カンナルのステージショー
ディナーはダイニングで、桐谷さんや奈月さんと一緒に食事した。その後、昼間に選んだフォーマルドレスに着替えて、フィリーオ兄様と共にシアターへ向かった。
座席に座り、しばらく経つと、流れていた音楽のボリュームが落ち、シアター内も薄暗くなった。正面の舞台の幕が上がり、ライトが舞台の両端から中央へスゥーっと移動するが、誰もいない。
そのまま客席の中央にある通路へと移動するライトを、観客達の視線が追う。そこには、私の身長と同じぐらいの仮面をつけた少年が立っていた。
燕尾服と黒のシルクハット、それにヴェネチア仮面のペスト医師に似た形のマスクで口元より上の顔半分を覆い、目の部分はスチームパンク風な銅色のゴーグルをしている――何ともオカシな格好だった。
――この子が、世界最年少のイリュージョニスト『カンナル』
観客席の通路に現れたカンナルは 、舞台に向かって歩きだすが、まるで透明な階段を昇るかのように、前に進む度に地面から足が離れていった。そして、客席の上を空中散歩をしながら、舞台の中央に着くとクルリと体を反転させ、高鳴るテーマミュージックと共に、ゆっくりと女性アシスタント2人のいるステージに降り立つ。客席から拍手と、どよめきが上がった。
――スゴイ! 本当に私と同じ年!?
拍手をすることも忘れ、カンナルを見ている私の顎を、隣に座っていたフィリーオ兄様がスッと持ち上げた。驚きすぎて、無意識に口が開きっぱなしだったようだ。
「あ……お兄様、ありがとうございます」
お兄様は一瞬だけ微笑を浮かべ、そっと私の右手を握り、視線をステージに戻した。
*****
カンナルのショーは、不思議で幻想的なものだった。常にステージには、星と月が空間に浮かんでいる。よくイリュージョンマジックで見る「人体切り離し」や「瞬間移動」も観客席を含むシアター全体を使っているため、不思議さが増した。
「では、ここで何人かの方にアシスタントになっていただきましょうか」
カンナル自らのアナウンスにより、次は「観客参加型のマジック」であることを告げられる。アシスタントの女性がステージから降り、カンナルが指名した観客を次々ステージへと誘導していく。
私は「関係ない」と、その様子を眺めていると、いつの間にかカンナルのアシスタントが私の側に立ち、「ステージに上がっていただけますか?」と声をかけられた。お兄様を見ると、「せっかくだから、行っておいで」と、繋いでいた手を持ち上げ、私を立たせた。
「では、こちらへ。お足元、段差がありますのでご注意下さい」
なんだか分からないうちにステージに上がってしまった。
――恥ずかしい!
観客席を見ると、お兄様が小さく手を振っている。
カンナルによってステージに招待された観客は、老若男女バランスがとれたメンバー構成だった。カンナルは、舞台に上がった人達と握手をしながら一言ずつ話しかけていく。
「ようこそ、ルナ嬢」
――え!?
カンナルはアッサリと私と握手し、もう隣の人に話しかけている。聞き返したかったが、タイミングを逃してしまった。
――カンナルのショーを観るのは初めてなのに、どこかで会ったこと……ある?
「では、皆さんに手伝っていただくのは……」
そうカンナルが言いかけた時、カンナルの足元から七色に煌めくフワフワとした球体が浮かんできた。
――なんで!?
キメラの光だ。観客は、演出だと思っているに違いない。これがそうじゃないことを知っているのは、私とカンナルとステージスタッフだけだ。
――大失態! バルドーヴィストリーのダイヤは部屋に置いてきてしまった
――今からキャビンに行っても間に合わない……
どうしよう
焦りながら考えていると、カンナルのマスクの下で密かに口元がニヤリと口角が上がるのが見えた。
――!?




