お兄様の決断
指定された場所で待っていると、5分も経たないうちにバイクに乗ったフィリーオ兄様が来た。お兄様の後ろに乗り、すぐに出発するかと思われたが違った。
「ルナ、さっき取り返したデータを確認するから」
お兄様にそう言われ、私はベルトポーチから取り出した2つのカードをカードホルダーごと渡した。バイクのナビゲーターパネルで、全ての抜き取られた情報があるかどうかの確認作業しているフィリーオ兄様に、「ジンを始末しようとなさっていた方々ですが……」と、森の吹き溜まりがある方を見ながら話しかけた。
「うん、しばらく動けないようになってるから大丈夫だよ」
「しばらくって、どのくらいですか?」
「……しばらくは、『しばらく』だよ?」
僅かな沈黙と明確な答えが返ってこなかった時点で察した。私達だけでなく、ジンとテスも余裕でココから脱出できるぐらいという意味だ。お兄様は「確認した」とカードホルダーにしまって、私に持っておくよう、ジンから取り返したデータカードを返してくれた。私達はカナルの今日の日程表を見た後、カナルのトレーラーのある場所へと向かった。
*****
カナルのトレーラーと合流したのは、真夜中だった。住居型トレーラーに入ると、気が抜けて睡魔に襲われた。私は、すぐにシャワーを浴びて部屋着に着替えると、寝る前に、お兄様の様子を見ようと、ベルベットソファのある2階へ行った。
お兄様はカナルと雑談しながら、取り返したデータをサバンナ・ロークスに転送していた。
「ルナ、寝る?」
「はい」
すぐに私がいることに気がつき、お兄様が話しかけてくれた。
「明日は調査に出ないから、ゆっくり休むといい」
「わかりました。お兄様も早く寝てくださいね?」
「あぁ」
お兄様の返事を聞いて3階にあるベッドに私が行こうとしたところ、「カナル、もう1つベッドを用意できる?」という声が聞こえた。
「ルナさん! 兄さんにナニをしたんですかっ!?」
――ええええぇっ! 私!? お兄様ではなく?
カナルがソファから立ち上がり、階段を昇る私を引き留める。濡れ衣を着せられた私は、お兄様がちゃんと否定して理由を話してくれると思っていた。しかし、一向に口を開かず、お兄様は知らないフリをして、データ整理の作業している。
――そういうつもりなら……
どうせ、こういうことについてカナルは私が何を言っても疑うに決まってる。不本意だけど、全面的に私が悪いことになるなら、二度とこういう状況をお兄様が起こす気にならないよう『嫌がらせ』をするまでだ。
「フフッ、カナルさんには秘密のイイコトです」
「ルナ!?」
「なんですか? お兄様」
お兄様が頭を抱え、カナルがタメ息をついてソファに乱暴に座り、深くシワを刻んだ眉間に手をあてている。
「兄さんのせいですよ?」
「あぁ」
「ルナさんが自信満々になるほど溺愛するから、思いっきり攻め込まれるんです」
「反省は……してる」
「兄さんは大人なんですから、シッカリしてくださいよ」
カナルは「まったく……」と、ソファから再び立ち上がり、私と階段でスレ違って、3階へと行ってしまった。
「お兄様、私と一緒に寝るのをやめるのですか?」
「うん、ルナも大きくなったからね。いつまでもっていうワケにはいかないかな」
お兄様の話は確かにそうかもしれないけれど、昨晩はあんなに添い寝禁止を拒否していたハズだ。1日で考えがこうも変わるには他に理由がある。
私は階段からフィリーオ兄様の隣へ来て、「『テスの家』で私が好きなときにキスをするって言ったからですか?」と、他の考えられる理由を口にした。しかし、お兄様は何も言わず、曖昧な何とも言えない微笑みを浮かべながら、私の髪を撫でるだけだった。
「嫌ですか?」
「……嫌ではないよ? ただ、さすがにベッドの中でキスはまずいから」
「しませんよ?」
「うん。ルナを信用していないワケじゃないけど……それでも、自分で状況をコントロールできないのは良くないからね」
「わかりました。お兄様がそう決めたのなら、そうします」
「ありがとう。ルナ、もう遅いし、疲れてるだろうから」
「はい……おやすみなさい、お兄様」
私に対して臆病なフィリーオ兄様は、私が小さい頃は上手く『そのこと』を隠していただけであって、基本的に変わってはいない。私が大きくなったから、それが理解できるようになった。
――お兄様が臆病になるほど私は愛されている
少し寂しくなったベッドでも、私は幸せな気分で眠りについた。




