セカイノハテ
どこから見ても廃墟にしか見えない煤けたバロック式の屋敷が旧街道の先にあった。屋敷を囲む塀沿いの道に入ると、まだ近づいていないにも関わらず、数メートル先の門が自動的に開いていった。
「おい! ここは違うだろ?」
ジンが車窓から顔を出し、訝しげに尋ねる。お兄様は一瞥して何もジンの質問には答えず、門の中へとバイクに乗ったまま入った。
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幽霊屋敷のような建物は、内部も全てバロック式だった。建物内は一階も二階も全て本棚が壁一面に埋め込まれている。そして、やはりココにも私達4人以外の人が誰もいない。テスは、あまりの静けさに怖がって、ずっとジンにしがみついて歩いている。
オーク材の螺旋階段を上がり、女神が天に向かって掲げる時計の前でお兄様が立ち止まる。その両側にある本棚をしばらく眺める。棚にはアルファベット順に本が並べられている。魚の専門書、イオン原子の専門書、科学書籍、そして、最後にラテン語で書かれた「テラ」という本を次々と手にすると、時計の台座に4冊の本を重ねて置いた。
「毎回、選ぶ本が変わるのは面倒ですね」
「あぁ」
4冊の本が示す単語は同じだけど、英語やフランス語、ラテン語など並べられている本が、その都度訪れるタイミングによって変わる。
本の重みで女神の時計の台座が押し下げられ、通路が現れた。お兄様を先頭に、その通路の先へ進む。やがて奥の方から大人数の賑やかなざわめきが聞こえてきた。
お兄様と私はインカムマイクをつけたまま、この屋敷に入ってきたため、どんなに賑やかであっても大丈夫だ。
「お兄様、柴藤の名義で情報収集します。ルーレットで左から二番目の席に座り、スターの形にベット、『狭き道を望む者、高みに導け』とディーラーに伝えてください」
「分かった」
カジノの入口への扉が開くと同時に、騒然とした人々の声が通路内に響く。それを利用して、私達はジンに聞こえないよう、小さな囁きに近い声でやり取りをした。
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迎えてくれたセクシーな制服を着た女性スタッフに案内され、直接エレベーターで個室に入った。白を基調とし、黒とこげ茶のインテリアで統一されていて、落ち着きのある部屋だった。
案内してくれた女性が、皮張りの契約書ホルダーに挟まれた紙を提示してきたので、目を通して『柴藤瑠梛』と漢字でサインをした。その下に代理人として、お兄様が自分の名前をサインする。続いてクレジットカードの提示を求められたので、プレートに『柴藤瑠梛』名義のカードを置いたところ、それを持って女性スタッフは部屋を出て行った。保証金とキャッシングの両方の手続きがあるため、それなりに待ち時間が発生する。
「お兄様」
「うん、行ってくる」
時間はあまりない。効率よく情報収集するため、お兄様は部屋を出て、人が賑わうカジノ場を通り抜けると、屋上へと続く階段を隠している深紅のカーテンの向こうへと消えた。あの階段の途中にある隠し部屋には武器屋があり、弾倉の補給が可能だ。そして、屋敷の外がよく見えるスポットも有している。
「おい! ココってどう考えてもカジノだろ? なんでこんな所に……」
今まで屋敷の不気味な雰囲気に圧されて何も話さなかったジンが、声を潜めて聞いてきた。
「『例の場所』の周辺の状況確認です。ココなら相手に気づかれることなく、安全に情報収集できる拠点となるので」
「本当かぁ?」
「信じないなら構いません。どうぞご自由に行動してください。ただ、報酬は返せませんので」
「えげつない奴だ」
ジンが呆れたように言って、ソファの背に背中を沈めた。そんなヒドイ会話をしていたにも関わらず、テスはコテンとジンの横で眠ってしまった。
――テス、こんな状況で寝られるなんて……
幸せそうな寝顔のテスを見て、テスはジンと一緒ならどこでも寝られるのかもしれない、と私は思った。




