◇12 暖炉の側で
暖炉のある部屋に入ると、毛足が長く、柔らかな白いラグに足を投げ出し、何人も座れる広いカウチに横になって無防備に寝ているカナルが目に入った。その反対側にある1人掛けカウチソファにいたナギラさんが唇に人差し指をあて、私達に静かにするよう合図する。どうやらカナルは移動で疲れ、寝てしまったらしい。
頭脳では大人と対等に渡り合えても、カナルは私と同じ子供だから体力はそんなにない。それを考慮してツアー中は余裕をもって日程を組んでいるようだ。自動運転のトレーラーであっても、今回は休憩がほとんどない長距離移動だったので、力尽きたみたいだ。
「移動しますか?」
足音を立てないように移動し、ナギラさんに耳打ちをしたら、「そうね」と小声で頷いてくれた。それからナギラさんがカウチからゆっくり立つと、ブランケットがパサリと落ちた。
ナギラさんが「あ……」と気まずそうな表情をし、カナルの方を見る。瞼を震わせ、うっすら目を開いたカナルは、ハッと目を見開き、ガバッと体を起こした。カウチにいる私とナギラさん、そして部屋の入口にいるお兄様の視線が集中していることを知り、カナルは「なんで誰も起こしてくれないんですか!?」と耳を赤くして俯いている。
「皆さんに寝顔を見られたくないんでしたら、我慢せずに自室で休めば良かったんですよ? 変なところで意地を張るから恥ずかしい目に合うんです」
「ルナさん、もっと他の言い方はないんですか?」
「カナルさんは私に『こんなところで寝たら風邪をひきますよ?』なーんて言う、世話好きなお姉さんになって欲しいんですか?」
「……そういう類いはイラナイです。ルナさんのキャラじゃないですよね? 寒気がするので、やめてください」
本気で震えるカナルを見た私は、カナルが自分のことをどう思っているのか、よくわかった。カナルは私のおかげで恥ずかしさが吹っ切れたみたいだ。冷静になり「それより病院はどうでした?」と聞いてきた。
「ロークスの資金は流れてないみたいです。病院の財源ですが、個人投資家による資金と診療代で成り立っていることは確認しました。ただ、この病院に投資している方達にブレア・ライナーが名を連ねているかどうかまでは分かりませんね」
「こういう投資は税金対策も兼ねてるし、たいていエージェントを通すからな」
カナルの質問に対し、お兄様が私の言葉に続けて答える。
「そのこととは別に、実は病院の医院長から『初めて治療を受けた女の子を助けて欲しい』と頼まれてしまいました」
ベルトポーチを開き、アリマスさんから託された長さ3センチの硬質なスティックを取り出した。
「また厄介なことに顔を突っ込んでますね。断らなかったのは何故です?」
カナルがいるカウチに座りながら手渡すと、カナルは手のひらにのせ、スティックの表面を指でなぞり、そう聞いてきた。
「依頼主はキメラの宿主にされ、亡くなってしまいました。世間的には今回も『服毒自殺』として処理されることになってます」
「そうですか。では、依頼された『初めて治療を受けた患者』は、あながち無関係とも言い切れないってことですね」
「はい。でも、それが辿り着く手がかりになるみたいですが、ただのスティックなんです。何に使うものか知ってますか?」
カナルは「いえ、わからないですね」と、スティックを暖炉の火の光にかざして眺める。ナギラさんも静かにカナルの側に近づき、スティックを見て考え込む。
「表面に模様が彫られているみたいですが、ただの線ですね」
「幾何学模様でもなく、文字でもないから……これだけじゃ分からないわね」
カナルからスティックを受け取ったナギラさんが思ったことを教えてくれた。
「この件は後回しだな」
「そうね。先に写真の子について調べた方がいいわ。遺族を訪ねるのは明日だけど、分からないことを考えるより明日に備えた方がいいわ」
お兄様とナギラさんにそう言われ、私は謎の託されたアイテムをポーチにしまった。




