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勇者と魔王は月光の下で踊り狂う  作者: みのまむし
序章 勇者と魔王と紅月と
10/59

其之九 肉体

毎年の事とは言え夏コミ、三日間暑かったですね。行った方お疲れ様でした。






 目を開けると視界は右目のみだった。



「はっ……イシス教の『大いなる原初』とやらも大した事無いな。死んでも目玉一つ治してくれねぇのかよ」



 いや、今の俺はイシス神なんか……もう。


 胸に浮かぶ仲間の一人。

 彼女は信じた教義に切り捨てられた。

 俺にとって彼女を見捨てたイシスなんてなんの価値も無い。

 左右を見渡すと粗末な木造りの部屋の中央にある、簡易な寝台に寝かされている事に気がつく。

 毛布の下はなんの感覚もない、薄汚れた囚人服は脱がされ裸の様だった。



「天使の出迎えも、イシス神の有難い御姿も無しか。世界中どころかあの世でまで嫌われるなんてな……何もかもヘドが出る」



 脳裏に浮かぶ無力な自分。

 何も出来ずに叫ぶだけの自分。

 愛する人の最後を見るだけだった自分。



「何が勇者だよ……」



 広場に広がった確かな悪意。

 身体を張って護ったはずの奴らに裏切られた記憶。



「何が『俺について来い』だよ……」



 ついて来た、気のいい奴らは皆死んだ。

 救えずに死に場所に連れて来たのは俺だ。



「嘘つき野郎が……」



 自分で自分を消してしまいたかった。

 ああ…駄目だな。俺は本来は物事を楽観的に楽しく考えるたちだ。

 かつて『人は余裕のある顔してる奴に付いて行くんだぜ。あぁ、後は当然だが金がある奴な』とはケストの言だったが、その思考は俺に合っていた。


 余裕を顔に貼り付け、先頭を走り敵を斬るだけで良かった。

 どんな間近に死が垣間見えても俺は魔物と戦ってる時は口角を無理にでも上げた。

 それが勇者として、先頭を掛ける者としての第一歩だと感じたからだ。

 だが、この状況では……。



「流石に笑えねぇよ……ケスト」



 誰の返事は無い。

 力を入れるが四肢は糸が切れた人形の様に動かない。

 唯一動かせるのは右目のみで室内を確認する。


 大して大きくない室内で……薄暗い室内には俺以外の人影がいる事に気がついた。

 俺の無様な独り言を聞いたのか……影が近づいて来る足音が『二つ』響き始めた。

 重い大人の足音と軽い子供の如き足音。


 薄暗い所為か顔はまだ見えない。

 高鳴る心臓の鼓動。


 何を怯えるんだ、ルトーシェ?

 仲間も、自身すら守れなかった癖に。

 俺の中で嫌な奴が囁いた。

 だが、今回は……同意だぜ。


 やがて視界に人影が入った。

 まず先に目にしたのは……。


 一人目は俺たちが魔王の玉座の間、その扉の前で戦った小柄な魔族。

 確かリリ……そう。

 『リリル』とか呼ばれていた魔族だ。


 『終焉の地』での天使の代役としては似つかわしくない……憎悪を湛えた暗い瞳で俺を見ていた。

 そしてもう一人……。二人目は、木でできた安っぽい仮面を被りゆったりと歩く人種にしては大柄な人影。


 全身にがスッポリ入る黒いローブ。

 ある意味どんな悪役より悪役らしい格好だ。

 今時こんな分かりやすい三下の格好を望んでする奴は人種の中ではまずいない。


 魔族の中でも滅多に……いない。

 だが俺はこの格好で戦った存在を一人だけ知っていた。

 魔王が率いた魔王軍に唯一、一人だけいた。

 そして俺たちが打倒したはずの男。

 ロリーナの魔術を受けて滅んだ男。



「グゥブフフ……勇者よ、久しいなぁ。ワシの事が分かるかね?」



 そう、そいつはこんな小馬鹿にした嫌な笑いをして恐るべき即死性の魔術を繰り出して来たんだ。

 眼前の男は仮面を被っていたがその特長的な笑いと声は忘れようもない。


 俺が、俺たちが、最初に倒した魔王軍の大幹部。

 魔王軍四天王の一角。そう。奴は四天王であり、その中で『最弱』だった。


 四天王『最弱』の戦闘力の持ち主であり……しかしそれを補って余りある四天王最高の頭脳を持つ男、死者を操り生命を弄る恐ろしき妖術師。生者を意のままに操り死者を魔術により弄ぶ。『死幻術』と称された生と死の冒涜者。



