先回りと最短での再会
カナルが作ったダミーコードを受け取ると、お兄様の忘れ物一式とジンからの受け取ったデータスティックを手に、コンサートホールのヘリポートに向かった。
ロークスのヘリコプターは既に待機しており、静かな明け方の空気を切り裂く音を辺りに響かせていた。私が乗り込むと、すぐに明けの明星が浮かぶ空を飛び、一気に物資輸送用のヘリコプターが停まっているヘリポートに運ぶ。中継地のヘリポートに降りたロークスのヘリコプターから、その隣で待機状態となっている物資輸送用のヘリコプターに、なんとかスムーズに乗り換えることができた。
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「本当に、ここでいいのか? 迎えのヒトはいないようだが」
私を環境観測研のある山の七合目まで連れてきてくれたヒトが、物資輸送ヘリコプターの操縦席から顔を出し、心配してくれた。
「ええ、ありがとうございます。待ち合わせ場所は、この少し先で歩いていける距離なので、問題ないです」
「コチラは搬送地に来ただけだから、礼を言われるほどではないけどな。山は天候が変わりやすい。そこに山小屋もあるから、無理せず、気をつけて行けよ?」
「はい、お世話になりました」
私が歩き出すと、物資輸送のヘリコプターは次の場所へ行かなくてはイケナイらしく、飛び立っていってしまった。
――絶対に、お兄様と合流しないと!
お兄様は、すべての通信機器を置いていってしまったから、私を見つけてもらえる可能性は低い。お兄様をいつもココロのどこかで頼りにしていて、必ず私を見つけて手を差しのべてくれると信じていたから、安心して自由に動くことができていた。ここからは他力本願ではなく、自分でなんとかしなくてはならない。
――あれは……
冷たい空気と薄い霧が漂う登山道をゆっくり歩くと、山小屋のそばに見覚えのあるフォルムが浮かび上がった。
「やっぱり、お兄様のバイク!」
お兄様に会えるという期待が高まり、自然と早足になる。
――でも、お兄様は……?
バイクの近くにはいない。私はバックから取り出したナビゲータパネルをフィリーオ兄様のバイクにセットした。パネル画面が切り替わり、バイクと連動したことを示すメッセージが表示される。
――お兄様は、山小屋の中にいるのかもしれない
バイクをココに置いたままで山頂の環境観測研に行く可能性もあるため、山小屋の中を確認することにした。
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山小屋の扉付近で猟銃を持った二人とスレ違う。扉が閉まる前に体を滑り込ませ、誰にも気づかれないように山小屋内に静かに入った。閉まった扉の向こう側で「『何年か前に変わった』って突然言われてもなぁ。こんなに銃弾を買うのに苦労するとは……」と、先ほどスレ違った二人組の愚痴が聞こえてきた。
――銃弾を買うのに苦労?
どういうことなのか意味がわからない。
「あぁ、アレだ。この辺に環境調査の研究施設があるからだろ? やたらめったら動物を狩らないようにするためとかだろ」
「それにしても……その研究施設に購入者の個人情報を伝えるなんて手間がかかり過ぎて効率が悪い。なんのためのライセンスなんだか」
環境観測研が第三セクターになった時点で、それまでとは違う組織になっていると考えた方が良さそうだ。数年のうちに人員も入れ替えられて、人事権を持つ政府首脳補佐官により、目的を達成させるための要員が送り込まれているに違いない。扉の向こう側にいる二人の会話から、環境観測研の周辺施設である山小屋も例に漏れず警戒した方が良いことを知るができた。
――とりあえず、この山小屋の外部との通信手段を潰さないと
立っている場所から周りを見渡した。モジュラージャックからケーブルがカウンターに配線されている場所を見つけたので、そちらに移動した。
――お兄様!
移動した先からカウンターが見えて、山小屋の管理人らしきヒトと話すフィリーオ兄様の後ろ姿が視界に入った。
私は足元にあるケーブルをそっと足のカカトに引っ掛けた。山小屋の管理人が電話機に手を伸ばしたタイミングで、ピシッと思いっきりケーブルを足で引っ張り、無理矢理ジャックから引き抜いた後、その先端をパキッと踏み潰す。
「……つながらない? おかしいな、さっきまで通信できたのに」
管理人らしきヒトが首を傾げ、何回もガシャガシャと電話機を粗雑に扱う音が聞こえてきた。その音に紛れて、私は気配を消すように静かに元の扉近くの場所へと戻った。
間一髪で間に合った。お兄様の場合、バレてしまいそうになると、相手が一般人でなければ容赦なくワナにかける。そうなると、これからの行動が途端にスピード勝負になる。環境観測研に気づかれやすくなるし、ダミーコードプログラムの入れ換え作業が格段に難しくなってしまう。
「悪いな、この周辺では連絡を事前に入れないと弾は売れないルールになったんだ。点検してくるが、こんな風だと通信機器がいつ復帰するか分からねぇな。どうする?」
「いや、いい」
「そうか、悪いな」
必要最低限の言葉を交わし、こちらにお兄様が来た。
『余分なことをした』と、お兄様に叱られるかもしれない。もしくは、私の存在を無視して目の前を通りすぎていくことも考えられる。私達とロークスが巻き込まれないように、すべてを置き去りにしていったぐらいの覚悟なんだから。
私は駆け寄ることはせず、何も言わずに、やって来たフィリーオ兄様をジッとただ目で追った。案の定、お兄様は私の目の前を通りすぎていく。
――私を置いていくなら、別行動で行くまで
プログラムのダミーコードとの入れ換えをしなくてはイケナイのだから、環境観測研に私が行かないという選択肢はない。目を閉じて、そう決意する。と、ふいに私の腕が掴まれ、引き寄せられた。お兄様が扉に手をかけたまま、「助かった」と私の耳元で囁き、一緒に山小屋を出る。些細なことだけれども、それだけで私のココロは満たされた。




