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誘拐中の商談

 ――困った、早く帰る予定だったのに


 フリーウェイを走る車中、私の座っている後部座席にはテスがいる。しきりに嬉しそうに私に話しかけてくるテスとの会話を適当に相手をしながら、ボンヤリとそんな風に思っていた。



*****



 遊びに行ったショッピングモールは遊園地も併設されていて、アトラクションが建物内にあるため家族連れも多かった。そんなヒトが多い中、見つけてしまったのだ。たった一人でいるテスを。そして、ジンはいない。


 ――え!? なんでココに? 見間違い……ではなく?


 ――しかも元諜報員仲間から始末されようとされてる状況でテスを放置とか、どうなってるの!?


 外商のヒトと一緒にいた私は、それとなく近づいて、本当にテスなのか探りを入れることにした。


「こんにちは、テス」


「こんにちは……?」


 その子はヘニャーと、笑顔を私に見せながら手を振ったあと、「私が誰なのか」を思いだそうと、「うーん」と唸っている。


 ――やっぱり!


 ――テス……変装してるから私だって気づいてないのは分かるけど、


 ――それ以前に知らないヒトに名前を呼ばれても反応しちゃダメでしょ!?


 同じ5歳の他の子だって知っていると思われる常識が備わっていない、死亡フラグ一直線なテスを、とりあえず、こんな目立つ場所に立たせておくのはマズイので、外商のヒトに頼み、ラウンジへと移動した。移動中もジンがいる気配はなかった。ショッピングモールで保護しているので、スタッフに言えば、そこから話が繋がり、簡単にテスを安全にジンへ引き渡すことができるハズだ。



*****



 しばらくラウンジでテスの相手をしていると、ジンと連絡がついたと外商のヒトが教えてくれた。


「いやぁ、悪いね! いつの間にかはぐれて、迷子になっていたみたいだ。テス、いい子にしてたか?」


「うん!」


 とても軽い口調で少しも悪く思っていないようなジンの足に、喜んでまとわりつくテスはカワイイが、それとこれとは別問題だ。私がヒトコト「全然悪く思ってなさそうですね?」と、言いかけたが、それより早くジンがとんでもないことを言い出した。


「ロークスの嬢ちゃん、ついでにココの裏口から出られるよう、取り計らって貰えないか?」


「え?」


「な? 頼むよ! 家の周りの掃除も感謝してるし、コイツがいるから万全を期したい」


 ジンに足にくっついているテスの頭を撫でながら、胡散臭げに笑う。いかにも怪しげだが、このラウンジに居座られても困る。外商のヒトには、この二人が私の知り合いであることを知っているので、手荒な対応を取るのを躊躇するだろう。そもそも、このラウンジに来て待ったのが痛いミスだ。厄介なことに巻き込まれてしまった。


「……案内だけですよ?」


「あぁ、充分だ。助かる」



*****



 外商のヒトにジンの車のキーを預け、外商部専用の駐車場へ回してもらった。


「あぁ、ついでにテスをチャイルドシートに座らせるのもやってくれ」


 ジンが車のキーを受け取ると、車の扉を開けた。テスが車に乗り、シートの前で座らせてもらうのを待っている。


「ちょっと買い忘れたのがあるから、すぐ戻る」


「ええっ!?」


 ジンが言いたいことだけ勝手に言って建物内へと入って行ってしまった。


 ――ロークスのもの以外の車に近づかない、近づいてはイケナイ


 散々、言われていたことなのに、ジンがいないと勘違いした私は完全に油断した。車の中で、テスを抱き上げチャイルドシートに座らせていると、私が乗り込んだ対角線側の扉が開き、ジンが滑り込むように入ってきて、車を発進させた。開き放しの扉は運転席で操作できるらしく、いつの間にか閉まっていた。


 ――あ、誘拐された


 こうなっては期を見計らうしかない。テスの座ったシートをきちんとロックし、自分もシートベルトをした。


「ずいぶん落ち着いているな?」


「ええ、このショッピングモールから出るまでは案内するって話でしたから。それで? まさか昨日テスに教えた場所まで案内しろなんて言わないですよね?」


「いやぁ、その『まさか』だ。昨晩、キレイに家の周りを掃除してくれたもんだから、おかげでますます追われる身になっていて、安全に辿り着けそうにない」


「お兄様に『掃除』を頼むからですよ。自業自得です」


「その『お兄様』は、今日はいないのか?」


「その前に安全に『あの場所』まで行きたいなら、案内料とセキュリティ料ぐらい欲しいです」


「こんなときに交渉か!?」


「商談です。あくまで対等な立場となります。ちなみに報酬に関しては、お金や美術品など以外のものでお願いします」


「報酬が金品以外とは用心深いな……分かった。報酬は、これでどうだ?」


 ジンが片手でデータスティックを前面のボードに差し込み、手元のスイッチを指先でパチンと弾くと、ディスプレイが天井から出てきた。ブンッと電源が入る音がして、ピントのボケた『成体』らしきキメラの光の写真と、地形図、建物らしき内部の設計図が、パパパッと表示された。


「これは?」


「例の島とは別の場所で見つけた。どうする?」


「一部だけしか入っていないデータチップなんて価値がないです。全部頂けるなら」


「商談成立だ」


 ジンがスイッチを切り替え、ディスプレイを収納すると、スティックを抜いて、それを私に投げて寄越した。


「そこの道を右に入ってください。アベニューではなく、ルート1048で」


「分かった」


 ジンの返事と共にガクンと車体が揺さぶられる。


 ――運転が荒すぎる!!


 車酔いしないよう、ひたすら外の景色を見て気を紛らわした。


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