Μ 隠し階段
床が元の位置に戻った。一時的に避難した狭い薬品棚から出て、背伸びをする。背後でタンッと棚から飛び降りる音が鳴り、「ルナさん!」と非難めいた声がする。
「なんですか? お互い無事で良かったです」
「自分だけサッサと逃げておいて、そのセリフですか……」
やってられないと脱力しているカナルに「余裕がなかったんです。自分のことで精一杯の状況ですから。次に同じことが起きたときには善処しますね」と、言い訳をする。
そうは言ったものの、こういうことに関しては何もできないと自覚している。足手まといにならないように行動するだけマシと思って欲しい。そんな風に正直に言うと、また色々言われて話が長引くので黙っておく。
「ランタンの『謎かけ扉』、今度は私がやってみます」
「は? 苦手なんですよね? 大丈夫なんですか?」
「さっきの様子だと、私の腕の方がカナルさんより確かだと思います」
私がランタンの前に立つと、カナルが薬品棚の上段によじ登っている。私を信用していないらしい。ランタンのつまみネジで着火し、天井の照明を見ながら慎重に調節していく。1回目の挑戦で『誤差は許されない』ということがわかったので、ピッタリと照度を合わせ、つまみネジから指先を離す。
――審判の時だ
先ほどとランタンの様子が異なる。フッと炎が消え、ランタンが置いてある石壁の隣の部分が上から順に凹んでいく。すべての石壁が奥にズレると、床下に螺旋階段が出現した。
「やっぱり、私の腕はカナルさんより確かです」
自慢すると、私を信じられずに逃げようとしていたカナルが薬品棚から顔を出し、「ルナさんの前世は、年季の入った廃ゲーマーですから当たり前ですよ」なんて調子の良いことを言ってきた。まったくいい加減な性格だ。
「ヨイショとかいらないです。先に行きますね」
カナルを待たずに螺旋階段を下りた。
*****
螺旋階段の途中に踊り場があった。踊り場には扉があり、ゆっくりと中の様子を伺いながら扉を押した。
天井が高い。2階分が吹き抜けになっていて、たぶん7メートルぐらいはある。天井ではアンティークな色合いのシーリングファンが5台とも回っている。壁一面、360度、床から天井近くまで蔵書だ。
「薬品庫の近くに蔵書?」
「ルナさん、どうしました?」
「ココの部屋に本を置くなんて、変だと思ったんです」
「そうですか?」
「薬品庫で火災や薬品流出が起きたら、本がダメになります。まぁ、その前に薬品庫が上層にあること自体、おかしいことではありますが……」
「ルナさんは『ココの本は重要ではなく、カモフラージュ』と言いたいってことですか?」
「はい……でも、『その隠している何か』を探すのは厳しいですね。これだけの規模では1日かけても探しきれないです。ヒントがあれば別ですが」
圧倒的な蔵書数を前に立ち尽くした。




