テスの家からの脱出
「お兄様、いつまでも笑っているなら置いていきますよ?」
玄関の扉に手を伸ばしかけると、パスッパスッと空気を抜けたような音が窓側から聞こえる。聞いたことのある音だ。記憶を探り、防弾ガラスが弾丸を止めたときにする音ということが分かった。瞬時にフィリーオ兄様が無言で家の灯りを消し、扉近くにいる私の腕を掴んで体の位置を入れ替えた。
「お兄様?」
「しゃがんで、静かに。囲まれている」
「ジンのせいですか?」
「おそらく。家の周りの掃除を頼まれただろ?」
――ジンドゥル・ヒューム……厄介なことばかり!!
お兄様は、服から片方だけグリーンのパネルがついている小型のヘッドマウントディスプレイを取り出し、装着する。つまり、この暗視仕様のものをつけるということは、おそらくこれから銃撃戦になる予感がする。
「ルナはココを動かないように」
耳元で囁くお兄様に対し、無言で頷いた。お兄様は私の頭を撫でると、中腰で移動し、本棚に足を掛けて棚の上へと登ってしまった。天井をサッと片手で撫で、一部が少し持ち上がるのを確認すると、天井裏へと姿を消した。
――お兄様は一体何を?
天井裏なんて窓はない。あるのは、いくつかある換気口だけだ。
――まさか、換気口から!?
天井裏から銃声が何回も聞こえてくる。銃声はドンドン移動していき、私達がココに最初に来たときに隠れていた窓や玄関のない外壁だけの場所の方向へと追い詰めて行っているようだ。やがて一瞬の静けさが訪れ、窓ガラス越しに辺りが白色の光で覆われたのが分かった。窓から遠くの位置にいたから良かったけれど、窓の側に居て外を見ていたら、しばらく目が見えなくなっていたに違いない。
――あー、コレでジンを狙って家の周りにいた全員が、お兄様のトラップにハマったってワケね
「ルナ! バイクを取って来るから、ココから出て窓の下で待っててくれ」
「はい」
天井裏から本棚の上、続けて床へと着地すると、私にそう言って扉から出て行った。落ち着いたフィリーオ兄様の歩き方を見て、『全員動いていないのを確認済み』と察した。
「そろそろ私も行かないと」
足が少し痺れた。玄関の扉を開き、ゆっくりと『テスの家』の外壁沿いに窓の方へと歩いて行った。




