◇5 お兄様の狙い
病棟内をエレベーターで移動し、非常灯だけが点いている廊下を横切り、資料室のような部屋に案内された。電子化されていない紙の束やファイルが部屋の棚にぎっしりと入っている。
アリマスさんは、患者さんに説明するときに使う資料と技術が掲載されたジャーナル雑誌などを手早く掴み、お兄様に渡した。お兄様は渡された資料を持ったまま、部屋の中を見て回るけど、棚や置かれた紙や電子端末に触れたりはしない。
「まだアナタは子供だから仕方ないかもしれないけど、ビジネスパートナーの人選を考えた方がいいわ。少なくとも見た目で選ぶのはダメ。もし、これからもアナタに彼が同行するとしたら、上手くいくビジネスも台無しになりかねないわよ?」
アリマスさんが部屋の片隅に立つ私の隣に来て、コッソリ耳打ちする真似をする。耳打ちなのにハッキリと言うから、お兄様には丸聞こえだ。どうやら、さっきの話で心証は最悪らしい。第一印象は良かっただけに、その落差は激しかったみたいだ。『なぜこうなるのか』と、頭を痛める。
「投資ビジネスの相手じゃなかったなら、僕を叩き出しますか?」
お兄様はパラパラと渡された資料を見ながら、アリマスさんに言われたことなど何ともない様子で笑う。場の空気が一段と冷え込んだ気がした。調査するにしても、もっと穏便に進めて欲しい。今まで何回かお兄様の聞き取り調査に立ち会ってきたけれど、こんなハードで殺伐とした聞き取り現場に居合わせるのは初めてだ。
「ええ。カレンも、ずいぶん失礼な若造を派遣したものね」
「ところで、アリマス医院長。医院長になられてからココに入ったのは初めてですか?」
アリマスさんの嫌みを無視し、お兄様は自分の質問をぶつける。
「そうよ、前任の医院長から『実質、封鎖しておかないと、悪魔の呪いがふりかかる』なんてバカな話を聞かされたわ」
「そうですか。なら、医療スタッフ以外の――特に外部の人間は立ち入り禁止と言われてたのでは?」
「言われたわ。でも、投資判断に必要な情報は開示するわよ。あとで話が違うとか言われたくないですからね」
お兄様とアリマスさんとの会話が途切れた。静かになってしまい、言葉を発しづらい。さきほどから無言のまま私達についてきてる男のヒトは既に空気なような存在になっていて、この寒々しい空気を変えるなんて期待はできなかった。私はもう耐えられなくなって、「あの……アリマスさん」と、話しかけた。
「前の医院長さんは、なぜ『悪魔の呪い』なんて言ったんでしょうか?」
「私にはわからないわ。なぜかしらね」
「聞いてみることはできますか?」
私の問いを受けて、「連絡、とれる?」とアリマスさんが男のヒトに聞いてくれた。男のヒトは無言で頷き、部屋から出て行ってしまった。




