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◇2 森と湖の病院

 森と湖の国と呼ばれるこの地は、今の時期オーロラが見えやすいらしい。ハイブリッド仕様のバイクの後ろに乗せられた私は、湖に沿って進む中、遠い森の向こうの夜空を見上げた。


『ルナ、オーロラが見えるのはソッチじゃない。真上だ』


 バイクを走らせるお兄様からは、私を見ることはできないのに、私の行動はお見通しみたいだ。お兄様の背中に体が接していても、そんなに大きな動作はしてないハズなのに。

 バイクの運転に影響が出ないように空を仰ぐと、オーロラが頭上でゆったりと揺れていた。それから視線を地上に戻すと、静かな湖面にも反射して、逆さまのオーロラが揺れる。


「お兄様、湖にもオーロラが見えます」


『ああ、そうだな』


 私達は空から照らされる光と、優しい光を放つ湖を眺めながら、目的地である病院へと向かった。



*****


 日が高くなる頃には目的地である病院に着いた。ロークスの調査チームから上がってきた報告と、お母様に頼んで調べてもらった資金の流れで、事前の下調べは済んでいる状態でココに来ている。帳簿上はロークスの資本は入っていなかった。技術提供や提携もない。でも、古城に遺されていたブレア・ライナーの手紙には、関わっているような話であった。

 関係者用の扉から入ると、お兄様は待っていたスタッフに話しかけた。お兄様と私は院内にあるスタッフルームまで連れられ、部屋の中で待つように言われる。


「いやぁ、ロークスさん、すみませんね。お待たせしました」


 50歳ぐらいに見えるけれど、パワフルな感じの男のヒトだ。


「医院長は巡回で外に出てしまって、まだ戻ってないんですよ。先に当医院の経営状況について話しましょうか?」


 お兄様にそう話すのは、私が出資者だと認識してないからかもしれない。お兄様は隣にいる私を一瞬見たけど、何も反応しない私の態度から察し、「はい、お願いします」と返事をした。


*****


 一通り先方からの説明が終わったので、こちらから質問する。


「現在、他に出資している企業はいますか?」


「企業からの出資はないですね。もともと当医院は何名かの個人が出資して出来たものなんで。一時は出資者が増えたので、経営も今ほど逼迫(ひっぱく)してなかったのですが、ここ最近は……」


「個人で出資するヒトが減ったんですね?」


「はい」


 お兄様は私が聞きたかったことをドンドン質問していく。


「一時的に出資が増えた時期には、何かあったんですか?」


「それは……当時、この病院でしか受けられない医療技術があったからなんですよ。不治の病と言われるだけあって、高額医療だったことも要因としてあげられます。今では別の治療方法が見つかったので、どこでも受けられますし、不治の病ではなくなった。それに安い治療費で済みます」


 出資比率の変動を示す資料を前に、さらに説明が加わる。出資が増えた時期の独自の医療技術にブレア・ライナーが関わっていると思う。時期的にも、あの手紙が書かれたより前だから合っている。


「ロークスさん、どうでしょうか? 出資していただけますか?」


 男のヒトがお兄様に聞くと、戸惑いぎみに「実は」と切り出す。


「出資を判断するのは、僕ではなく彼女です」


 お兄様が明かした事実に瞠目し、私を凝視する。


「ハハ……ご冗談を」


 思った通りの反応だ。お兄様は「どうする?」と言いたげな様子で私を見るので、首を横に振り、テーブル下で手をお兄様に向ける。お兄様は静かに短く息を吐くと、「すみません、今のは冗談です」と伝えた。

 交渉でスムーズに進めるためには必要なウソだ。相手が私を信じなかったんだから、こういうウソはお互い様である。ちゃんと投資する価値があるかを判断することに、影響はない。


「出資判断は、まだ設備や提供している医療技術について伺っていないので、現時点では何とも言えないです」


 私の代わりにお兄様がハッキリ言う。


「ああ、そうですよね。すみません。医院長を呼んできます」


 説明してくれた男のヒトは恥ずかしそうに慌てて席を立ち、部屋から出て行ってしまった。


「危機管理がなってないな」


「え?」


「資料が置きっぱなしだ」


「……本当ですね」


 ココに投資するのは慎重に考えた方が良さそうだ。

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