潜伏準備
山小屋から見えない位置にバイクを停めている場所まで、私達は無言で歩いた。お兄様は私と目線を合わせて話したかったらしく、バイクの停めた場所に着くと、私の体を抱き上げ、バイクの後ろに座らせてくれた。
「お兄様、忘れ物ですよ?」
「ルナ、それは……」
お兄様は『忘れていったワケではない』と言おうとしたかもしれないが、私が人差し指をお兄様の口に押し当て、言葉を遮った。それからバックからインカムを出して、「忘れ物です」と言いながらフィリーオ兄様の耳に装着した。
「カナルさんがダミーコードを作ってくれました。キメラ培養プラントのプログラムをコチラに入れ替えてください」
ベルトポーチから取り出したデータチップを、フィリーオ兄様の手を取って渡した。
「カナルは?」
「カナルさんは山頂環境観測研の人事権をもつ政府首脳補佐官が出席されるパーティー会場へ向かいました。あと私達とカナルさんの行き先は、サバンナロークスにも連絡を入れてあります」
私はカナルと話した会話から作戦に関係のあることだけ話した。前世やカナルのループについての情報は、お兄様を混乱させるだけだからだ。
「……同時に3ヶ所を押さえるというなら、潜伏方法を変更しないとダメだな。できるだけ相手に気づかれないように仕留めていかないと」
お兄様はバイクにセットされたナビゲータパネルを操作し、表示された環境観測研周辺の地形データをグルリと回しながら、思案し始める。
「お兄様は……私が勝手に来たこと、何も聞かないのですか?」
「こうなる可能性はチョット考えていたから驚かないし、改めて聞く必要もない。まぁ、正直、ルナを侮っていたのは確かだ。トレーラーは入って来れないだろうから、バイクで連れて行かなければココには来れないだろうと思ってたんだ」
「では、私も連れていってくださいますか?」
「置いていったら、現場でまた会うことになるんだろ?」
「えぇ。私は、お兄様がムチャしないようにするための『御守り』だと自負していますから」
「そう言うと思ったよ」
お兄様はフッと笑ってナビゲータパネルから視線を私に移し、昔と変わらず前髪にキスをしてくれた。