 魔王軍四天王『死幻術』ザクエス。



「……何故お前が生きている……ザクエス?」



 叫んだつもりだったが俺の声は驚くほどか細かった。

 自覚出来ない俺の最後の生命の炎の様に。


 ……だが。思い直して真実に気付く、当然だ。

 処刑された俺。

 打ち破って死んだザクエス。

 そして魔王の直前で切り捨てたリリル。

 死者が三人揃えば答えは簡単だ。



「そうか。……俺はやはり死んだのか」


 死後の出迎えがザクエスとはな、まったく予想だにしてなかったぜ。

 それとも此処は地獄か、魔族とは言え随分と多くを殺めて来たからな……。


「いやいやいや、お前は生きている。もっともその衰弱だ、治療せねば直ぐに死ぬだろうな」



「生きてる?」


「勇者よ。お前は生きている」



 言葉と共にザクエスの鋭い爪が俺の胸に当てられ、爪が肌を撫でるように滑らせた。

 ゾワゾワと悪寒が走り身を捩るが四肢は満足に動かない。

 爪痕から皮膚が薄く裂け血が滲む。

 死にかけの我が身には痛みすら心地良く、脳を揺り起こす。


 痛い……。

 ああ、そうか……。

 ……俺は生きてる。

 ……生きてるのか、畜生。



「グゥブフフ。そう……お前は生きている。理解したかな?」



 走る痛みが脳を揺らし思考を呼び覚ます。



「ああ。……お前が俺を?」


「グゥブフフ……そうだ、そうだとも。

あの人種の騒がしくも醜い祭から貴様を攫った。

あの処刑器具……ギロチンと言ったか?

あれに『雷光』の魔術を落とした、良く燃えたぞ、あの処刑台はな!

あの壇上で演説していた男の狼狽えぶりと言ったら、一笑ものだったぞ。

そしてお前の代わりに焦げた人種の『代用品』を置いてきた。

まぁ、余程の事がない限り気付かれぬであろうな」


「……まさか、俺に惚れてたのか?」



 危険を省みず俺を助ける為に人種の街まで追い掛けて来たのかよ?

 あのザクエスがか。人種を切り刻み、実験という名の狂気を欲しいままにしたあのザクエスがか?


 ……。………。 …………。

 無論……そんな訳が無いのは分かっているんだ。



「勇者よ、貴様は生きのびた。

だが、直ぐ

に死ぬだろう。その拷問による傷と衰弱、あと数刻とせずして貴様は死ぬ」


 告げられる嫌な事実、続いて感じる全身に広がる倦怠感と飢え。

 ひしひしと忍び寄るであろう死神と思われる足音。



「わざわざ弱った俺を攫って、瀕死の勇者に止めを刺して恨みを晴らそうってか?

魔族らしい根暗な考えだぜ」



 その言葉にザクエスの後ろに控えていた小柄な魔族……リリルが殺意を剥き出しに無抵抗な俺の首をその手で絞めに飛びかかった。


 ヒンヤリとした小ちゃな手だ。つーかこいつ本当に小ちぇな。戦ってる時はそこまで意識しなかったが、肌が日に焼けた人種の子供と見分けがつかねぇ。耳が尖ってるって事はエルフの血が入ってるのか?


