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◇1 ナギラさんの家

 私とカナルの病院での検査結果は「異常なし」ということだった。カナルの首もとは痛々しいけれど、軟膏剤が処方されたので、ちゃんと塗布すれば消えると医師から言われていたのを横で聞き、ホッとする。その日、私達は遅くなったため、サバンナ・ロークスではなくロークス邸に戻ることになった。

 ロークス邸に入ると、早々と私はナギラさんに連絡する。急な話だけれども、ナギラさんの家に訪ねることを快諾してくれた。ナギラさんに「そろそろ来るんじゃないかって思ってた」と言われた。ここ最近、謎の服毒自殺が多発したニュースを聞いて、そう思ったらしい。『キメラ』の存在を知っているから、関係があるんじゃないかとピンときたようだ。まだロークス邸に帰ってきていないお兄様に、ナギラさんの家への訪問の話はしていないけれど、遅くなりそうなので先にナギラさんと約束してしまった。


*****


 次の日、私とお兄様とカナルの3人で7区にあるロークス邸から4区にあるナギラさんの家へ向かうと、「待ってたわよ」と中庭にまで出て快く迎えてくれた。


「ああ、あった。コレね」


 ナギラさんは片手で棚に無造作に置いてある積み重なった箱の中から紙製の箱を取り、テーブルの上に置いた。


「開けてもいいですか?」


「ええ、どうぞ」


 ナギラさんの許可を得てから、私は箱のフタを開けた。中は整理整頓とは程遠い状態で写真だけが詰めこんであった。


「ナギラ画伯、確かボクは整理して入れた気がします。なのに、コレは?」


「この前、絵を描くときに使ったのよ。コレはコレでちゃんと意味のある順番になっていて、整理されてるわ」


「どこがですか!」


 カナルがテーブルに肘をついて頭を抱えた。


「この中から探すのか……、僕はその写真を見てないからなぁ。探すのは13歳ぐらいの女の子だっけ? それらしき人物が写ってるヤツだけを選り分けるぐらいしかチカラになれないな」


 お兄様は箱から写真を何枚か手にして、1枚ずつ見てはテーブルの上に置いて2つの山に仕分けしていく。カナルのように嘆いていても、ココから探さないことには先に進めない。そう判断して、すぐに行動に移すところは、さすがお兄様だ。


「ナギラさんは、デジタルで写真の管理をなさらないんですか?」


「デジタルの方は全然整理してないのよ。よく使うのは、わかりやすくなってるけど、他のは放り込むだけだし。使わない物も入ってるから、量が膨大すぎて探すのは無理ね」


 デジタルの闇を見た。今の話ぶりで、ナギラさんの使っている端末に保存されているデータがどういうことになっているか理解する。きっと、たくさんのデータから探すことができる画像検索機能すら役に立たない状態なんだ。類似画像も引っ掻けてくるから、キーワードやタグによる絞り込みが必須だけど、そういった管理をナギラさんがしているとは思えない。

 私も諦めて箱から写真を何枚か手にして仕分けを始めると、カナルも無言で仕分け作業を開始した。


*****


 人力で見つけた写真の裏には、誰か知らないヒトの筆跡でコメントや日付が書いてあった。


「母の字だわ。メモによると、このヒトは私の母方の親戚みたいね。母が亡くなったとき、実家を引き払うことになって、その荷物の中にあった写真なんだと思う。20年前の写真だし、その写真を見つけたのは5年も前だから、そのヒトの親族と連絡が取れるかは確証ないわよ? それでもいい?」


 私は「お願いします」と頷いた。実家を引き払うときを最後に5年間ずっと連絡を取っていないというのは不安要素だけど、それしか今は手がかりがないので仕方がない。「連絡先が変わっていなければいいけれど……」と、ナギラさんは席を立ち、アトリエの方へ行ってしまった。


「お兄様、もし連絡が取れなかったら、ロークスの調査チームにお願いしようと思います」


「ああ、ついでに治療先の病院も調べてもらってくれ。気になることがある」


「はい」


「兄さん、病院を調べるんですか? 病院には守秘義務があるから、聞き取りは厳しいと思います」


 写真の整理整頓をするカナルが手を止めた。無造作にそのまま紙製の箱に写真を戻すのは許せないらしい。


「資金や治療技術なら聞き取りできるさ。そこにロークスが関与しているか確認したい」


 カナルは「そういうことですか」と納得し、写真の整理を再開する。お兄様はそれっきり黙ってしまった。何か考えごとをしているみたいなので、私も静かにカナルの手元をボーッと眺める。


 ――さっきの話……あまりにも自然に頼まれたから気がつかなったけれど


 キメラの事でお兄様から頼まれるのは初めてかもしれない。私を遠ざけるのではないかと覚悟していたから、ちょっと嬉しい。物思いにふけ、じっとお兄様を見ていたら気がつかれた。


「どうした?」


「今まで私を『ブレア・ライナー』が関与する事件に接しないようになさっていたのに、方針転換したのはどうしてですか?」


「端的に言うと、どういうワケかルナを狙っているふしがあるから」


「え?」


 それならむしろ遠ざけたいと考えるのが普通だと思う。


「常に僕の目の届く範囲にルナがいたら、何かあっても自分が納得できる形で行動できる」


「……ということは、お兄様といつも一緒にいられるということですね!」


 お兄様が『私を置き去りにしない』って言ってくれた。私にとって重要なことだ。これで密かにお兄様の行動を探ったりしなくて済む。つまり、余分なエネルギーをかけなくいいってこと。嬉しくて席を立ち、「ありがとうございます」と、お兄様に抱きついて頬に唇を寄せた。

 そんな様子を見ていたカナルが、あからさまに長いため息をつき、首を横に振って写真の整理を続行する。


「そういえば、もう1つ気がつきました。ここ最近、私からのキスを断らないですね?」


「うん。どうせ押しきられるから、もう流されることにした」


「兄さん!! そこは流されたらダメですよ! 目を覚ましてください!」


 カナルの手から整理していたハズの写真がバラバラと落ちる。「押しきられるままに流されたら、行き着くところまで行ってしまいますよ!?」と、カナルが力説する。


「お転婆なお姫さまと行き着くところなんて、たかが知れてるわよ。心配しすぎじゃない?」


 いつの間にか部屋に戻ってきたナギラさんは、席に座るとバッサリとカナルの主張を一刀両断し、「そんなことより」と話題をサッサと変えた。「ダメだったわ。連絡先が変わっていたから、すぐに分かりそうにないわね。5年前に住んでいた住所から辿るしかないかも。悪いわね」と、申し訳なさそうに謝罪の言葉を続ける。


「もし会いに行くなら私も行くわよ? 私は一度そのヒトの家族と話をしているから。とりあえず、昔の住所はココね。もう住んでないけど」


 ナギラさんから住所が書かれた紙を「ありがとうございます」と受け取って、スカートのポケットにしまった。

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