞き気丈に振る舞ったが、王の声は震えていた。

 二万の精鋭がほぼ全滅。

 再び軍を向ける……そんな勇気は王には無かった。

 何度か使者のやり取りの後、アルスバランの書状は認められた。

 トルシアの町は自治を得て、停戦と同時に彼はアブトス王国の貴族の一人となった。


 アルスバランは全く嬉しそうではなかったが……。


 それからアブトス王国は紆余曲折しながらも国土を増やしさらなる大国へと歩むが、アルスバランは貴族としては町からは遂に一歩も出なかった。

 彼が着るのは冒険者の鎧のみ、貴族の豪奢な服はついに袖を通さなかった。

 やがて、老いと共に病を得て、病床で彼はトルシア周辺の詳細な地図を手にして笑みを浮かべた。



『未知が埋まった』



そう呟き彼は息を引き取った。



 『アルスバラン・トリフェ』

 トリフェ一族の開祖にて、冒険者発祥のきっかけとなった男。



 時を経てトルシアの町は、更に発展をした。

 時代が流れ、トリフェ領の領土も増えた。

 町は街になり新たな英雄に、かのダンジョン『大空洞』は攻略された。

 トリフェ城は別の地方に建てられ、そのお膝元は、この街以上の規模に発展している。

 しかし、この地が冒険者達の聖地である事は変わらない。


 冒険者を目指す者はいつの日か、この地を、この町の門をくぐるのだ。

 門をくぐり、最初の広場には彼の銅像が北を向きながら出迎えてくれる。

 アルスバランのように、まだ見ぬ未知を明かすのだと。

 彼の様に剣のみで名を上げるのだと。

 そう、冒険者は未知を埋める職なのだ。

 門を越え、突き当たりの中央部の広場にはアルスバランの銅像が静かに北を見据えている。





ーーーーーーーー




〜石竜歴 418年5月〜


トリフェ領ートルシアの街


 一人の少年がアルスバランの銅像を見上げていた。

 まだ年は若い。

 安っぽい冒険者の装備に身を包んでいる姿から見れば、自分の可能性に夢見て村から飛び出して来た年頃だろう。

 別段珍しい光景じゃねぇ。

 冒険者を目指す若者がこの町を第二の故郷と拠点にする事も、駆け出しの冒険者が近くを通ったついでに観光がてらに、アルスバランの銅像を見る事もよくある事だ。


 数年前は毎日の様に見かけた光景だが、近年は週に一回程になっている。

 アルスバランの銅像は領主が管理しているはずだが、手入れが追い付かないのか所々青サビが浮き出て、故人を一層過去の人物に見せている。

 街の人間も時間空けば磨いたりしたもんだが、最近はあまり手入れしてる奴も少ない。


 しかし、それでも衰える事のない故人の存在感は銅像を通して新たな冒険者の心に刻まれてゆく。

 やがて銅像を充分に鑑賞した少年は広場には屋台があるが暇そうに煙草を吹かす店主と目が合った。

 そいつは店主から半ば押し付けられる形で串焼き肉を一本買わされると、咥えながら興味深げに街の通りを進む。

 おのぼりさんなら初めて歩く街の道に戸惑い歩調を落としそうだがそいつは御構い無しに、だが辺りをどこか『懐かしいそうに』見渡しながら。


 やがて一軒の店の前で足を止める。

 一見酒場に見えるが看板の横に描かれた『剣と地図』をかたどったマークでこの店が『冒険者の店』である事が伺える。

 古いながらもしっかりとした作りだ。

 歴史ある古そうな看板にはこう書かれている。



『未知の踏破者』



 いい名前だろう?