 眼前で憎悪に歪む顔も少女と見間違える程に長い睫毛と柔らかそうな唇。

 本来、笑みを作ればクリクリと人懐こく愛されるであろう大きな黒い瞳。

 ……色街に放り出せは子供好きのおネェさん共はほっとかねぇだろうな。

 とか考えてる間にも首は締まり続けている。

 ……あっ…ヤバイ。思考が……途切れて……死……ぬ。



「リリル、弁えよ!その男の生死を決めるのはお前では無い!」



 俺が意識を失うギリギリで、先程までの雰囲気を一転させ、ザクエスがリリルを黙らせた。

 しぶしぶとリリルは俺から手を離し、慌てて空気を喉から肺に送り込む。



「ゴホっ!……少なくとも好意的な理由で俺を助けた訳じゃ……無さそうだな」


「貴様に好意的?そんな理由が何処にあるのかね?」



 ザクエスはゆったりとした動作で仮面を半分だけズラした。

 かつて戦った時はリザードマンの亜種だったその顔。

 当時、戦った時は仮面なんぞ付けていなかった。

 やや光沢のある鱗を纏った肌。

 油断なく他者を突き刺さす黄色い眼光。


 それらが、今、その仮面のせいで見えなかった。

 いや、仮面を外した今も。

 仮面の下から覗いた顔から表情は見えない。

 ……だがケロイド状態に焼けただれ、触れば崩れるかの如き皮膚がズラした隙間から覗いていた。

 骨に辛うじてへばり付いた皮膚がわりの鱗は何の感情も作る事をしなかった。



「グゥブフフ……。貴様の仲間の魔術師に焼かれこのザマじゃから。儂をして動けるまでに数年、魔王様と人種との決戦に間に合わなかった……」



 ……おいおい。

 笑い声をあげてるがその仮面の裏を知るとめっちゃ怖い。

 こいつもこいつで、俺への殺意は十二分ってか。



「そうかよ。んで、さっさと結論を頼むわ。死ぬまでの短い時間をお前らとの雑談で使い切りたくないんでな」



「グゥブフフ……。

勇者よ、焦るな。

『慌てる乞食は損をする』は貴様らの言だったろう?」


 勇者相手に乞食扱いかよ。

 悪態を吐くがザクエスは不気味に嗤うのみだった。



「先にリリルに言ったのを聴いていなかったのか?貴様の生死を決めるは我らではない」


「はぁ?」



 ザクエスの言葉に眉間に皺を寄せる。

 この場にいるのは三名。

 死にかけの俺。

 半病人のザクエス。

 半人前のリリルだ。

 リリルに交渉ができる訳はないだろうが、他にザクエス以外誰がいるというのか。



「なぁ、ザクエス。俺は機嫌が悪いんだ、いい加減に……」

『しろ』、そう繋げる前に言葉は塞がれた。



 徐ろにリリルが服をはだけ、上半身の上着を脱ぎだした。

 健康的な褐色の肌。

 幼いながらの柔らかそうな……女性でさえ嫉妬しそうな水々しさ。

 やや痩せ型の浮き出た肋骨のライン。

 再度、その魅力が沸き立つ。


 こいつをアブトスの娼館に男娼として放り込めば、多くの好き者がその身体を貪るために破産するに違いない。

 ……だが、大切なのはそんな事じゃない。

 その胸の中央に輝く『異物』が目に入った。

 普通の人種には、いや魔族でさえ胸のそんな位置に『異物』は付いていない。

 リリルは胸の『異物』……深紅の宝石に見えるソレに話しかける。



『魔王様、お待たせ致しました』



 そう、リリルの唇が動いた気がした。いや、実際には動いたのだろう。

 ……今なんと言った、こいつ?

