◇29 島からの脱出2
カナルは張り終わると、フィリーオ兄様に鋼糸の構造物のチェックをしてもらう。
「大丈夫そうだな。いっきに崩すから、2人とも後ろに下がって。粉塵を吸わないように準備してくれ」
お兄様にそう言われ、私とカナルは頷いた。お兄様からさらに5メーターほど離れた奥へ行くよう、場所を指定された。
「ルナ、インカムはあるか?」
「はい、あります」
変装用で頭に被っているダークブロンドの髪を指で除け、お母様から譲り受けたインカムが耳に装着しているのをお兄様に見せた。
「じゃあ、僕が先にココから出る。何もなければ君たちを引き上げるけど、もしそうならなかったら、頃合いを見てルナがサバンナ・ロークスに連絡を入れるように」
雑貨店で悲鳴をあげた女性の様子から、ホーラ・アルカードは姿を変え、肉体的に若返らせてココへやって来たに違いない。どういう攻撃を仕掛けてくるかわからない。
お兄様の指示からわかったこと――それは攻撃されることを想定した作戦だということだ。天井をこちらのタイミングで崩して先制攻撃し、お兄様は単独で戦線を押し返すつもりらしい。最悪の事態も考え、私達を逃がしてロークスに応援要請するための突破口を開こうとしている。
「はい」
お兄様が撃ち抜く位置でピタリと銃を固定した。
「2人とも耳をふさげ」
耳を両手で塞いでも、響く銃声の音は大きい。早撃ちで10秒もしないうちに、天井の中心部からガラガラと崩れた。粉塵が舞い上がり、白い煙となって視界を奪う。
灰色の砂状の埃が床に積もり、崩れて瓦礫となったタイルは鋼糸の防護ネットの中に全て入っていた。雪崩を起こして出入口がなくなってしまうことはなさそうだ。そして、粉塵の中にいたお兄様は、そこにいなかった。
******
「ホーラ・アルカードがいない。脱出する」
お兄様がポッカリと穴の空いた天井からワイヤーロープを垂らすと、飛び降りて私達を迎えに来てくれた。
「いない? 妙ですね。てっきりボク達を追いかけて行動を阻止するか、殺しに来ると思っていたんですが」
「ああ。そう思ったが、それらしき関係者やトラップがない」
何かおかしいと思いつつ、お兄様のもとへ駆け寄った。ワイヤーロープが垂れ下がるモザイクタイルの天井があった空間を見上げると、アーチにぶら下がっている鐘が見えた。鏡のように鐘の中に瓦礫の山が映っている。その中に……あるものを見つけてしまい、息を飲む。
声が出ない。目は鐘の中に向けたまま、お兄様の腕を引っ張った。
「そこにいたのか、ホーラ・アルカード」
お兄様も私の視線の先にある、瓦礫に埋まった『その者』を見つけた。崩れた瓦礫を掻き分けるように、ボロボロと瓦礫を崩しながら防護ネット中を移動する生物。首や腕や足は変な方向に曲がり、人間の体をなしていない。本当の生物ならば、こんなに潰れた状態で動けるはずがない。それほど酷い有り様だった。
潰れて歪んだ頭部が瓦礫の中から姿を現した。ここまでになってしまったら、器としてはおそらくもう使えないだろう。あとは、器の中身を始末するだけだ。でも、なぜホーラ・アルカードはこんな初歩的なミスをしているのか疑問だ。始末する前に情報を聞き出したい。
息を吸って一呼吸した私は、「地下へ繋がる入口の上に立つなんて、子供でも危ないとわかります。驚くほどマヌケですね、ホーラ・アルカードさん」と、煽るような言い方をして相手の反応を見た。
「私は『時の番人』として役割を果たしただけだ。時を操る術の全てを知っている私がマヌケかどうか……これから起きることが証明してくれる」
「時の番人? 時を操る術……? 術師か何かなのですか? 何も起こらないようですけど」
「術師じゃなくとも知識はある。封印は解かれた。そのうち事は起きる」
自信ありげに確信を持って私に言うホーラ・アルカードと、回りに散らばっている崩れたモザイクタイルの欠片を見て、カナルが「そうか……」と何かに気づいた。
「崩れたモザイクタイルの模様が開く前の模様と違う。これは古術祈祷式の紋印です。あの鐘が鳴り終わるとモザイクタイルがいったん開き、組み替えられて紋印となり、それを破壊すれば封印が解除される」
「なぜ術を知っている!? 術師の血が流れる者は全て皆殺しに……」
ホーラ・アルカードの言葉は最後まで続かず、断末魔が響く。
――え?
左の眼球に対キメラに有効なあの液体が入ったダーツ状の容器が突き刺さっていた。
「知る必要はない」
そう言い放つお兄様を睨みながら、ホーラ・アルカードは息絶え、砂となって崩れ落ちた。




