Α 姿を消した2人
突然で何が自分の身に起きたのか理解できなかった。確かなことは、今、私の手足は縛られていて、目隠しされている。まさに誘拐または拉致されたとしか思えない。記憶を辿り、今日のことを思い返した。
――たしか
カナルが新しいイリュージョンを発表するので、そのステージショーを見に行った。ショーが終わったあとバックヤードに入り、カナルと会った。
「お疲れ様でした。楽しいショーでした」
カナルが振り向き、「それは良かった」と無邪気に笑う。私へ向ける視線もいつものものではなく、まとわりつくような違和感を感じたので、ウッカリ言ってしまった。「ところで、カナルさんはどこですか?」と。
「やだなぁ、ココにいるよ?」
「アナタはカナルさんじゃないって知ってますから。ね? 影武者さん?」
「へぇー、コイツと親しい間柄ってヤツか……ヒャヒャヒャ」
聞き覚えのある引き笑いに身の毛がよだつ。てっきりショーに参加した出演者だと思い込んでいたし、カナルにソックリな器までもが存在していたとは考えていなかった。
「勘づかなければ逃げられたのに、残念だったなぁ」
楽屋の壁にジリジリと追い込まれ、ニュルリという水音が背後で鳴った。視界は暗闇に包まれ、軽い酸欠状態となって意識が朦朧とした。
*****
――やはり、この状況は拉致されたってことで間違いない
そう確信したあと、自分の体の状態を確認する。体が動くかどうかで、今後のとるべき行動がずいぶん変わるからだ。
ちゃんと自力で呼吸できていることを意識した。不自由だけど、体はどこも傷つけられたりはしてないみたいだ。それにしても、あの引き笑いは、『呪いの美術品コレクター』と同じ……
――そう、ブレア・ライナーのキメラだった!
お兄様に続き、カナルの器を用意して何をしようとしているのだろうか?
カナルの器では、ロークスの民間軍司施設には入れない。それに、あの様子だと私の誘拐が目的というワケではなさそうだ。まったく行動が意味不明で、考えるほど混乱する。
「一体、何がしたいんでしょう?」
「それはコッチのセリフですよ、ルナさん」
誰もいないと思って呟いた独り言に反応が返ってきたので驚愕した。息を潜め、他の物音や息遣いがないか聞き耳をたてる。でも、カナルの他にヒトの気配はしなかった。
「カナルさん……? 本物ですか?」
「こんなときに何を冗談言ってるんですか?」
呆れた口調は、いつものカナルだ。
「気がついたなら、サッサと私の手足の縛りを解いてください」
小声で近くにいるカナルにそう言った。
「ヒドイ! たった今、ルナさんの声を聞いて意識が戻ったばかりなのに、いきなりソレですか!? もっと相手を労るとかないんですか?」
「ないです。拉致または誘拐ですので、早く対処する必要があります」
「わかりましたよ。まったく、人使いが荒い」
パチンという金属音とともにロープの切断音が聞こえてきた。それから、シュルリとロープや目隠しの布の摩擦音が耳に入る。カナルも拘束されていたらしい。
「ルナさん、腕を伸ばして、手を体からできるだけ離してください」
カナルの言うことを素直に聞き、それに従った。カナルに手足が拘束されていたロープと目隠しを取り除いてもらうと、「ありがとうございます」とお礼を述べながら、周りをグルッと見回した。
窓がない。この部屋の光源は、扉のところにあるランプシェードのフロアスタンドだけだ。
「とても部屋の狭い、木造建築物です。バンガローに似てますね」
「ええ。ボクも山の中にあるバンガローだと思います。外の音を聞くとわかりますよ」
カナルは部屋の壁を撫でながら、扉の方へと足音をさせずに歩く。
「外の音?」
「ルリっていう鳥の声ですよ。山の中にしかいない。ああ、鍵は締まってますね」
私もカナルの元へ行き、一緒に扉を確認した。外側に鍵をかけらて出られない。
「このバンガロー、灯りがそのフロアスタンドだけなのが変ですね。普通は電球が天井か壁に固定された形です」
「これですか?」
カナルがランプシェードに触れるとクルリと揺れながら回転し、小さくカチリという音が鳴った。
「?」
お互いに顔を見合せ、首を傾げる。すると、カナルが立っていた床が傾き、カクンとカナルの体が私の視界から消えた。
「うわぁ!」
カナルの叫びをよそに、私は扉の取っ手をギュッと握りこむ。滑り落ちそうな自分の体を支えた。が、カナルが私の片方の足首を勢いよく掴んだため、ズルズルと引きずられる。
「カナルさん! 離してください!」
「クッ……、ヒドイですよ! さっき助けたじゃないですか!」
「あれはあれ、これはこれ、それはそれです!」
醜い言い争いに余計なエネルギーを使ったため、チカラつきた。私達2人は突如現れたスロープにより、地下へと滑り落ちていく。
「カナルさん、こういう巻き込まれ方は納得できないです。しかも、2人とも落ちたら脱出できる可能性が格段に低下しますから、考えなしに私を掴むのはやめてくれませんか?」
「こんなときに文句を言えるのは、ルナさんだけですよ!」
滑り落ちながら、以前と同じことを繰り返すカナルに苦言する。全力で足を引っ張られるのは勘弁してもらいたい。




