甦るLISSの記憶
お兄様と乗った車両は、特殊だった。外からは見えない防弾ガラスの窓だし、一般車両と違うステルス形状のうえ、ステルス・キラーのレーダーも搭載されている。まるで危険地帯に赴く要人に対する厳戒体制と同じ仕様だ。
私達の特殊車両は、すぐに地下道へと入った。車両ごとスキャンされるハズのゲートをいくつか通ったが、「特殊コード、受信。スキャンシステム解除」というアナウンスと共に次々開いていく。
――思ったとおり
――対象者がお兄様だと、セキュリティはあってないようなものね
車の中では、お兄様と私の二人きりだったが、ずっと無言の時間が続いた。やがて広く明かりが最低限しかないコンクリートに囲まれた空間に入ると、停車した。「着いたよ」とだけ言ったっきり、何も言わないフィリーオ兄様に車から降ろしてもらった。
――お兄様の様子が変、なぜ?
ピリピリとした緊張感がある。
「こっちだ」
お兄様の声に頷き、後ろにピタリとついた。この場所に防犯カメラがあるのは想定済みだ。いつもなら防犯カメラに映る範囲を歩き、死角になる場所は近づかないよう意識して行動する。しかし、今はまったく逆の行動をとった。
地下からの入口は狭く、ヒト2人がギリギリすれ違うことができる程度だ。お兄様が扉の前のパネルを開き、キーナンバーを打ち込んだあと、IDカードをかざした。私達2人以外にヒトの気配はない。
「フィリーオ・ロークスさん、そのまま通過してください」
ゲートと同じ音声アナウンスが流れた。だが、お兄様は立ち止まったまま先へ進まない。
「お兄様?」
私が小声で尋ねると、「……あぁ、悪い」とだけ言った。さっきから、何か考え事をしているようで、お兄様は必要最低限の言葉しか口にしない。
「客人がいる」
「何名ですか?」
「1人だ」
「了解です。通過人数2名に変更。そのまま通過してください」
お兄様のおかげで、建物内に入るための最後のセキュリティもチェックがないまま入ることができた。
――生体データでのチェックは一切なし
――そして、必要最低限のチェック
おじ様がフィリーオ兄様に頼んだのは、煩わしいセキュリティチェックがなく、短時間で用事が済むという理由からなのかと思った。しかし、そうではないことに気がつく。
「ここは……」
エアーシャワーの前室、その奥にある紫外線ランプが光る薄暗い部屋、扉を挟んでまっすぐ長く続く廊下には、定間隔で配置されている扉があり、その扉にはドアノブではなく、特徴的な形状の密閉式レバーハンドルがついていた。
雪崩れ込む記憶にふらつき、とっさにフィリーオ兄様の服の裾を掴んだ。
――そう、ここはキメラ研究の基幹研究施設
――お兄様が人生最期にいた場所!
ボロボロの廃墟になってないから気がつかなかった。私がよく知っている施設の外観は、半分崩れていて、配管が壊れたままの状態で水が吹き出し、湖のようなものが建物の手前にできていた。
――お兄様をここにいつまでも滞在させるわけにはいかない
おじ様の用事は、お兄様ではなく他のヒトに任せた方がいいだろう。しかし、お兄様の代わりとなる人物の心当たりはない。
「ルナ?」
お兄様の声でハッと気がついた、『私がいる!』と。
「なんでもないです、お兄様。急に暗い部屋に入ったので、少し怖くなったのです」
俯きながらそう言った私の頭を、お兄様はクスリと笑いながら撫でてくれた。
「お兄様、行きましょう」
絶対に失いたくない温もりを感じながら、立ち止まらず、私は前に進むことを決めた。




