キメラ研究へのフラグ グリフォンα
『ケンタウロスフラグ』が一段落して数日後の夕方――
自室にある猫脚の白いガラス板の丸テーブルに置いたノートを目の前に、私はホラグロRPG『フルフルちだまり☆』のフィリーオの実験メモの記憶を思いだそうとして、唸っていた。
ノートには、『ペガサス』と『ケンタウロス』しか書いていない。
――他にもキメラはいたのに、思い出せない……
やはり何かキッカケがないと前世の記憶は降りてこないらしい。ゲームで敵対するキメラは何種類かの系統に分類できる。系統の数や具体的なキメラの名前がハッキリ思い出せればいいが、その部分の記憶に霞がかかっていて、モヤモヤしている状態だ。
私は、ため息をついてノートをパタンと閉じた。それと同時にドアのノック音がした。
「琉梛お嬢様、旦那様と奥様がお呼びです」
お手伝いの佐藤さんに言われ、「わかりました」と頷き、リビングに向かった。
――きっと、またココを離れて、違う場所で暮らすっていう話ね
――お兄様と頻繁に会えなくなるけど、時間を作って私が会いに行けばいいんだけだわ
――今までだって、そうしてきたんだから、淋しくない
私は、お父様とお母様に内心を悟らせないよう、笑顔で「話とは、なんですか?」と尋ねながらソファに座った。
「琉梛、悪いが1週間後に引っ越すことになったんだ」
「今度は琉梛の好きな動物が、たくさんいるところよ!」
生活拠点を頻繁に変えるため、お父様とお母様は私に気を使い、少しでも馴染める場所を選んでくれる。
「それは楽しみです、どんな動物でしょう」
「ライオンやヒョウよ? 動物園に行かなくても、家の窓から見られるわ」
「…………」
私の質問に、お母様から斜め上な答えが返ってきた。
――私、ネコが好きって言った覚えはあるけど
――ライオンとヒョウはネコじゃないよね!?
一瞬、半眼になったが、心の声を漏らすことなく、ニッコリ笑顔を顔に固定したまま両親の話を聞いた。
*****
――フィリーオ兄様に会って、話がしたい
そう思って、お兄様の学校内のいつものカフェテリアに行くと、すでにお兄様がいた。
「今日は早く講義が終わったんですね?」
「うん、今日からテスト期間に入ったからね」
優雅にコーヒーを飲むお兄様の姿は絵になる。見とれつつ、私は向かい側の椅子に座った。
「そういえば、テスト期間が終わったら、仲間内で野鳥を見に行く話があるんだけど、ルナも一緒に行かないか?」
「……いえ、それが」
私が口ごもると、お兄様はじっと私の様子を見て、表情を曇らせた。
「引っ越すんだ」
「……はい、でも行く場所によっては同行できます!」
「うん、でもまた今みたいに気軽には会えなくなるね」
「はい」
「じゃあ、行き先はルナの引っ越し先に合わせようか」
「いいのですか?」
「ああ、今回の企画は自分だからね」
――嬉しい!!
お兄様の言葉に喜んでいると、お兄様の背後に大きな機材が入ったカバンを肩から下げた男女が立っていた。「よぉ!」と、男の人が、お兄様に声をかけてくる。
「被写体の話はナシだから」
顔を合わるなり、お兄様は無表情で言う。
「恩人に対し、その態度はないんじゃないか?」
かなり肩幅がガッチリして、黒く日焼けした人だ。声も低く、ワイルドな雰囲気で、お兄様とは方向性が違うけど、間違いなくカッコいい。
「恩人ですか?」
「そう、この間、預かりものをしてさ。まぁ、男同士のヒミツだ!」
「……そうですか」
ヒミツと言われしまったら、それ以上聞けないので諦める。
――それにしても、重そうなカバン
じっと二人のカバンに視線を釘づけにしていたら、お兄様が「カメラとレンズが入ってるんだよ」と教えてくれた。
「写真を撮るんですか?」
「ええ、主に人や動物のね!」
今度は、サラサラのボブヘアーのカワイイ女の人が教えてくれる。
「…………」
写真資料を確か『フルフルちだまり☆』のフィリーオの実験メモで見た覚えがあった。
――雲ひとつない青空に旋回している鷲
――そして
――その写真に重なるようなアングルで撮られたライオン
「……グリフォンフラグ」
私の小さな呟きは、カフェテリア内の喧騒によって消された。