◇3 医院長と優れた観察眼
10分もかからないうちに、私達に説明してくれた男のヒトが部屋に戻ってきた。
「医院長が戻って来ましたので、ご案内します」
お兄様は「お願いします」と言って私より先に立つと、続いて私の手を取り、椅子から立つように促された。エスコートとかされたら私が単なる子供ではなく、お兄様が付き添いだってバレそうだから、やめて欲しかった。『本当に困る』と無言で訴えると、お兄様がニッコリと作り笑顔を見せる。
―――わざと?
あまりにも相手が気がつかないから、お兄様は『どこまで気がつかないか』試してるんだ。きっと、この状況を面白がっているに違いない。相手を試すようなことを何も知らされずイキナリ始められると、見ていて『いつバレるのか』ってドキドキするし、心臓に悪い。せっかくゴタゴタせずに話が進んでいるのに。面倒な受け答えをお兄様にやらせて、横でノンビリと聞くことだけしかしてない私に、まるで『緊張感を持て』と遠回しに言ってるみたいだ。
*****
「ごめんなさいね、巡回診療が長引いてしまって」
もう60ぐらいの年齢と聞いたけれど、パワフルな感じの女のヒトが診療棟のロビーにいた。そのヒトは医療スタッフが着ているような白衣ではなく、カジュアルで動きやすそうな服装に、病院のロゴがついたスタッフパーカーを上に着ている。
「いいえ、医院長も巡回診療されるんですね」
「ええ、巡回診療は医院長になる前からずっとやっているのよ。診ている馴染みの患者さんの希望もあってね」
医院長は私達を連れて医療スタッフ専用の扉を開き、通路を進む。
「挨拶が遅れましたね。私は医院長のアリマスよ」
通路の脇にある休憩室の前で立ち止まり、医院長のアリマスさんが私に握手を求めた。
「琉梛・ロークスです」
「こんにちは。ぜひアナタのチカラを貸してくれると嬉しいわ」
言われた言葉に驚いて、お兄様と顔を見合わせた。お兄様の顔色ばかり伺っていた男のヒトも瞠目し、あんぐりと口を開けている。
「なぜご存知なんですか?」
「アナタはお母さんにソックリだから、名前を聞いてすぐにわかったわ。それにお母さんが学生だった頃、私と仲が良かったのよ」
「そうだったんですか」
私がそう言うと、「い、医院長!」と男のヒトが慌てた様子で私達の間を割って入る。
「この子は子供ですよ! 当医院に投資だなんて、バカにしている。単なる冷やかしだ」
「子供だからなんだというんですか? これはビジネスです。それと、アナタは彼女の母親の名前が『柴藤カレン』というのを聞いても、そう言えますか?」
「しばとう……って投資家の!?」
親の七光りって言われるのがイヤだから頑として言わなかったのに、アッサリとバレてしまった。お母様は結婚を機に投資から手をひいた今でも経済市場では有名で、お母様が書いた投資関連の本は今でも世界中でベストセラーだ。『柴藤カレン』の名前は知っていたようで、子供だからとバカにしていた男のヒトは苦悶の表情のまま黙ってしまった。
「失礼ですけど、そちらの方は?」
医院長のアリマスさんは男のヒトを無視して、お兄様に話しかける。
「ああ、すみません。フィリーオ・ロークスです。医療技術の専門員として同行しました」
「よろしくお願いしますね」
お兄様は握手をして、さきほど男のヒトに見せた表情とは違う、穏やかな笑みを浮かべていた。




