つかの間の休息
私とカナルが引き続き隣の島がよく見える場所へ先に進もうとしたところ、お兄様に「二人とも、サンプル整理と追加データを送るからココで休憩」と、呼び止められた。
お兄様から水の入った小さなペットボトルと軽いスナックを渡されたので、岩に這っている巨大な木の根に腰かける。
一息つきながら、なんとなくフィリーオ兄様を見ていたら、服から次々とスクリューキャップの小瓶が出てくる。中身は『細かい泡が含まれた液体』だったり、テストプラントで見た『小さなキメラの光のなりかけ』だったり、『何かを拭き取った不織布』とかが入っていた。
――あの短時間にテストプラントのデータ抜き出しだけじゃなく、サンプリングまで?
「お兄様、手際がいいですね」
私がフィリーオ兄様の手元を眺めながら言うと、「今回は量的に少ないから大して時間はかからないよ。それに、こういうことは時間勝負のことが多いから、長年やっていれば自然と手際は良くなる」とペンでビンに文字を書きながら、そう言った。端末でビンごとサンプルの外観の写真を撮り、サンプルの内容メモとかを打ち込んで、最後に梱包する。そんな作業を繰り返しているフィリーオ兄様を眺めているのも飽きてきた。そこで、私の隣り1メートルほど離れて遠慮がちに座っているカナルに「カナルさん、さっき使っていた道具は自作ですか?」と聞いてみる。
「そうです。ほとんどイリュージョンに使うものは自作するので、今回の道具は、そのひとつを応用して使いました」
「ほとんどですか?」
「はい、ボクのいる業界では当たり前です。『偉大なるイリュージョニストは、偉大なる発明家でもある』ってことです」
カナルの言葉に感心した。確かに一理ある。
「その『偉大なるイリュージョニストは、偉大なる発明家でもある』って言葉、著名人のどなたが言ったのですか?」
「今、ボクが思いついた言葉です」
「……それ、自画自賛っていうんです」
感心して損した気分になっていると、お兄様が「やめてくれ、手元が狂う」と、笑いを耐えるかのように声が震えている。作業に集中して私達の会話なんて聞いていないと思っていたけど、しっかり耳に入っているらしい。
「ところで……ルナさんは、あの軍事用ロボットのこと、よく見ただけで分かりましたね?」
「自社製品ですから。それに、あの特徴的なフォルムは何度もムービーで見た記憶が……」
最後の言葉を飲み込んで誤魔化したが遅かった。何度も見た記憶は、カナルの歴史書でなのだ。敵側ではなく、味方側の対キメラの戦闘時に使われ、迫力あるムービーだったので、私の中では強く印象に残ったのだが、カナルは忘れていたらしい。あからさまにカナルが「失敗した」という表情をしている。
――今のはカナルの質問が悪いせい!
気まずい沈黙の空気が流れ、お兄様の方をチラッと見ると目があった。
「そ、それにしても、なんで侵入者対策用のロボットしかいなかったのか不思議ですね? しかも通信機能が搭載されていないタイプなんて」
サッサと私は話題を変えると、「表に出せない実験だからね。限られた予算内でやるには、そんなにセキュリティを強化できなかったみたいだ。管理をする人間を置くほど人手もないし、実験の終わった用済みのテストプラントだと、アレが精一杯ってとこだな」と、お兄様が冷静かつ落ち着いた声で答えてくれた。
話題が変わったと安心していたら、手を休めずに作業しているお兄様が「それより」と、言い出した。
「二人とも表に出ることがない話をよく知っている。そういう情報を流してるのは、ロークスの人間からではないよな? ロークスの後継者となる幼い君たちをワザワザ巻き込むようなことをするとは思えない」
――話題が180度回転して戻っちゃったぁ!
私は「責任を持って、なんか答えろ」と、無言の目ヂカラでカナルを訴えたが、カナルは「ムリです」と言うように、フルフルと小刻みに青ざめた顔を横に振る。
――なぜフィリーオ兄様のことになると、ヘタレになるのよ!
ココロの中で悪態をつきながら、切り抜ける方法を考える。
「お兄様、ココでは話せないですよ? 少し前に『誰が聞いているか分かりない場所では自分の手の内は話さない方がいい』と教えて貰いました」
ニッコリと穏やかに言うと、お兄様は虚をつかれたように黙り、それから「そうだね」と、神々しい笑顔を浮かべた。
――怖い、怖すぎる! しかも、先伸ばしにしかできなかった!
カナルは安堵したのか、一気に水を飲み干し、フーっと一息ついている。お兄様の「あとで尋問だな」という意味を含む恐怖の笑顔が見えていないらしい。
――お兄様の尋問には、絶対にカナルも巻き込んでやる!
そうココロに決めた。