 だが俺の理性はその事実を否定しようと認識を避ける。


 リリルは恭しく大事そうに涙を滲ませ苦痛の喘ぎを零しながら……胸からソレを取り出した。

 その、真紅の宝石を皮膚を裂き血を滲ませながら。

 取り出されたそれから目が離せない。

 リリルが呼んだその呼び名の所為ではない、眼前の宝石は余りにも……。


 似ていた。

 その宝石が『奴』の瞳に。



『……久しいな、勇者よ。一月も経たぬ僅かの間にずいぶんとお互い変わったものだな』



 声……ではない。

 高位の魔術師が使う念話に似ている。

 俺の脳内に声が響く。


 ……似ていた。

 その口調はあの時の奴に。


 ……似ていた。

 その威圧感はあの時の奴に。



「紅玉の……魔王」



 噛みしめる様に呟く。

 これは夢か?幻か?はたまた神の悪戯か……。


 息も絶え絶えに俺は知った、叩きつけられた。

 自分自身が……何も成していなかった事を。

 剥奪されるまでも無く、俺は勇者でなんか無かったのだ。

 俺は自分が肝心な時に失敗する奴だと知っていたが今度のは決定的だ。

 魔王討伐の功績により怖れられた俺が、実は魔王を……倒していない。



「何だよ……それ。俺達、殺され損じゃねーか…よ」


『気分は如何だ?』


「今、更に最悪になったよ。畜生め!」



 つーか、最近の魔王は身体を失っても生き残るのか?

 いよいよ倒しようが無いじゃねーかよ。



『勇者よ、気付いているだろうが貴様はもう直ぐ死ぬ。

下らぬ人種の諍いで、我に勝った勇者がかくも簡単に死出の旅路に着くとはな』


 宝石になってもその存在感は健在だった。

 相変わらず上から目線で、無意思に俺を小馬鹿に嘲笑する口調。

 何より魔力を持たない俺にもわかる以前と変わらぬ魔力。



『勇者よ。我は汝を害す事が出来る』


「そうかよ。精々、魔王らしく残酷に身動き出来ない俺を殺すがいいさ」


『だが、逆に我は汝を生かす事が出来る』



 なに?

 今こいつは俺を生かすと言ったのか?

 眼前の宝石が突然人種に対する慈愛精神に目覚めたので無ければ、それは魔王の行動理念に合わぬ行い。それ故に……。



「代わりに俺は何を?」


『分かっているではないか。そこでだ勇者よ、我にその身体を捧げよ』



 ああ?

 身体?

 真逆、俺の尻が目当てって訳じゃないよな。



『今の我には身体がない。

そして勇者よ。今の汝には未来が無い。

故に我に汝の身体を捧げよ。

代わりに我が、汝の傷を癒し刹那の時間をやろう。

そうだな、汝の精神の有り方次第だが、大体十年は掛からずに我は汝の身体の支配権を得るだろう。

それまでは好きに生きるがいい』


 ……随分と饒舌じゃねぇか。


『人種は死を恐れるのであろう?そして汝の前には死が手招きしている。

その目前の死が十年の時を得るのだ、それでも不満かな?』



 断れば俺は死に向かうだろう、明日の朝日も拝めないかも知れない。

 いや、その前にリリルが許さないだろう、俺が断った瞬間こいつは嬉々として俺の喉を締め付けるだろうな。



『それに勇者よ。汝は世界に未練があるのでは無いかな?仲間の死を受け入れるも、仲間の無念を晴らすのにも、世界にしがみ付く時間は必要であろう?』


 その言葉は甘美に俺の心に甘く聞こえた。

 ……そう、俺はまだ死ねない。

 やりたい事が……やるべき事が出来たのだ。

 あの日、あの時、あの処刑台で。



「魔王、一個だけ嘘偽りなく、俺の質問に答えろ……」



 死に行く人には……俺の声には、重く、暗く、もし拒絶、お茶を濁すような曖昧な返答を許さぬ力があった。

 死を手前に棺桶に片足突っ込んだ俺だからこそ出せる威圧。

それを受けてリリルは怯えて一歩下がり、ザクエスは楽しそうに短く嬌声を上げた。



『かまわぬ……問うがいい』



 念話で魔王が答えた、この魔王は暴君であり残虐であり畜生であったが、卑怯者ではなかった。その事が解っていたから、その返答を俺は信じた。



「この今の状況は、お前の策略じゃないんだな?」



 勇者と呼ばれた俺の肉体を手に入れるために。

 それだけの目的の為に魔王が描いた謀略の図ではないのかと。

 俺はその質問が当たっている事を心の中で強く願った。

 仲間たちと旅をして、星々すら霞むごとく胸に輝く最後の思い出。

 その思いでの中で、多くの人種達に助けられ、励まされて来た。

 裏切りに塗れても、俺を助けてくれた人びとの差し伸べてくれた手は間違いなくあったのだからと。

 その思いが、俺の中の良心の最後のタガだった。


『勇者よ、我を嘲るな。我は残虐と言われるべき魔王だが、貴様なぞの肉体の為に、我が愛すべき兵と、民と、そして愛妾達を損じる事はせぬ。この状況は人種達の傲慢なる行動の結果ゆえだろう』


