ヴィラリゾートからの脱出
チョーカーは私にピッタリで、好みのデザインだ。何よりフィリーオ兄様からのプレゼントであることが嬉しく、鏡の前でウットリと自分の世界に入っていた。
「ルナ、気に入ってくれたのは嬉しいけど、そろそろ船に戻るから準備しないと。朝食も食べないといけないから」
――そうだった!
早朝の様子だと、ジンやスタッフは信用できない。フィリーオ兄様の体をスキャンされないように、こちらも対策が必要だ。このリゾートを出るまで油断できない。
この客室は大丈夫かもしれないが、リムジンに仕掛けてくる可能性は考えられる。
「お兄様、プライベートビーチからテンダーボートは出せませんか?」
「なんで? 陸路の移動だと何か不都合でも?」
「少し疲れが出てしまって……、その……朝早く起きてしまって寝不足のみたいです。ごめんなさい」
「顔色は良さそうだったから、気づかなかった。食べられそうにないか?」
「今は……とても食欲がないです……。ボートの方が移動時間が少ないので、ダメでしょうか?」
「いや、ダメではないけど……ちょっと待ってて、二人に話してくる」
成り行きとは言え、仮病を使ってしまった。しかも、朝食抜きだ。早朝から起きていたから、かなり堪える。しかし、フィリーオ兄様を守るために、一食ぐらいは涙を飲んで諦めよう。
「はぁ……おなか、すきました」
グッタリと脱力した。
*****
私とフィリーオ兄様だけ、桐谷さん達とは別行動で、先にヴィラのプライベートビーチからテンダーボートで大型客船が停泊している港へ直接行くことになった。
ホテルスタッフの滞在する小屋と反対側にある場所に、小型ボートやヨットに乗り降りするための桟橋がある。今、私達四人は、そこにいた。
「じゃあ、悪いけど、後で。ルナ、行くよ?」
「はい、お兄様」
私が桐谷さんと奈月さんに挨拶し、波で揺れるボートにフィリーオ兄様の差し出された手を掴んで乗り込んだ。「また後でな!」と桐谷さん達が手を振る。
ボートは、エンジン音をビーチに響かせ、波しぶきをあげながら水面を滑らかに移動し始めた。
桐谷さんと奈月さんに手を振りながら、視線はヴィラの私達が滞在していた客室へ向ける。
5メーター先の道沿いのカーブよりリムジンの一部が見えた。
「すみません、もう少しスピードを速くしていただけませんか?」
焦りながらロークスの船舶スタッフに注文をつけた。
「わかりました」
エンジンの回転数が更に上がり、聞こえてくる音が変わる。みるみるビーチの桟橋から離れていき、桐谷さん達の姿が小さくなっていった。
安心したところで、お兄様が座っている隣の席へ移動した。
「お兄様」
私がフィリーオ兄様の体に身を寄せると、私の肩を抱き、「具合が悪いなら、僕にもたれていていいよ」と言ってくれたので、素直に甘える。
――良かった、お兄様をジンの目に触れずに脱出することができて
――疲れた……
ゆっくりと瞼を閉じた。
気が緩んだせいなのか、波しぶきの音を聴いているうちに、いつの間にか眠ってしまった。