 当然だ、俺の店だからな。

 嘘か誠か、俺のご先祖はアルスバランと共に町を守った冒険者の一人らしい。


 その俺の店を前に、そいつの表情は、一層感慨深そうに。

 ……変な奴だな。

 外見は若い駆け出しなのに、酒場を兼ねた冒険者の店が懐かしいなんてな。

 ……まぁ、冒険者なんてのは癖のある奴らの集まりだ。

 社会に爪弾きにされて、自身の可能性を夢見て一旗上げたいやつらも多い。

 まぁ、お目々キラキラさせて世界の為に戦う、なんて言い出す奴も僅かにいるが。

 そして冒険者で名を上げるのはそんな奴らから現れる。


 しばし迷い様に躊躇、だが結局は店の扉はその手によって開かれた。

 店内に少年の快活な、しかし何処と無く自信なさげな来店を知らせる声が響いた。

 その時俺は奥で居眠りしていた。

 仕方ないだろう、昼飯のピークは過ぎ、夜の酒場としての時間にはまだ早い。

 最近の不景気も相まって店内もガラガラ……客なんて誰もいやしない。

 自然ととび出るのは威勢の良い挨拶……ではなく、あくび混じりの気の抜けた声。



「ああ、暇だよ。

今日も、明日も、明後日も。

ウチは暇を売っているのかもな」


「えっと。

ここは……『冒険者の店』ですよね?

『冒険者ギルド』と冒険者の仲介をする?」


「最近は酔っ払い相手の酒場としてしか営業して無いがな」



 店内には朝まで飲んでいた野郎共の酒臭い残り香が充満し、香りだけで酔っ払いそうだ。

 壁にはパーティー募集や冒険者ギルドから配布されな依頼や手配犯の人相書きが乱暴に貼られている……筈だが安い古紙に書かれたそれらは色あせ読み取るには一苦労な状態だ。

 二階には冒険者の為の簡易な宿泊施設があるが酒瓶の山が階段に積み上がりまるで『とうせんぼう』をするかの様だ。



「……ああ、違いないな。冒険者の店だぜ……一応な」



 そいつは酒臭い店に顔をしかめながら、俺に促されるままに、カウンターの席に座る。

 その時になって俺はようやく、そいつが頭に包帯を巻き、左目を隠しているのに気がついた。

 その包帯から飛び出る様に、炎の様に赤い髪が治り悪く出ている。

 残る右目は笑いかけるかの様に細められ柔らかい表情をしている。

 一見すれば、荒くれ者や一発屋の集まる冒険者には見えない。



「あの……。冒険者の登録をしたいんですが。

冒険者ギルドで発行される『冒険者証』は冒険者の店でも発行してるんですよね?あとで冒険者ギルドに持っていけば冒険者と認められる?」



 この街で自信なさげに冒険者証の話を切り出す時点で目的は一つしかない。



「なんだ。本当の新米か……ああ、待ってろ。今、書類出してやる」



 俺が戸棚から申請書類を引っ張り出す間、そいつは店内に転がる空の酒瓶を呆れ顔で眺めていた。



「繁盛……しているんですね。魔王がいなくなって魔族や魔物は沈静化いる……って聞きましたけど。冒険者って水の代わりに酒で風呂にでも入るんですか?」


「まぁ安酒が売れてな。……ってお前さんそこまで分かってんのに冒険者になるのか?」



 不思議そうに首を傾げるそいつに俺は馬鹿にする様に声を尖らせた。



「時代じゃねぇんだよ。剣を振るうなんてのはよ」



 魔族の集団的な襲撃もなくなり、魔物の散発的な発生ぐらいしかなく、冒険者達の仕事が減った。

 傭兵達も本業の人間相手の紛争に精を出し、兵達も城壁の上で欠伸交じりに空を眺める。


 魔王が倒され早三年。

 世界は急速に復興している。

 商人達は忙しそうに飛び回り町の商品価格を見ながら差額を儲ける為に今日も笑顔の裏に打算を隠しながら取引相手と握手を交わす。


 しかし……。

 この新しい時代に必要とされるのが商人ならば……。

 あの時必要とされた彼らはどうなのだろう?

