◇15 誤解と謝罪
「すぐに君たちも帰ってくれないか」
ホーラ・アルカードが出て行き、さらに静かになった部屋に響いた。「勝手なことをしてごめんなさい」と謝罪の言葉を発しようとしたら、怒りを抑えた低い声で遮られてしまった。冷たい視線で私を一瞥し、リネアのお父様も部屋から出て行った。
怒らせるようなことをしたのは分かってる。でも、『すぐに帰れ』なんて言われて釈明や弁解の余地もなく、謝罪すらさせて貰えないとは思っていなかった。今までそういうことはなかったから、謝罪のチャンスを与えてくれることは当たり前だと勘違いしていた。お兄様や私の周りの人達に甘えていたことに気がつく。
「ルナ」
怒りを受け、俯く私の指先からお兄様がリネアのリングをスルリと外してくれた。それからリネアのお母様に渡す。
「他人がどうこう言うべきことではないと思いますが、ご自分が納得するまでご主人とよく話し合われた方がいいですよ。大切な物なら特に。一度手放したら、取り戻すのに必要な時間やエネルギーは得たときの倍以上かかる。二度と返って来ないかもしれない」
お兄様が実体験のように話している。それは私がリネアのお母様に伝えて欲しかったことでもある。けれど、私にはまるで遠くの彼方で聞いているみたいに聞こえた。気持ちが伴わず、寄り添えない。
「ありがとうございます」
リネアのお母様がギュッとリングを握りしめた。
「礼なら彼女に」
「そうね……悪者にしてしまってごめんなさいね。きちんと主人と話すわ」
私に謝ってくれたけれども声が出ない。今の私には、ただ頷くことだけが精一杯だ。
「そうしてください。あと、聞きたいことがあるんですが」
「なんでしょう?」
「その指輪ですが、他の物と一緒に保管されていませんでしたか?」
「他の物? 病院のヒトから『勇気の出るお守り』を貰ったって、リネアが私に見せてくれたときには、手作りの小さな布の袋に入っていただけよ」
「その袋は?」
「え? ……ええ、ココにあります」
戸惑いがちにリネアのお母様はチェストから白い布の小袋を取り出した。
「指輪を袋に入れてください」
お兄様の指示通りにリネアのリングを袋に入れて、袋の口を閉じた。リングの入った白い袋がリネアのお母様の手にあるのを見ると、お兄様は窓辺にあるプレーンシェードの紐を引く。部屋に入る光が弱まり、薄暗くなった。リネアのお母様の手のひらを囲むように両手をかぶせた。
「覗いてみてください」
「……これは何?」
お兄様に促され、中を見たリネアのお母様が驚きの声をあげた。
「指輪が光を吸収して、ある波長の光だけを発するようにできている。その波長の光を袋に照射したときだけ反応する特殊なインクで袋に書かれているから、メッセージが浮かび上がる」
「メッセージ? 短い線しか書かれていないわ」
お兄様に疑問をぶつけるリネアのお母様が首を傾げる。
「失礼。ボクにも見せてください」
カナルがお兄様の両手の隙間から覗きこむと、「ルナさん! アリマス医院長から貰った物、持ってますか?」と聞く。
「ええ、持ってます」
「コレ、見てください」
カナルに言われ、私も覗きこむ。赤と青の線が白い布の表面に浮かび上がっている。
『Ξ━┘╋┠┥╋━┫』
コレハナンデスカ? 全く意味がわからない。顔を上げてカナルを見ると、ワクワクとした期待の目で私を見ている。カナルはコレが何か分かっているらしい。癪に障り、あえてカナルではなく、お兄様に聞いた。
「お兄様、コレはなんでしょう?」
「アリマス医院長から貰ったスティックを出してくれ。表面に線がいくつもあるだろ? それをこの模様と同じになるように動かして合わせるんだ」
そういうことか。私はスティックを服から取り出し、表面をなぞった。それから少しチカラを加えると、一部がカチリと回転した。私がスティックの表面の模様を合わせていると、その横でお兄様が浮かび上がる記号の写真撮影の許可を取る。「写真を撮るなら交代するわ」と、ナギラさんがお兄様に代わり、リネアのお母様の手のひらの上に手を被せた。
お兄様は腕時計を外し、インターフェースの設定をいじる。
「最大感度にすればギリギリいけるか」
お兄様が独り言を呟き、ナギラさんの両手の隙間より腕時計のインターフェースで確認しながら撮影する。
「ルナ、どうだ?」
「コレだけじゃ足りないです。数が合わないので」
「裏にもある」
袋をひっくり返し、再びメッセージを浮かび上がらせる。浮かび上がる記号を見て、さらにスティックの模様を合わた。カチリと最後のパーツを合わせると、その瞬間に表面のパーツがバラバラと崩れてしまった。中から新たな細い筒状のメタルディンプルパーツが現れる。
「部品?」
パーツには模様や文字といったものは何もない。得体の知れない部品のせいで、ますます謎の迷宮に迷いこんでしまった気分になった。




