船上での「いとこ会」
明日は一日中サロンとラウンジでテーブルマジックをし、明後日には船を降りてしまうカナルと話したかった私達は、泊まっているロイヤルスイートキャビンに招待し、急遽小さな『いとこ会』を開くことになった。
――できるだけカナルから情報を引き出さなければ!
気合いを入れ、ソファに座るカナルと対面する位置に私も座った。
「ルナさんは、フィリーオ兄さんと仲がいいのですね」
先手を打たれた。会話の主導権を握れなかったのが悔しい。そもそも巧みなトークで観客を引き寄せ、ネタがなんであるか分からないよう、人を欺くのを生業とするプロに対し、会話で挑むこと自体、無謀かもしれない。
「ええ、お兄様と私は相思相愛ですから」
「へ!?」
カナルが「何を言ってるんですか」とでも言いたげな表情をしている。
「ルナさんの思い込みで、実は一方的な片思いってことではなく……?」
「失礼です! 馬に蹴られてみますか?」
「あ、いえ。すみません」
私とカナルの会話を聞いて、フィリーオ兄様は笑いを噛み殺しているかのようだが、背けた体がプルプル震えている。
「お兄様も笑ってないで、ちゃんと言ってください」
「……ごめん。今、まともに話せない」
なぜ、そんなに笑いのツボに入ってしまったのか不明だが、たいへん不本意だ。このままでは、私が一方的にフィリーオ兄様にまとわりついてる痛々しい子だと、カナルに誤解を与えてしまう。
「とにかく、フィリーオ兄様と一番仲が良いのは、誰がなんと言おうと私ですから」
ムッと頬を膨らませて宣言すると、ますますフィリーオ兄様は「ルナ、カワイイ」とか言いながら、笑いの渦にハマってしまった。
――もういい、お兄様は放っておこう……あてにならない
「そうですか……そういえば、お二人の他にも一緒に旅をされてる方がいるのですか? ショーのとき、フィリーオ兄さんの隣に座ってたようですが」
「桐谷さんと奈月さんのことですか? フィリーオ兄様のオトモダチですよ」
「恋人ではなく?」
――ヒドイ! しつこく疑うのは、なんで!?
そんなに私がフィリーオ兄様の恋人に相応しくないと思っているなら、失礼きわまりない。「違います!」と、むきになって力強く否定した。
お兄様は、とうとう耐えられず、声に出して笑い始めた。ダメだ。本当にあてにならない。
「すみません。もう、その話はルナさんにとって地雷ってことがわかりましたので、これ以上は言わないです」
カナルは、私の不機嫌ぶりを見て、アッサリと話題を変えた。
「ところで画家のナギラさんと話したのですが、フィリーオ兄さんと知り合いなんですよね?」
「あぁ、そうだね。ルナのことで御世話になったけど」
声に出して笑ったのが良かったのか、ひとしきり笑ったフィリーオ兄様は、スッキリと落ち着いてカナルの質問に答えた。
「親しくないんですか?」
「僕はね。ルナの方が親しいんじゃないかな」
「えぇ、ナギラさんとは友人になりましたけど……何かありました?」
「今度のマジックショーで使う絵を彼女に依頼をしようかと思ってたので、依頼を受けて貰えるような方かどうか知りたいんですよ」
「そうですか。彼女のアトリエで50号のサイズの人物画を見たことがあるので、人物画なら依頼を受けて貰えると思いますよ?」
「良い情報をありがとうございます」
カナルは御礼を言うと、「そろそろ明日の準備もあるので」と、ソファを立った。すると、お兄様が「このままだとルナの機嫌を損ねるから」と前置きをし、「ルナが言ってたことは本当だよ。一方的な片思いや、思い込みではないから」と、カナルに言ってくれた。
「……まさか、本当なんですね? 今回は今までと違いすぎて驚いてます」
「それはルナに誤解を与えるから、やめてくれないか? いろいろと噂をされてるかもしれないけど、今までもルナしかいないから」
「あぁ、すみません。そういう意味ではないです」
カナルは焦ったように否定した。それにしても、失言が多すぎる気がする。そんなに私がフィリーオ兄様の相手であることに驚くことなのだろうか?
気になることは、それだけじゃない。
――カナルが持っていた『片眼鏡の分散レンズ』
――明らかにキメラの存在を認識している行動
――それに、お兄様の恋人が誰なのかを気にしているし
――「今回は」という意味……
そう、確かにカナルは『今回は』と言った。
もしもカナルが転生者だとすると、何回か同じ歴史を繰り返し、必ず、ある起点で転生している可能性がある。そして、カナルは、その何度も繰り返される時の中で「お兄様の恋人を何回か見たことがある」という意味になる。
キャビンのドアまで、カナルを見送るときに、試しに「今までの恋人は、全員大人ですか?」と小声で聞いてみた。
カナルは、一瞬、目を大きく見開き、無言で頷く。
「……その話は次の機会に」
そう私に言い残し、カナルは去っていった。