 魔王亡き今、魔族達は煙のように人種達の生存圏から見えなくなった。

 魔物の群れも小規模になり大地を埋める様な大群は既になく、多くても数十匹が食べ物を求めて山奥からたまに出てくる程度だ。


 そんな時、彼らはどこにいるのだろう。

 雲霞の如く溢れかえった魔物と戦った忠義沸き立つ騎士達は今は……。

 金の為にその一つの命を賭けて意地汚く、醜く足掻きながらも魔物と戦い続けた傭兵達は今は……。

 魔王を打つ果たした『魔断』と共に、未知を求め冒険を愛し、魔物と相対した冒険者達は……。

 


 冒険者は生半可な仕事ではない。

 言うまでも無いが、魔物相手に剣を振るう危険な仕事だ。

 危険手当の代わりにそれなりに手に入る金は大きいが、出て行く金もまた多い。

 纏まった安定収入なんて夢物語で、新米は生きるために小型の魔物狩りの仕事に追われてる奴が大半だ。

 そんな小型の魔物狩りでさえ最近は仕事が少なく中堅どころが引き受け下っ端まで仕事が回らない。

 新米は世界を救うどころか自分の食費と寝床を確保するのに精一杯だ。

 俺は目の前のそいつに最近の冒険者のありのままを告げてやった。



「これから冒険者になって冒険者街道を邁進しようって少年には随分と世知辛い話ですね」


「現実なんてそんなもんさ。冒険者なんて儲からない職はやめときな、危険がある割にまるで食えやしないからな。……ましてお前さんハンデ負ってるだろ?視界が狭いのは明確な弱点だ、仲間探しも苦労するぜ?」



 俺はそいつの包帯に巻かれた左目を指し示した、嫌な話だが現実を伝えるのも冒険者の店の仕事の一つだ。

 情報に聡い酒場の親父として、未熟なガキに小言ぐらいは言うのもな。

 長年冒険者をやっている奴らは冒険以外の事を客観的に見れなくなる奴も多い。

 引退する冒険者へ商売の助言したりするのも良くある話だ。



「なら僕にオススメの今の時代に適した職とはどんな職業ですか?」


「商人だな。

魔王の侵攻から三年、田畑は多少は増えたがまだまだ飯が足りねぇ。

田畑を耕す人種の家が足らねぇ。

家を建てる石材が足りねぇ。

だがそれを運ぶ人手も足りねぇ。

利に聡い商人は田畑を無くした浮浪者を安い金で雇って石や木を切り出して運ぶ。

持ち主が魔物に食われ荒れた土地を貴族に話しをつけて奴隷を働かせる。

今は各地で新興の新しい商会が頭角を現して貴族様に取り入って財を成している」



 そいつはただ微笑みながら、俺の愚痴にもつかない独白を黙って聞いていた。

 ……おかしいな。

 なんで俺は初対面のガキにこんなに熱く語ってるんだ?

