Ρ 告げ口
使用済みのアンプルをケースにしまうと、急いでロフトに掛かっている梯子を下り、部屋の真ん中にやって来たフィリーオ兄様に走って抱きつく。「会いたかったです」と言うと、前髪に軽いキスをくれた。
「お兄様、ジンがいないようですけど、一緒ではないのですか?」
「ルナが教えてくれたバンガローの地下にいる。カナル、その首はどうした?」
後から下りてきたカナルを見て、お兄様が聞く。カナルは片方の手を首もと持っていき、気まずそうに「いえ」と顔を背けた。
「大丈夫です」
カナルは強がりを言って、袖口から黒のシルクスカーフをスルリと取り出す。襟元のボタンを2か所だけ外し、首についたアザをそのスカーフで隠すように巻いた。
「やられたのか?」
「……そうですね。おそらくボクの意識がないときに仕込まれたようです。意思とは関係なく、自分の手で絞めていました。幸いなことに、まだ握力や筋力がそんなにない年齢だったので助かりました。もう2、3年後だったら死んでましたね」
他人事のように話すカナルが、「ルナさんに助けてもらいました。ずいぶんと雑な扱いでしたけど」と、どさくさ紛れに告げ口をする。
「あれはカナルさんが、なかなか口を開けないからですよ。問答無用で鼻から投与した方が良かったですか?」
「ヒドすぎる! ボクに何の怨みがあって追い討ちかけようとするんですか。ハッキリ言って、あの時は本気でルナさんに毒を盛られて殺されると思ってましたよ」
鼻に水が入ったときの痛みを想像したのか、カナルは片手で鼻と口元を覆った。アザがくっきり残っていたから心配したけれど、損した。これだけ元気なら本人が言う通り大丈夫なんだろう。
「何ともなくても、念のため戻ったら検診は受けた方がいいな」
私とカナルの言い合いに笑ってそう助言するお兄様に、カナルが「わかりました」と素直に応じる。崩れたシャロン・ライナーの器からカードを回収したカナルが、ガラスのトンネルへ向かう。私もお兄様と手を繋ぎ、カナルに続いてトンネルを通り抜け、書庫の部屋の扉の外に出た。
「このまま脱出するのですか?」
螺旋階段を上り、私達が来た道に戻ろうとする2人を引き止めた。先を行っていたカナルが振り向き、「ルナさん、兄さんが迎えに来た時点で古城探検は終わりですよ」と呆れる。
「探検なんて言いがかりです。私は遊んでないですよ?」
「誘拐されたハズが、逃げもせずに堂々と自由に歩き回って、ここぞとばかりに情報収集している時点でおかしいですよね?」
自分だって歩き回ってたのに、私が悪いように言う。しかも、お兄様に聞かれたらマズイことまで暴露された。許せない。
「へえ……。2人ともアイツに連れて来られたと思ってたんだけど、違うのか」
カナルが表情をなくし、ぎこちなく私の方を見る。私は無声音で「バカ」と罵倒した。
「お兄様、この古城内の各部屋で人体実験前のブレア・ライナーが書いたと思われる文章が見つかりました。それを総合すると、知能を取捨選択し、移植する機械があるようです。もしかしたらココにあるかもしれません」
マズイ話の流れを変えるため、すかさず本題を口にする。
「たいてい薬品庫は隔離壁が設置された部屋に置かれるが、ココはそれがないうえに上層階にある。実験施設にしては変な建築構造だから何かあるとは思っていたが、そういうことか」
「古城ごと証拠隠滅させるってことですか?」
「たぶん。最下層までいっきに薬品を流し込めばいい。調べるとしたら、城主がいない今がチャンスか」
「それなら急ぎましょう。カナルさんも」
調査の続行が決まり、私達は螺旋階段を下りて先へと進んだ。




