◇8 利用される男
バイクスーツのベルトポーチにしまったインカムから通信を知らせる音が鳴る。取り出して装着すると、『ルナ、アリマス医院長に聞き取り調査できる部屋を用意できないか聞いてくれ。それと、2人とも聞き取りのときに同席を頼む』というお兄様からの指示が入る。その場でアリマスさんにお願いすると、カンファレンスルームへ案内してくれた。
部屋を開けると、5分もしないうちに逃げようとした男のヒトを連れてお兄様がやってきた。
「部屋の用意と同席、ありがとうございます」
お兄様は部屋に入るなり男のヒトを椅子に座らせながらアリマスさんにそう言って、後ろ手に両手を拘束した男のヒトの斜め後ろに立つ。
「ルナ、ソコに座って」
お兄様を見るとヒッソリ笑っている。『テーブルを挟んだ真向かいの椅子に座れ』なんて、この座り位置から察すると私がお兄様の代わりに『聞き取りをしろ』って言ってるのと同じだ。眉根を寄せ、お兄様の顔をじっと見て『困ります』と視線で訴えると、無声音で『働け』と言われた。お兄様は私がやるべきことをやらないときには厳しい。確かにココに来てからずーっと、やらなきゃイケナイことをお兄様にやってもらっていたけれど、いきなりこんな無茶振りするのはヒドイと思う。
お兄様はスッと無表情になり、絶対に私と代わってくれないような雰囲気になる。私は諦め、指定された男のヒトの真向かいの椅子におずおずと座った。
「あの、アナタに質問をさせていただきます。アナタの本当の名前は?」
「…………」
黙秘するつもりらしい。ということは、今まで病院では偽名で潜り込んでいたということなんだろう。
「では、違う質問をします。袖口に隠していた生物は、ご自分で作ったんですか?」
「違う」
「どなたから譲渡されたということですか?」
「…………」
また黙秘だ。どうしよう。駆引きとか交渉ならノウハウがあるけれど、こういう聞き取りは間近で見たことあっても、やったことがないから手探り状態だ。お兄様を見ると、僅かに頷いて『続行するように』と合図される。
「譲渡されたんですね?」
「…………」
また男のヒトが無言になる。聞き取りすることになって、答えたのは『違う』という否定の一言だけだ。たぶんその答えは正しい。明らかに私みたいな一目で素人と分かる相手なら、虚偽の答えを言っても騙すことができると思っていいハズなのに、そういうことはせず、意外と誠実に受け答えをしている。
――待って、なんかおかしい
お兄様が私に聞き取りをさせている意味を考える。初心者の私にもできるレベルと判断したのは、なぜ? さっきから男のヒトは正しいことしか答えない。もしかしてウソを言わないのは……『ウソをつくことができないようにさせられている』ってことなのかも。
――ブレア・ライナーがキメラをこのヒトの体の中に仕掛けて、質問に対してウソをつけないようにしている?
そうだとしたら、ウソを言うと体内に潜むキメラが毒を生じさせるようになってるってことだ。お兄様が警備員の控え室で使ったキメラを殺す液体を飲ませたら、このヒトが死ぬことはない。でもお兄様はとっくに気がついていたのに、その時点で飲ませていないのだから、たぶん私の聞き取りが終わるまで使わないつもりだ。そう考えれば腑に落ちる。それなら推察が正しいかどうか試してみるしかない。
「質問方法を変えます。袖口に隠していた生物やアナタのヒミツに関する質問に答えるとき、真実と違っていた場合は沈黙してますよね?」
「違う」
「では真実と違う場合は否定の言葉を言い、真実と同じなら沈黙するのですね?」
「…………」
やっぱり! 確認したくてお兄様を見たら、口元が僅かに弧を描いていた。正解だ。私は背筋を伸ばし、改めて向かいに座る男のヒトと対峙した。