 冒険者の店の店主ともなれば、口の硬さも求められる。

 店の隅っこで冒険者たちが儲け話を話す事も珍しくない。

 そして店主は如何なる時もその話が耳に届こうとも他者に漏らしてはならない。

 今話してるのは秘密でも何でもないのだが……。



「それで?」



 内心首を捻りながら促されるままに俺の口は開いた。



「……ああ。悲しいかな、冒険者なんて其奴らに端金で使われて、荷馬車の護衛をするだけの使いぱしりに成り下がっちまった。

まぁ、坊主が一旗上げるなら商人にしとけ。見た所、若いんだから始めるならどっちも一緒だろ?」


「確かに……。ありがとうございます。貴重なお話でした、しかし……」



 そいつは軽く一礼したが、『それでも冒険者になります』。

 そう俺に告げた。

 ふん、馬鹿な奴だ。



「……年寄りの助言は聞いておくべきだぜ?」


「あなたが見かけの割にお優しい方なのはわかりました。しかしやはり冒険者になると言う若者もいるのでしょう?彼ら、彼女らはなぜ冒険者を目指すのでしょうね?」


「……夢だろうさ」



 自身に無限の可能性を信じて。

 生き残るのは、人種か魔種か。

 戦争という弱肉強食の淘汰にさらされ。

 それでも人種の可能性を信じて、騎士の様に名誉でなく、傭兵の様に金でなく、人種の未来と言う酷く曖昧なものに命を賭けた馬鹿どもの大半が冒険者だった。



「だけどな……。

時代を切り開いたのは戦った奴らだ。

だけど、時代を創るのは生き残った奴らさ。

臆病で口先は他人に上手い事言ってと戦わせて戦場に近づかず王宮で旨いもん食ってフカフカの布団で寝て、最後まで生き残った奴らさ。

死人は時代を語れねぇ……からな」



 俺は言葉を吐き捨てた。

 地位も、名誉も、財産もなく。

 自身の未来を一本の剣に託して魔物に挑む。

 世界は正直だ。

 夢見るだけの実力が無い奴は直ぐに消えていく。

 だからこそ、しぶとく生き残る奴は頂点に近づいて行く。


 アルスバランの様に一握りの冒険者になるにはそんな夢見て後悔なく進む奴らだろう。

 他者を励まし、皆の不安をかき消し、実力以上の力を出させる存在。

 そんな奴らは未知を夢見て、新しい世界を夢見て進み続ける。だが……。



「夢見た果てに、守った奴らに裏切られた馬鹿を一人知っているがね、俺は」



 そして最後に魔王を倒した、奴の様に。


 そいつはそこまでの俺の話を聞いて残った片目も閉じ、逡巡するように瞑目する。

 過去を懐かしんでいるのだろうか?

 いや、この歳のガキに思い返すもんなんてそうそうありはしない。



「……ねぇ、記憶水晶見せてくれませんか?

5年前、第51討伐隊の冒険者達の水晶なんですけど」



 ようやく口を開いたかと思ったら『記憶水晶』かよ。



「ああ……。51討伐の奴らか、冒険者達の最後の黄金期だな。魔力はあるか?

無いなら俺が流すが一つにつき500クパもらうが……」



 こう言った話は良くある。

 古い冒険者の店には過去に冒険者が使い、姿を記憶した『記憶水晶』が冒険者達に頼まれ保管してある場合がある。

 所有権は各々冒険者にあるが、保管料代わりにこう言った若い冒険者がねだればその水晶に記憶された当時の姿を見せてやる事もある。

 まぁ、田舎から飛び出して来たガキから巻き上げる程腐っちゃいねぇ。

 二、三日、裏で薪割りさせて身体で返させるのがお決まりの日常なのだが……。

 そいつは財布を一振り、硬貨の中身がある事を俺の耳に教える。

年の割に生意気な奴だ。


 俺は店奥に並べられた箱から目的の箱を取り出す。

 内にギッシリ詰まった水晶の中から何気なく取った水晶に魔力を込める。

 魔力に反応し水晶に記録された、1組の冒険者達が水晶から浮かび上がるように写し出された。

 全身黒ずくめの四人の若い男達が水晶から浮かび上がる。



「『漆黒の影』……」


「あぁ?こいつら知ってるのか?」


『噂だけは』

そんな返答を返すそいつを訝し見ながら俺は水晶を並べた。


「パーティー四人揃っていつも黒ずくめでな。実力が無いからせめて格好とパーティー名だけでも、ってよ。なんでか知らんが通りすがりの占い師のばぁさんにかっこいいパーティー名を付けてくれと頼み込んだらしい。名前負けでな、散々ベテラン共にからかわれてたよ。