 ……そうか。

 ……そうなのか。

 その言葉に、俺の最後のタガが外れる音がした。


 叫びはしない。

 処刑台で叫び尽くしたから。


 泣きはしない。

 処刑台で泣き尽くしたから。

 


「くれてやるよこの身体、好きにしろ。ただし今後十年間、俺は俺のままだ」



 俺は……『勇者』は、悪い冗談みたいに魔王に屈服した。

 十年後、俺の肉体が何をしようと構わない。

 今の俺には時間が……生きることが必要なのだ。


 その言葉に紅い宝石が、楽しそうに瞬いた。

 即座にザクエスの手によって俺の顔に巻かれたボロ布と化した包帯が荒々しく剥かれ、リリルの手によって宝石が俺の左眼の窪んだ眼孔に……嵌められた。

 ……その宝石は、まるで誂えたかの様にピッタリと……嵌った。



「ぐっ……」



  熱い!

 左目が熱を持ったかの様に。

 熱が血を介して全身を駆け巡り入れ替わるのを感じる。


 痛ぇ!!

 全身から倦怠感が抜けると同時に麻痺していた痛覚が蘇る。

 視界が霞む。



『勇者よ、お前の身体を我が住処らしく作り変える。しばし耐えよ』



 怒鳴り返そうと思ったが肺に空気を送り込むだけで絶叫しそうな激痛に襲われる。

 プチプチ、プチプチと血管が膨張、収縮を繰り返す。

 骨が軋み砕けまたくっ付き、砕けた。

 筋肉が千切れ再生され、また千切れた。

 俺は人種ではなくなっているのか?

 魔王の魔力を行使出来る肉体……。

 それは最早、人種ではないのだろう。



『然り、我が魔力に適する肉体に造り変えている。貴様なら耐えるだろう?』



 真逆、俺の思考を読んだのか?

 声にしていないのに左目からあり難くない返事が来る。



『予想しただけだ、勇者よ。貴様は単純すぎる』



 ふざけるなよ。

 反射的に叫ぼうとしたが痛みで声も上がらない。



『痛みに負け好きに発狂しても良いぞ?心を宿さぬ空の肉体なら支配も容易い』



 はっ!絶対にテメェを喜ばせてやらねぇ!

 声にならぬ悪態を吐き散らし、自我を保つ。



『流石だな……今の木っ端の如き魔力では貴様の精神を圧倒出来んか。

これは本当に十年かかるやも知れぬ』



 その言葉を受けると同時に俺の中で何かが蠢く。

 これは……。

 信念じゃない。

 もっと単純な。

 人の心の闇に住むやつだ。

 勇者の俺にとって縁の無かった感情。

 そう……『憎悪』ってやつだ。

 俺の心に住む『奴』がそれらと手を組み肥大化する。



『いいじゃねぇか、ルトーシェ。

好きに生きようぜ?

処刑台での無力な自分。

だけど今からなら簡単に覆せる。だって、今のお前には魔王っていう『魔力』のご馳走があるじゃねーか』



俺の中の何かが囁く。



「……黙れ」


『……勇者よ。貴様、内に何を飼っている?身体の支配すら及ばず、それどころか我の方が魔力ごと喰われかけている』



 今日初めて聞く魔王の焦り声。

 同時に俺の中で奴が囁く。



『奪っちまえよ。

全部全部全部!!! 世界の全てをよ。

裏切られたお前にはその資格が……』



「……黙れ!『宿無し供』!!」



 俺と、『魔王』と、『奴と』。

 三者が好き放題に俺の頭の中でグチャグチャに引っ掻き回す。

 いよいよ頭痛は酷くなり絶叫した。



「俺は俺だ!!!」



 絶叫し俺の意思は闇に沈んだ。

次でやっとこさ序章が終わります。


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