キメラ研究へのフラグ ペガサスβ
今日こそは失敗できない。気合いを入れた私は、いよいよフィリーオ兄様の部屋へと寮の中を早足で進む。フィリーオ兄様の知り合いに呼び止められ、時間ロスとなるのは避けたい。
「ルナ、そんなに急がなくても時間はあるよ?」
「ええ、でも『独り暮らし』や『寮生活』というものが、どういうものか早く知りたいです。憧れですから」
「普通だよ」
クスクス笑いながら先を急ぐ私の後ろをゆったりとお兄様が歩く。身長差があるため、お兄様の歩幅からすると今の歩行速度がちょうどいいようだ。
「ここが、お兄様の部屋なのですね!」
「言っておくけど、普通だからね? 期待するような物はないから」
「え?」
部屋の扉の前に立ち、期待が膨らむ私を牽制する。
もしかして、私が見学に来ることが決まった時点で、既に私に見られてはイケナイ物――キメラ研究に繋がる物を全て隠してしまったということなのか。それなら仕方がない。発掘するまでだ。
重要人物の部屋を隅々まで漁るのは、アドベンチャーRPGの鉄則です!
「どうぞ」
お兄様に促されて、初めて学生寮の部屋に入る。
独り部屋なのに、想像したよりも狭い。たぶん天井ギリギリまである大きな本棚と、備えつけのベッド、そして勉強机がスペースを圧迫しているせいだ。
――これは……探すのに一苦労しそう
しかし、私にはヒミツ道具があるので心配ない。あとは、プランBを実行するだけだ。
「フィリーオ兄様……、私、お兄様のご友人に配る予定のプレゼントを家族室にウッカリ忘れてきてしまいました」
「ココで大人しく待っててくれるなら、僕が取りに行こうか?」
――うっ! お兄様、鋭い……さっきから牽制されてばかり
「お願いします、私が寝ていたベッドの上にあります」
「わかった」
お兄様を無事に部屋から追い出し、一人になった私は、早速大きなトートバックから折り畳み式の踏み台を取り出した。この為だけに、外国の友人に頼んで代理購入してもらい、ワザワザ送ってもらったのだ。
お兄様が戻ってくるまでなので、時間があまりない。私は折り畳み式踏み台を使って、天井に近い所から順番に調べ始めた。
*****
「ない……キメラに繋がる物がない」
ホラグロRPG『フルフルちだまり☆』のフィリーオの実験メモには、学生時代の研究が始まる少し前にキッカケがあったらしいことが書かれていた。ちょうど今ぐらいの筈だから、既に部屋に資料があってもおかしくない。
「怪しいのは……あの未開封のショップマークの段ボール」
キッチリとテープで封がされているため、少しでもイジルとお兄様にバレてしまう。
「あと、お兄様のご友人の部屋ね……」
私は、探索をやめて踏み台をトートバックに仕舞った。なかなか一筋縄ではいかない。
ガチャっとドアが開き、「ルナ、これだよね?」とお兄様が大きな紙袋を私に見せた。
「はい、そうです! ありがとうございます」
お礼を言うと、続けて息を深く吸って覚悟を決める。こうなったら直接本人に聞く。
聞き取りによる情報収集もアドベンチャーRPGの基本です!
「お兄様、この部屋から別の場所に移した物はないですか? 例えば、お友達の部屋とかに」
「……ないよ?」
私の質問に神々しい笑顔で返事をするお兄様から『目に見えない圧力』を感じる。これ以上、質問するのは難しくなってしまった。
「それより、ルナにプレゼントがあるんだ」
フィリーオ兄様は話題を変え、先程私が怪しんでいた未開封のショップマークの入った段ボールを机の上に置き、開封した。中からクッション材に埋まったプレゼントボックスを取りだして、私に手渡す。
「これは……」
「開けてみて」
お兄様の言葉に従い、丁寧に開封した。
――!
「ペ、ペガサス……」
プレゼントは、どこまでも透き通ったクリスタル製の『羽を拡げたペガサス』だった。
「この前、これを気に入ってたみたいだから」
顔からサァっと血の気が引いていくのが自分でも分かる。
「ルナ?」
「い、いえ……ありがとうございます……」
「もしかして、違ったかな? その後ろにあった油絵の方だった?」
「え、ええ」
取り敢えず、『ペガサス』という単語から逃れたいがために返事をする。
「そっちだったか、あのペガサスの油絵も好きそうだなって思ったんだ」
「い、いえ! 違います!! ペガサスの油絵はイラナイです!」
『ペガサス』フラグ、手強すぎる!
「お兄様は……ペガサスが大好きなんですか?」
恐る恐る聞くと、「いや」と否定された。
「ペガサスが大好きなのは、ルナだろ?」
驚きのあまり、声が出なかった。
――私のせい?
そんなハズはない。そもそも琉梛・ロークスは、『フルフルちだまり☆』に出てこない。フィリーオに関わる情報にも、そういう人物はいない。
取り敢えず、お兄様の部屋からキメラ繋がりの物を排除することはできたけれど、まったく安心できなかった。
自分の手にあるペガサスのガラス細工に視線をおとした。