金にも汚かったし新米いびりなんてやったりしたが、最後には面倒見て結局助けてたしな。……いい奴らだったよ」


「……亡くなったんですか?」


「ああ。『魔断』を魔王の城に届けたあと、古豪の魔族相手に最後まで時間稼ぎをしてたらしい。

魔物ならともかく、本物の魔族だぜ?下っ端冒険者が勝てるはずもなし、さっさと逃げりゃあ良かったのにな……。魔王の元に増援が向かうのを防ぎ続けてよ。


……第51討伐隊の冒険者達の殆どが『紅月戦争』に参加して、かなりの奴らが帰って来なかった。

どいつも誰よりも冒険者らしい馬鹿どもだった。

奴らが生きていたらこの時代をなんと言ったかねぇ。

未知を求めず、金に支配された今の時代の姿を。

必要なのは道を切り開き、地図を作る事では、地図に道と村を書く事と知ったらよ」


「村を作る事も立派な仕事でしょう。しかし『魔断』ですか……」


「ああ?いや、そうか。悪いなあ、俺はあいつが『勇者』になる前から知ってたからよ」


「……でも『勇者』は裏切りの咎で処刑された」



 何気ないそいつの言葉は教会の鐘みたいに俺の心に確かに響いた。

 悪い方向に……心をえぐる様に。



「おい!古株の冒険者でそんな出まかせを信じてる奴は一人もいねぇ!!一人もだ!」



 反射的にその痩せた華奢な胸ぐらをひっ掴みドスを効かせて睨みあげる。

 そいつから漂う汗に混じって、血と死臭の嫌な匂いが僅かに漂い眉を顰めた。

 それでもそいつは微笑んでいた。

 薄気味悪い程に。

 やがてそいつが謝罪の言葉を口に出し、俺も手を引っ込めた。



「……悪りぃ、だが覚えおけよ。奴が人種を裏切るなんてありえねぇ。なぜなら……」


「……なぜなら?」


「なぜなら奴は人を騙せる程頭が良くなかったからな」



 そいつは盛大に吹き出し爆笑した。

 なぜだかそれは、そいつが今日初めて見せる素顔だった様に思えた。

 そいつはひとしきり笑い終えると無人の店内のテーブルに一つ一つ記憶水晶を置いて魔力を通していった。


 水晶に記憶された過去の冒険者達の姿形が一つ、また一つと甦りる様に浮かび上がってくる。

 少なくとも俺にはそう見えた。

 その殆どがここ数年、店に顔を出さなくなった、そして出せなくなった奴ら。

 やがて最後に残った水晶に魔力を通した。

 有名な……有名すぎる冒険者パーティーだ。


 『魔断』のルトーシェ。

 この店で水晶に記憶された当時はそう呼ばれていた男。


 真っ直ぐなキラキラ瞳で仲間達の中央に立っていた。

 左右には二人づつ、全部で五人の男女。

 皆が中央にいる一人の少年を信頼し笑顔で見つめ、少年は無垢な瞳で世界の美しさを信じる様に、同時に若さ故の自信が見て取れた。

 そんな水晶に浮かんだ記憶を、そいつは食い入る様にしばらく凝視していた。

 屈み込むように水晶を見ていたから俺からは表情は読めない。



「酒の注文を……」



 どれだけの時が流れだろう。

 そいつはそう言って5種類の酒を注文し、一つ一つカウンターに置いた。

やがてその内、中央の一つを取ると一息にあおった。


 おおよそ、少年の飲み方では無い。

 しかし、俺にはその飲み方がとても様になっている様に思えた。

 同時に……。


『既視感』


 冒険者相手に酒場を開いて数十年……。

 こんな飲み方をする奴らには多々会ったことがある。

 目の前に少年はその内の誰かに似ている気がしるが、誰かまでは記憶の扉は開かなかった。



「……ルトーシェ達の遺体や遺品はどうなったかは分かりますか?」


「遺体は処刑場近くの罪人用の無縁墓地にまとめて埋められたって話だな。

……ああ、だが本当か知らんが冒険者だか魔族だかが掘り起こして幾つか遺体を持ち去ったって噂があった。遺品のルトーシェの愛剣はアブトス王宮の宝物庫へ。

残りは今代のトリフェ卿が王に無理言って引き取ったって話だったか。

当主交代でドタバタして、裏切り者への勇者任命の罪とか、王や他の貴族達に難癖つけられてイシスに白眼視されてまで、よく引き取ったもんだよ」


「それはまた……。もしルトーシェが生きていたらトリフェ卿には頭が上がりませんね」



 『違いねぇ』

 相槌を打ちながら、そいつのカラになったグラスになみなみと酒を注ぐ。

 笑みが少し引きつり、チビチビと舐めるように飲みながら。

 俺はそんな飲み方をする冒険者をどこかで見た気がした。

 誰かまでは思い出せなかったが。



「トリフェ領の景気、今はどんな感じなんです?」



 だんだんと酒が回ったのか……頬を赤らめ、少し呂律が怪しくなっていた。



「良くはねぇなー……。

先代のトリフェ卿が病でおっ死んじて、弟が後を継いで今代のトリフェ卿なんだがな。

先代が裏切り者を見抜けず勇者にしちまった罪があるってんで領地をゴッソリ削られてな。

そのせいかは知らんが王宮の貴族達とも上手く行っていないって話さ。

元々、商人達にも大分借金しながら戦争してたらしいしな。

支払いの滞った債権をまとめて買い取った商人に頭が上がらないらしいぜ。

そんな所を、残りの五大貴族の……特にシュービル家、ナルホルム家に目の敵にされて散々にやられてるらしい。毎年上がる農作物は利息に借金の型に取られて、財政は火の車。他の貴族に借金も出来ずに残るのは……」



 身代の切り売り。

 昔、飢えたタコが自分自身の足を喰って生き延びたって話があったが……。

 タコの足はいずれ尽きる、当然だかな。

 足の無くなったタコは餌を採る事すら出来ずただ飢えて貪られるのを待つしか無い。



「シュービル卿というと、御当主はシャルフ……様でしたね。成る程、あのお方ならトリフェ家を恨む理由に困りませんね」


「ああ、戦下手で先の魔王との戦いの折には一時期は魔王に領地全てを奪われたからな。

アブトス宮中ではトリフェ卿と比較されて散々笑い者にされたらしいぜ。

『シュービルの戦知らず、馬にも乗れず馬車に乗れば逃げ出した』ってな」



 気がつくと俺の店の不景気も混じって吐き捨てる様に口早に愚痴をぶつけていた。



「そこをトリフェ卿が各地のアブトス敗残兵や冒険者、傭兵を苦労しながら取りまとめシュービル領のみならず人種の領地を取り返したのです、寧ろ恩を返すべきでは?」


「さぁね。俺は貴族様になんて会った事がねぇ。

だから絶対こうだ、なんて決めつけないがね。

受けた恩を返す義理堅い奴もいれば、相手が弱ってたら更に追い討ちを掛けて骨までしゃぶる奴もいるってこったろ」



 実際に庶民に聴こえて来る貴族像は、高慢で金遣いが荒く、如何に税を搾り取るかしか考えていないイメージが浸透している。

 無論、魔王との戦いの折、民を守る為に率先しで前線に赴いた『無力な庶民を守るのも貴族の義務』とばかりに誰よりも貴族らしい貴族も多数存在したが。



「しかし……随分と無様な有様ですね。

トリフェ領といえば、人材の厚さに定評があったはずですよね?

先代トリフェ卿の一枚看板と思われがちですが、その人を先の魔王との一戦を陰に日向に最後まで支えるのは中々に出来ないこと。

新当主が如何に頼りなかろうと、相手が他の五大貴族であろうと、そこまで後手に回るとは想像できないのですが」



 そんなお前の想像なんて知るかと。

 現実にトリフェ現当主の評判は酷いものだ。

 口が悪い奴は兄に全ての才を奪われた『出涸らし』と噂する程に。



「……かの高名なベーチェット様は?」


「ベーチェット……か。

その名も久々に聞いたぜ、少なくとも一年は聞いてねぇな。

残念ながら、あいつなら左遷されたぜ。『トリフェの懐刀』、なんて呼ばれて『紅月戦争あかつきせんそう 』当時は随分と武名を響かせたがなぁ」


「失礼ですが、その『紅月戦争あかつきせんそう 』とは?」


「あぁ?冒険者になろうってヤツが知らねぇのか?そのまんまだよ、魔王との戦争にようやく名称がついたんだ。なんでもイシスの聖女様自らが命名なさったらしい、魔王の魔力である紅の色と終戦時の満月を取ってな」



 そいつは『あかつき、アカツキ……か』なんて噛みしめる様にブツブツ繰り返していた。

戦争の名称がそんなに気になるのかねぇ。



「えーと、なんの話だったか……ああ、ベーチェットの奴な。

あいつはこの街出身の出世株だったからなぁ。将来はこの街の代官になるに違いないなんて言われたが、現実はどこぞの辺境村の部隊長だ。

先代のトリフェ卿には大分気に入られてたんだがなぁ、今代とは上手くいかなかったんだろう」



 確かに……あいつがトリフェ中枢にいれば、トリフェ卿に意見できる立場ならば……ここまで領地が衰退する事もなかったかもな。

 少なくとももう少し時間がかかったはずだとは思うがね。ま、全ては仮定で、実現叶わなかった未来だが。



「成る程、ではこの街もいずれ……」



 トリフェ領全体に漂う不景気の雲。

 トリフェ領第二の規模を持つこの街にも雨音は容赦無く聴こえて来る。



「いや、この町は違うさ。

アルスバランから400年。

この街は冒険者と共にあった、この世に未知が有り、それを探求する冒険者がいる限りこの街は冒険者の聖地であり続ける。……今はちょっと長めの不景気が起こってるだけさ。

冒険者の探求心ってのは……。人種の未知への憧れは永遠に無くならねぇよ。人には大なり小なりそいつが燻っているもんさ。今はそいつが雨季で弱火なのさ」



 今日、初めて……俺は無慈悲な事実でなく願望を告げた。

 雨音はやがて豪雨となりこの街を飲み込むだろう。

 この街の支配権は他貴族に移るかもしれない。

 だがそんな事実を眼前のガキに伝えても現実は変わらない。

 そしてそれは、こいつが冒険者になるってのと同じぐらい。


 ならばせめて……。

 今日冒険者になるその日だけは、夢を見させてやろう。

 冒険者になろうって言うガキへの俺からの精一杯の贈り物だった。



「……お邪魔しましたね」



 いつの間にかチビチビ飲んでいたそいつのグラスは空になっていた。

 思いの外、長話をしてしまったようだ。

 そいつは本来の目的であった真新しい冒険者証を懐に『大事そう』にしまった。



「楽しい時を過ごしました。このご恩はいずれ」



 皮袋から取り出される一枚の金貨。

 不景気で最近は滅多に聞かなくなった金貨の甲高い音を聞き、カウンターに乗ったその硬貨を……俺は投げ返した。



「いらねぇよ。この店の決まりだ、店で冒険者登録した新米のルーキーからはその日は金をとらねぇ……だが一つ聞かせろ」



 俺は問わない訳にはいかなかった。



「お前さん、『魔断』の関係者か?」



 ほんの一瞬の沈黙と共に。



「まさか……僕は勇者とは『顔を合わせた』事すら有りません」



 表情は相変わらずの微笑のままで読めない。

 少なくともその声は嘘を言ってはいないように聞こえた。

 ……きっと真実も言ってないだろうが。



「ではまた、御縁があれば。

『まだ見ぬ未知が埋まらんことを』、ジムス……さん」


「ああ、『まだ見ぬ未知が埋まらんことを』」



 反射的に俺はそう口にした。


 アルスバランを見習い、後に残ったこの街の冒険者達が決めた古い挨拶。

 そして……紅月戦争時にはこの街を発ち、戦いに挑む奴等の決まり文句。



「あれ?俺、名乗ったか?」



 俺が返事を返した時には、そいつは既に踵を返して扉を潜るところだった。

 返答は無く、そいつはただ微笑みながら扉をくぐった。



 ……変な奴だ。



 まぁ、冒険者なんてのは癖のある奴らの集まりだ。

 社会に爪弾きにされて、自身の可能性を夢見て一旗上げたいやつらも多い。

 まぁ、お目目キラキラさせて世界の為に戦う、なんて言い出す奴も僅かにいるが。


 ただまぁ……今晩は良い夢がみられそうだ。

 何故だか俺はそう思った。





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